第5話 消失
「昼間の狼の獣人を覚えているか?」
エデンに燃やされたタバコは塵となって宙を舞う。
「あぁ、いたな。そいつも怪しいのか?」
ガイルは二本目のタバコに火をつけた。
「あの狼と、猪の獣人と人間の二人組はグルだ」
「んだと?」
ガイルは一息吐いて煙を宙に舞わせる。
「僕が狼の銃弾を受け止めた時、妙な感じがした」
「というと?」
「あの銃弾には複雑なマナの構造を感じた。まずあの狼に作れる代物じゃない」
エデンは続ける。
「つまりあの銃弾は誰か別の者が作り、狼に渡したということだ」
「なるほどな。お前が言うならそうなんだろ」
エデンの発言をガイルは全く疑うことはない。
二種の血が混ざる人種には、どちらの血が多く含まれているかで大きく特徴が分かれる。例えば獣人だと、獣の血を多く含むとまず外見は獣とほとんど同じ特徴が現れる。体が大きく、顔も獣そのものだ。そして身体能力も高い。対して人間の血を多く含んだ場合は、顔が人間そのもので、耳や尻尾などの一部に獣の特徴が現れる。身体能力は前者よりは劣るが、人間の血を濃く引いているため知能が高く、複雑にマナを構成させて簡単な道具を作ることができる。
人間の長所は知能が高いのと、繊細にマナを扱える器用さだ。主にマナでモノを作れるのは人間の血の為せる芸当である。
「そして僕は猪の獣人と人間に会い、君のメッセージを受け取った」
ガイルはタバコを吸うことを忘れ、エデンの話に耳を傾けていた。
「あの人間の女性。彼女の傷口から銃弾と似たようなマナの細工を確認した。つまりあの一連の出来事は芝居。あの三人が計画して起こしたものだ」
「そりゃ、おもしれぇ話だ」
ガイルはタバコの存在を思い出し、ひと吸い。
「だが僕が分かるのはここまで。あの三人はグルでまず間違いないだろう。だが動機がわからない。猫の獣人が消えた理由に繋がるのかも不明だ。ここからは憶測の話になってしまう」
「なるほどな」
ガイルは妄想に興味はなかった。
「だがアテがないわけでもない」
エデンは続ける。
「城下町であれだけの騒ぎが起こったにもかかわらず、国の行政機関は全く機能していなかった」
王国の行政機関とは国を運営する貴族たちのこと。
そして猫の王国は行政を担うほとんどが、猫の獣人である。
騒ぎを起こせば、国の見回り隊が駆けつけてくる。
だが、それは現れなかった。
「つまり猫の国を運営する猫も消えた。ということは?」
「今この国を運営している者は誰か」
ガイルは暗闇の先にある、小さな光の集合体を見る。
「調べるべきは、城の中ってことか」
「そういうこと」
エデンは笑みを向ける。
「明日、ペルシャ王に会いに行こう」
「ただの猫探しのはずだったんだがな」
ガイルは思わぬ事態の流れに軽く愚痴る。
そもそも今回の守護者の仕事はただの猫探し。
Cランク任務だったこともあり、エデンとガイルはただの近辺調査程度だと思っていたため、最初から城内の捜査は視野に入れていなかった。
そして国が対象となると、ランクは一気に跳ね上がる。ランクは最低でもA以上だ。国王や貴族相手に交渉できる裁量と覚悟、また最悪の場合それらを相手に戦える戦闘力を兼ね揃えた人材は少ないからだ。
「数人の行方不明者を探すくらいだと思っていたけど、まさかみんな消えているとはね」
エデンは苦笑する。さすがに予想を超えていた。
「あぁ、こりゃ本部に報告だな。報酬を上げてもらう」
「頼んだ。僕はこれから二人分の食費がかかってくるんだ」
エデンとガイルは笑い合った。
ランクが上がることへの不安は一切ない。
Aランクの任務ですら、彼らには笑って済ませてしまえる程度であった。
「さて、それじゃあ今度は君の話を聞こうかガイル」
エデンは自分の話に終止符を打ち、ガイルの報告を促した。
「あぁ、俺は大した収穫はないんだが」
ガイルも吸い終えたタバコを焼き払い、塵にした。
「人さらい、てのを覚えているか?」
「ん? 何か昼間そんな話をしていた獣人がいたな」
エデンもすぐにレストランでの記憶を思い出す。
