第12話 真の愛、優しい愛
「父親は、どうしたの?」
そう訊かれて。わたしの父親のことじゃないことはすぐ分かった。そりゃ、気になるだろう。なんで、わざわざ重明くんに優愛の面倒を見て貰っていたか。
「……逃げられました」
「…………」
この話は、重明くんにもしたことはない。だけど。
この人の前ではなんだか。話した方が良い気がした。
「高校3年の時に、妊娠して。卒業と同時に、連絡が取れなくなりました」
「辞めなかったの?」
「発覚が卒業間近だったので、あんまり良くないらしいんですけど、通わせて貰えました。でもその時、わたしの親の方針で携帯を持たせて貰えてなくて。向こうの連絡先も、家も分からないまま、終わりました」
「…………学校に言えば、住所や進路も聞けたと思うけれど。そもそも相手の家族は」
「……そこまで、頭が回りませんでした。わたしは、両親に話したけれど。多分相手は話してなくて。挨拶にも来なかったし行かなかった。卒業してからやるって、言って」
「騙されたのね」
「…………そんなことがあって、しばらく男性不信でした」
わたしは、馬鹿だ。ずっと馬鹿。勉強もできないし、知識も無いし、多分受験してたとしても受かってない。
「……あんなに。無責任に出して。孕めとか、子種とか、連呼して。…………真に受けていたんだなって、後で気付きました。彼はただ、自分がその時気持ち良くなりたいだけだったんだなって」
「……クズね」
「…………卒業後は実家で、両親に手伝って貰ってました。中絶は、絶対嫌だったから」
「ご両親はなんて?」
「最初は。……打ち明けるのが怖かったです。母にはなんとか言えましたけど、父は。……堕ろせって、言われそうで」
発覚してからずっと、周りから言われてた。堕ろした方が良いって。でも。
病院の機械で、見て。わたしのお腹に入ってるのは【いのち】なんだって思って。
簡単に、中絶なんて言って良いものじゃないって、思って。
「父親は関係無く、『わたしの』子どもだからっ、て。産んで、育てたいって、言って。……父は、許してくれました。許すというよりは、最初から反対なんてしていなかったけれど」
「良かったじゃない」
「それで、優愛が産まれて。……初めて、抱いて。ちっちゃな手とか、見て。ああ良かったって。中絶なんかしなくて本当に良かったって、泣きました」
こんな話は、確かに。重明くんにはできないかもしれない。
「それから。両親に助けて貰いながら育ててたんですけど。父が、ずっと不機嫌で」
「…………」
「一度、優愛の夜泣きで怒っちゃって。それで、母と話して、もう無理だって話になって。どうして、わたしの時は大丈夫だったのに、優愛は駄目なんだろうって聞いたら。母は、お父さんからしたら、わたしは娘だけど。優愛は半分、……ろくでなしの子だからかもって。それが、悲しくて。多分母も、少なからずそう思ってるのかなって」
話していると、当時を思い出してしまう。その時の感情が甦って、泣きそうになった。
自分の子どもを、お父さんに認めてもらえないのが悲しくて。
「家を出て。こっちに来ました。最初のうちは母とも連絡取ったり、母も何度か来てくれてましたけど。……今は。わたしひとりで、優愛を育ててます」
「…………そう」
ようやく、話し終えた。重明くんのお母さんは、ずっと、難しい顔で聞いてくれた。相槌も打ってくれた。
「わたしは、真の愛を見付けられなかったけど。優愛は、優しい子です。そう育てます。それでいつか、優しい人を見付けて欲しい。だから優愛です」
「…………相原さん」
「はい」
そう言えば。重明くんの部屋に行ってないな。お見舞いに来たのに。あれ、優愛も忘れてるかも。悠太くんに夢中だ。
「……私は昨日、夫に離婚を考えて欲しいと言われました」
「え」
反応できなかった。
重明くんのお母さんから、唐突に、不意打ちで発せられた言葉に。
「…………何から、話せば良いか」
「……えっ」
「……相談、できる相手が居ないの。申し訳ないけれど」
「いえ。…………わたしの話も聞いて貰いましたし、わたしで良ければ」
重明くんの、本当の家族のことを。
知りたいと思った。でも離婚なんて。
——
「私には、就労の経験がありません」
「…………はい」
「短大を出て、すぐに結婚したの。……姉の代わりに」
「えっ?」
お母さん——後で知ったけれど、お名前は
重明くんが、産まれてすぐの頃の話。
「……双子の姉とは、同じ大学で。同じ人を好きになった。でもその人は姉と結ばれて。……子供も産まれた」
「それって……」
「貴女と同じで。卒業したら結婚をしようと誓っていた。貴女の彼と違って、本気で。両家に挨拶に行っていたし、役所に婚姻届も貰ってきていた」
衝撃だった。明海さんは。
「交通事故で姉が死んでから。……私が、重明の母親になったのよ」
「!!」
重明くんの、本当のお母さんじゃなかった。
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