元中二病

 俺の名前は聖護院剣吾……じゃなかった。

 石山太郎、それが俺の本名だ。

 というか俺はもう、石山太郎でしかない。


 剣吾は中学校卒業を機に、自宅の裏庭に埋めた。

 正確に言うなら、俺は中学時代に中二病をこじらせて、レックス国の伝説の勇者である剣吾になり、あれやこれやを演じてしまったのだ。しかしそんな忌まわしい思い出は、高校デビューを機におしまいだ。


 束縛から解放された日々の第一歩を踏み出すように、俺は入学式当日の正門を通った。

 しかし校舎にたどり着く前に、突然3人の男子に囲まれる。


「お前が伝説の勇者・聖護院剣吾か?」

 3人組の一人である、いかにもオタクのようなメガネ男子が、不敵な笑みで問いかけた。こんなにも早く、もっとも避けたい名前を聞くハメになるとは思わず、俺はギクッとした。


「違う、石山太郎だ」

「石山太郎は仮の姿だろ?」

 2人目のモヒカン風ヘアーの男子が容赦なく俺に詰め寄る。3人目のツーブロック男子も俺ににじり寄ってきた。


「ちょっと裏に来いよ」

 俺は問答無用で3人に制服をつかまれ、校舎の裏庭に連れていかれた。


「剣吾、お前の力を見せてみろ」

「もしかして恥ずかしくてできないのか?」

「俺たちがこの刀剣デュランディスでやっちまうぞ」


 3人は揃って懐から、おもちゃの白い刀を取り出した。誇張ではなく、本当に幼稚園児が使うような安っぽい刀だ。

「聖護院剣吾はもういない! アイツはもう、3月で異世界に飛んでいったんだ!」

 俺は声を振り絞り、「事実」を言った。


「あっそう、それならやっちゃおうぜ」

 3人はいたずらに笑いながら、一斉に刀をかざして俺に近づく。

 マズい、このままでは「斬られる」! かといってここでやり返すと、剣吾がまだここにいることを認めるハメになる。


 このままでは高校になってからの3年間も、剣吾の名を学園中に知らしめ、俺はその事実に苦しめられてしまう。

 この状況をどう切り抜ければ……!


「待ちなさい!」

 突如謎の少女の声がした。3人組が声のした方を振り返ると、そこには赤い蝶の仮面をし、同じ色のマントを肩にかけた女子がいた。

「私は預言者マリアよ」


「マリア?」

「聞いたことねえよ」

「お前、マジで誰だ?」

 3人組が口々に少女に噛みつく。


「あなたたちに要はないの? 私はその向こう側にいる男子に伝えるべきメッセージを、アテナから受け取ったのよ」

 ギリシャ神話の女神の名を挙げながら、マリアは堂々とした態度で言った。

「剣吾がここにいないのなら、一人の純粋な高校生男子としてその人と戦ってみたらどう? それがアテナからのアドバイス」


「よ、よく分からないけど、この俺、石山太郎として戦えばいいのか?」

「そういうこと」

 マリアは不敵に微笑みながら答えた。


「畜生、どいつもこいつもふざけやがって、お前から潰してやる!」

 3人組の一人がおもちゃの剣を振りかざすが、俺はかわした。2人目が声を上げながら向かってきたところを、払い腰で倒す。

 その払い腰に恐れをなしたのか、3人目はかざしていた刀を下ろし、体を震わせた。


「コイツ、何かマジで強いぞ」

 俺に攻撃をかわされた男子も、倒された仲間を見て戦慄した様子だった。

「これはフィクションじゃねえな、現実の人間として強いやつじゃねえか」


「ああ、俺、石本太郎は、柔道緑帯だよ」


 俺がそうアピールした途端、3人は逃げ去った。

 そう、俺は大切なことを思い出した。剣吾としても強かったが、現実の石本太郎としても、勇者たりえる強さの持ち主だったのだ。

 遠くから誇らしげな様子のマリアに、俺は親指を立てた。彼女が親指を立て返して去るのを見届ける。一人になった裏庭で、俺は剣吾の呪縛から解放されたと実感した。

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