「そうだ。いまこの国で起こっている事件。人間をさらうというものだ」
「猫もいないし、人間もさらわれるか」
「エデン、この屋敷に来てお前はどう思った?」
急な問いかけにエデンは眉を動かした。丁度猫探しと人さらいの関連性を考察しようとしていた。
「んー、立派な屋敷だね」
「それだけか?」
「冗談だよ。常駐の守護者が少なすぎるね」
ガイルはエデンの観点に流石だとにやついた。
「その守護者の話によると、どうやら他のやつらは人さらいに遭ったらしい」
「ほぅ」
エデンは手を顎に当てる。
「おかしくねぇか? これだけ守護者が被害に遭ってんのに本部は猫を探せって、普通は人さらいの方を」
「繋がった」
エデンの突然の一言がガイルの言葉に割り込んだ。
「あ? 何かわかったのか?」
エデンはゆっくり頷く。
「あぁ。だがそのために、ある仮説を立証する必要がある」
「なんだそれは、教えろ」
エデンは手招きをした。
「なんだよ」
「ここでは詳しく話さない方がいい」
エデンはポケットから紙切れを取り出し、ガイルに渡した。
「部屋に戻って読んでくれ」
その発言でメッセージを組み込んだことをガイルは察する。
猫の国に朝がきた。
エデンは部屋のベッドで窓から照らされる朝陽を浴びて寝息を立てていた。
「おいエデン起きろ」
静寂を破るかのようにうるさい男の声がする。
「エデン! 早く起きろ!!」
無視できない怒鳴り声にエデンは鬱陶しそうに瞼を開いた。
「女がいねえ!」
「ん?」
寝ぼけているが、ガイルの女という言葉にエデンは反応した。花音のことだ。
「なんだって?」
エデンは目を擦りながら上体を起こす。
「花音が……いない? トイレか風呂じゃないのか?」
「トイレも風呂も部屋も全て確認した。だがどこにもいねえ」
「おいおい」
なんて危ない男だ。
「一体、どうされましたか?」
第三者の声に、エデンとガイルはその方向を見やる。
部屋の戸の前には獣の守護者が立っていた。
「俺たちの連れの女が消えた」
ガイルは答える。
「消えた? どういうことでしょう?」
獣の守護者は説明が足りないのか、首を傾げる。
「そのままの意味だ。朝起きたらどこにもいねえんだ」
エデンはゆっくりとベッドから降りる。
「君は何か心当たりはないのかい?」
「い、いえ! 私も朝起きて皆様の朝ご飯の準備をしていたもので」
獣の守護者は身の潔白を証明しようと懸命にアリバイを肯定した。
「まさか、例の人さらいに……」
「可能性はあるな、花音が寝ていた部屋に案内してくれ」
獣の守護者はおろおろしながらもエデン達に部屋を導く。
花音の部屋へ案内されたエデンは床や壁、窓へ次々に手を当てていった。
「ガイル様、あの方は一体何をされているのですか?」
獣の守護者はガイルに説明を求めた。
「ん? あぁ、調査だ」
「調査?」
獣の守護者にはエデンの行動の意味が全くわからなかった。
「あいつは人一倍マナの感覚が研ぎ澄まされている」
エデンはベッドに手を当てていた。
花音が恐らく寝ていたであろう場所。
そしてエデンは深くため息を吐いた。
「ガイル、僕の仮説はどうやら正しかったようだ」
「そうか。残念だ」
わけがわからず首を傾げている獣の守護者の目に映ったのはガイルの大きな拳だった。
「がっ」
部屋の窓を突き破り獣の守護者は屋敷の庭へ放り出された。
ガイルも窓から飛び降り、地に叩きつけられたそれに着地をする。
「がはっ!」
獣の守護者はもがき苦しむが、ガイルは腹に腰を落とし、両足で暴れるそれぞれの両腕を押さえつけた。
獣の守護者は身動き一つ取れない。
「ガ、ガイル、様っ、はぁっ、何を!?」
「こっちのセリフだ。どういうつもりだてめぇ」
次いでエデンも窓を降り、獣の守護者へ詰めてきた。
「転送のマナを利用するには相手の正確な位置座標が必要だ」
エデンは笑みを浮かべながら続ける。
「昨夜、他の空き部屋を調べたがマナの細工は何もなかった。もちろん僕の部屋にもね。だが花音のベッドにだけ、転送の式が組み込まれたマナの反応を感じた」
「!?」
「君が誰かに教えたんだ。彼女の位置座標をね」
獣の守護者は驚いた顔を見せた。信じられない、と言わんばかりの表情だ。
「お前、エデンを知らないってことはまだ守護者になって浅いな。マナの扱いでこいつの右に出るものはいねえ。お前らはわからないだろうが、エデンはマナの痕跡くらい容易に感知する」
「ちっ、くそがぁ!」
抵抗をしようと力を振り絞る獣の守護者の首をガイルは掴む。
「大人しくしろ。エデンは知らなくても俺の能力くらいは知ったんだろ。首、吹っ飛ばすぞ」
「ひぃっ」
獣の守護者は抵抗を諦めた。脅しじゃないことはわかっていたのだ。
「さ、さすが三番隊隊長、鬼のガイル……」
殺しに抵抗はない、非情にて冷酷な鬼が三番隊にはいる。
本部で誰もが口にしていた言葉を獣の守護者は走馬灯のように思い出した。
「殺すなよガイル。そいつは捕縛だ。まだ聞きたいこともある」
エデンはガイルを制止する。黙っていたらこの男は本当にやりかねない。
「ちっ、てめえは本部に連行する」
ガイルは渋々、手錠を取り出した。
「昨日の夜に三番隊の応援を要請した。もうそろそろ着く頃だろう」
獣の守護者に手錠をかけた。
「ところで君はどこの者だ? 誰かの差し金で守護者に入隊したのかい?」
「……」
エデンは問いかけるが獣の守護者の口が開くことはなかった。やはりそう簡単に情報を吐いてはくれない。
「ガイル、フィリアに連絡は取れるかい?」
「あぁ? なんでまた」
「少し聞きたいことがある」
ガイルは舌打ちし、面倒くさそうに右手につけた腕輪を操作する。本部と連絡を取るためのマナで作られた道具だ。
「はい、こちら本部情報機関。ガイル様、どうされました?」
発信するとすぐに明るい女性の声が聞こえた。
「参謀長官に繋げてくれ」
「かしこまりました」
数秒の間の後、気怠そうに喋る男の声がした。
「なんだよガイル〜、僕は今忙しいんだ」
「俺も好きでやってんじゃねえ! お前に客人だ」
「客人〜? 心当たりはないけど」
「すまないフィリア。少し聞きたいことがあってね」
「え!? その声、エデン様!?」
さっきまでの怠そうな声はどこかへ消えていた。
「もう様付けはいいよ。そんな立場じゃない」
エデンは苦笑した。
しかし久しく声を聞いたであろうに、すぐに声の主を判断できるその記憶力は流石、情報機関を司る長と言ったところだ。
「いえ、私が好きで呼んでるだけですので」
「てめぇなんだその態度の違いは」
ガイルが割り込む。
「当たり前だ。お前とエデン様では格が違う」
「あぁ!?」
ガイルとの絡みはそれくらいにして、フィリアは続ける。
「しかしエデン様、聞きたいことと言うのは?」
「あぁ、いま転送の式が組み込まれたマナを感知したんだが、影のマナで作られていた。同じ影のマナの持ち主として何かわからないかなって」
「影のマナ……。転送ですか」
「無のマナで作られた道具じゃない。これは持ち主特有のマナの能力だと思うんだが、心当たりはあるかい?」
「なくはないのですが」
歯切れが悪いようにフィリアは続ける。
「術者がどれ程の手練れかわかりませんが、影のマナを持つ者であれば影移動くらい、鍛え方次第で誰にでもできますね。移動距離には個人差が出るかもですが、短距離の移動なら正直私でもできますね」
「んー、なるほど」
エデンは少し表情を曇らせる。
「ですので影移動だけを主な能力とする者はいないかと。私の知る範囲ではございますが」
「あの転送がどの場所から繋げられたか、距離までは僕もわからないしな。うん、ありがとうフィリア。すまないね忙しいところ」
「いえそんな、エデン様の求める答えを出せず申し訳ございません」
「いや、いいんだ。あっ、そうだフィリア。帝国の動きに気をつけた方がいい」
「帝国……。獣王のことですか」
「そうだ。今猫の国の調査をしているんだが、もしかしたら帝国が絡んでくるかもしれない」
「ええ。ガイルが調査に出てるのは聞いてはいましたが、まさかエデン様もご同行なさっているとは。承知しました。実は帝国に関しましては最近いい噂を聞きませんね。ご助言、ありがとうございます」
相槌を打ち、エデンは会話を終わろうとした時、フィリアは思い出したかのように言う。
「エデン様、お役に立つ情報かはわかりませんが、猫の獣人には影のマナを使う者が多くおります」
エデンはガイルと目を見合わせる。
「十分だ。ありがとう」
エデンは会話の終了をガイルに促す。
同時にガイルの要請した三番隊員が屋敷に到着した。
三番隊員に獣の守護者の連行とその後の尋問を指示し、ガイルとエデンは国の中心にそびえ立つ城を目指していた。
「エデン、一ついいか?」
ガイルの一言に、エデンは目で答える。
「お前が言ってた作戦と言うのは女を囮おとりにすることだったのか?」
昨夜エデンがガイルに渡した紙切れに記したメッセージ。それは獣の守護者を問い詰め、白黒はっきりさせる作戦があるというものだった。
「違う。花音がさらわれる可能性があったのは確かだが、まさか僕たちが屋敷にいるタイミングを狙うとは思ってはいなかった」
エデンは獣の守護者が人さらいに関連していると気付いていた。時間の問題でいつか花音にもその手が及ぶことも。
だがさすがに自分達の手の届かないところで犯行に及ぶものだと油断していたのだ。
「すまない。僕が甘かった」
エデンは素直に自分の非を認めた。
「いや、いいんだ。影のマナを使われるのはお前だって予想外だったはずだ。俺は作戦とは言え、お前が女を囮に使うようなやつか確認したかっただけだ」
「優しいな、君は」
「あぁ!?」
エデンはわかっていた。長く築かれた二人の信頼関係だ。ガイルは今さらエデンをそういう男だと責めることはない。
この不器用な男は、花音のことを心配していたのだ。
「花音のことは心配だが、何か目的があってさらったんだ。すぐに命を取るような真似はしないだろう」
エデンはそう言うが顔は穏やかではない。
「命は取らないが多少の血は流れるかもな」
「物騒なことを言うなよ。とにかく急ごう」
花音が城に連れ去られたという確証はない。
だが二人はそこに行く他にアテがなかった。
「ガイル、恐らく帝国が絡んでいると城の中には相当の手練れがいるかもしれない。だとしたらSランク以上の任務になる。逃げるなら今のうちだぞ」
「笑わせるな、上等だぜ」
二人は地を大きく蹴り上げ、更にスピードを上げた。
そこは暗く静寂の世界が広がっていた。
石造の壁に等間隔で並べられたランプは無数の分厚い鉄格子を照らし出していた。
敷き詰められた石の冷たさが花音の頬を刺激する。
「ん……」
瞼をゆっくり開くが何も見えない。
「ここは……どこ?」
視界が徐々に慣れ、ランプの照らす薄明かりで目の前に分厚い鉄のような物を確認する。
「え!?」
体を動かそうとした花音は何かに足を掴まれている感覚を覚えた。
「なにこれ、鎖?」
花音の足首には鎖で繋がれた鉄の輪がかけられていた。
「ど、どういうことなの!?」
屋敷で寝ていたフカフカのベッドはどこへ行ったのか。
あまりの環境の変化に花音は戸惑った。
「これは、もしかして檻?」
花音は改めて見る鉄格子に、自分は今檻の中に囚われていることに気付く。
自分が寝ている間に、誰かに連れ去られてしまったのか。
その時、誰かの足音とともに甲高い笑い声が辺りに響いた。
「ヒーハハッ! フライア様、昨日の人間が捕まったみたいですぜ!」
どこかで聞き覚えのある声。花音は静かに耳を立てた。
もう一つ足音が聞こえる。二人いるようだ。
「ククク、よいのぉ、よいのぉ」
女性の声だがこれは聞き覚えがない。
花音は二つの足音が徐々にこちらに近づいてくるのを感じた。
「獣王様もこれでお喜びになるじゃろう。ククッ」
足音はもうすぐそこまできた。
「フライア様、こちらです」
花音の目の前に二人の顔が薄っすらと照らし出される。
「!? カイリー!?」
花音は思わず声を上げた。
それは昨日会った、死んだと思われた人間の女性。
「ハハッ! カイリー? この方はフライア様だ!」
フライアと呼ばれる女性の隣には猪の獣人。
花音は信じられない様子で二人を見ていた。
「お嬢ちゃん、残念だったなぁ。あれは演技だぜ。まんまと騙されたなぁ」
「そ、そんな……」
「クク、よいのぉ。その顔、その絶望に染まる顔は妾の好物じゃ」
フライアをよく見ると獣の耳があることに花音は気付いた。
この女は人間ではない。人間の顔をした、獣人だったのだ。
「ど、どうして……」
花音の目には涙が滲んできた。
裏切られた悲しみもあるが、本気で二人を心配していた自分が悔しくてたまらなかった。
「私、本当に心配してたのに」
花音の嘆きを猪が断ち切る。
「騙される方が悪いのさ。やはり人間は本当にどうしようもないなぁ。まだあのもう一人の男の方が賢かったぜ」
ガイルのことだ、と花音は思い出す。昨日の喧嘩の内容を。
他人に干渉することで本来関わることのなかった問題に巻き込まれる。自分があの時、エデンにこの二人を助けるよう訴えたが故に起きた問題。
ガイルに必死に食らいついて言い争ったのも、結局は全て自分が間違っていたのだと花音は涙が溢れ出した。
「この女泣いてやがるぜ! 人間ってのはほんと貧弱だなぁ。同情するぜ」
猪は嘲笑う。
「どうして、こんなことをするの? 私をどうしようというの!?」
「クク、お前たち守護者をこの国へと誘いざなったのは妾じゃ。敢えてランクが低くなるよう近辺調査と題して依頼を送り、人間がくるよう仕向けたのじゃ。広場で騒ぎを起こしたのも、お前らの力量を計るためのものじゃ」
花音は察した。
だから、一番弱そうな自分が狙われたのだと。
「まぁ、そこそこ強いやつを引き寄せてしまったみたいじゃがのぅ。クク」
「フライア様にかかればあんなやつら、どうってことないですぜ」
「まぁのう」
猪とフライアは笑い合った。
「喜べ娘、お前は獣王様に献上してやろう。若い人間の女をあの方は欲していたからのぉ。それも守護者の女、さぞお喜びになるじゃろう。ククク」
花音はガイルと共に行動をしていたせいでこの獣人たちは自分が守護者だと勘違いしているのだと気付いたが、そんなことはどうでも良かった。
不安と恐怖。裏切りと自責の念。あらゆる負の感情が花音の胸を締め付けて涙が止まらなかった。
「助けを乞うても無駄じゃ。今ごろお前の仲間たちは何が起きたかも理解できず頭を悩ませてる頃じゃろうな」
「フライア様、下見はこの程度にしてそろそろ行きましょう」
猪の言葉にフライアは不気味な笑い声を止める。
「お、そうじゃのう。娘、また迎えに来よう。それまで大人しくしてるがよい」
獣人二人は花音の檻を後にする。
遠ざかる足音と笑い声だけが闇から聞こえてくる。
私は本当に、どうしようもない人間だ。
頬を伝い落ちる涙は残ることなく、敷き詰められた石の間へと虚しく染み込まれていった。
私はなんて、無力なんだ。
ふと、花音の頭にとある記憶が蘇った。
忘れていたわけではない。思い出した。よく見る夢のこと。
炎に包まれ、いつも私は泣いていた。そう、まさに今の感情に近い。とても苦しくて辛い。理由はわからないが、目の前にいる誰かを見つめて、涙が溢れて止まらない。
夢なら早く覚めてほしい。花音は願った。
「おい……」
花音は泣き続ける。
「おい……人間」
花音は何か聴こえた気がした。一瞬泣くのを止める。
「そこの人間……聞こえるか?」
花音ははっきりと、その声を捉えた。
「だ、誰かいるのですか?」
声の方を見やると、ちょうど花音の向かい側にある鉄格子の中だった。
大きく、鋭い目が光り、花音を見つめていた。
「ひっ!」
花音は全身に電気が走ったような感覚に襲われた。
「怖がらなくていい。何もできやしない」
声の主は手足を見せ、両方鎖で繋がれていることを花音に確認させた。
「我が名はペルシャ。この猫の国を統治する王だ」
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