今から100万円もらうチャンスです
「壇ノ浦理衣奈(だんのうらりいな)からのプライズチャンスです」
教室の黒板の上にあるスピーカーから、女子の声でそういうアナウンスが流れた。
僕は理衣奈を知っている。
彼女は、電化製品の大手・壇ノ浦財閥の娘だ。
教室では僕も含め、誰もがランチを食べるのを止めて、彼女の次の言葉に耳を傾けている。
なぜなら彼女は不定期に学校で大金をあげるイベントを展開しているからだ。
「本日、私は午後3時57分にある場所で、1人に100万円を差し上げようかと思います。ぜひ楽しみにしておいてください」
その瞬間、僕の心は色めきだった。可能性は決して高くないが、これは一世一代のチャンスでもある。もし100万円をゲットしたら、今話題の最新ゲーム機どころか、僕が注目している最新の電化製品を次から次へと購入できる。
「あっ、ちなみに今、私に会いに行こうとしてもダメです。混雑して危険ですし。あくまでも私が午後3時57分に渡す相手を決めるだけですから、変に探さないでくださいね」
理衣奈は注意事項を言い残して、マイクのスイッチを切った。
僕はあわよくばという希望を胸に抱き、弁当の箸を進めた。
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午後3時57分。
僕は理科の先生からの頼みにより、両手に新品のビーカーを入れた箱をひとつずつ持って理科室を訪れた。彼女を探したいという気持ちとは裏腹に、先生に頼みごとをされるなんて運が悪いと思い、すっかり理衣奈のことは忘れようと思っていた。
肘で引き戸の取っ手を押さえながら開け、中に入ったときだった。
「おめでとうございます」
理科室のド真ん中に、理衣奈は立っていた。
「ウソでしょ」
この世のものとは思えない幸運に、僕は驚愕した。
「とりあえず、2つの箱を置きましょうか。喜びすぎて落とすともったいないですから」
僕は言われたとおり、理科室の教壇にビーカーの箱を置いた。もしかしてこのあとは、あの札束を受け取ることになるのか?
「あなたは100万円を獲得するチャンスを手に入れました」
そう聞いて僕は夢のようなフワフワした気持ちになった。
「100万円、ほしいですか?」
理衣奈が可憐な微笑みで僕に問いかけてくる。僕は一呼吸おいてこう答えた。
「お願いします!」
「それではあげようかと思います」
「よっしゃああああああああああっ!」
2人きりの理科室で、僕は心の底から喜びを叫んだ。
「まだ喜ぶのは早いですよ」
理衣奈がなぜか僕をたしなめる。
「どういうことですか?」
「あの放送でも私は『100万円を差し上げようかと思います』と言いました。
「えっ?」
「本当に差し上げるには条件があるのですよ。今から私の頼みを聞いてくれたら、100万円あげます。まずは、私の家へ来てくれますか」
「はい」
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というわけで僕は、彼女が住むというマンションまで案内された。
案内されたマンションは、大きさ自体は2LDKにありがちなありふれたものだった。
「私、財閥のお嬢様なんですけど、高校生になったことを機に社会で自立できるようにと、両親が2LDKのマンションを買ってくれたのです。2LDKなのは、私に将来の旦那さんができたときを想定してとのことなので」
おしとやかな語り口で、彼女は今の自宅に住む理由を語ってくれた。なるほど両親は財界では有名だけど、子どもの教育も随分としっかりしたものだなと感心した。
「で、ここがその部屋なんですか?」
「はい、3階の305号室」です。
理衣奈はそう言いながら、カギを回してドアを開いた。
お嬢様だから、2LDKでもさぞおしゃれできれいで、ゴージャスな部屋なんだろうな……と思った僕が甘かった。
さっそく玄関には、2つのゴミ満載の袋が置き去りにされていたからだ。
「あの、これ何ですか?」
「ゴミです」
「それは分かっているんだけど」
「とにかく、奥まで来てください」
理衣奈は僕を急かすように奥に進んだ。しかし玄関から続く廊下は、さらなるゴミ袋とか、飲み干したペットボトルとかが散らばっていて、前に進みづらい。僕はちょっとした地獄へと引き込まれた気分だった。
「ここが17畳のLDKです」
彼女はメインの部屋を誇らしげに紹介したが、全く嬉しくない。むしろ不快感しかしなかった。
キッチンにはシンクに食器が山積みされていて、ところどころにはカビ的なものが目立っている。ダイニングテーブルでも調味料やら食べ残しやらが入ったままの食器や、空っぽになったカップラーメンの容器など、とにかくさまざまなものが溢れかえっていた。
何よりリビングでは、ソファーやテーブルをゴミ袋やらガラクタやらが取り囲んでおり、ところどころでハエが呑気に飛んでいる。
「ちょっと待って、これどういうこと?」
「今からあなたがこれをすべて片づけられたら、100万円あげようかと思って」
僕は無言で理衣奈に背を向け、足の踏み場もないゴミ屋敷を去ろうとした。すると彼女はいきなり僕の両脇に腕を通すと、羽交い絞めにしたまま強烈な力で締め上げる。問答無用で息が止まりそうになった。
「何もしないで逃げたらどうなるか分かっていますよね?」
それまでのおしとやかな口調がウソのような、暗いトーンで理衣奈は脅してきた。
「す、すみません、やりますから」
「じゃあ、お願いします」
元の落ち着き払った口調で、彼女は僕にお願いした。汚れきった部屋全体を見渡し、僕は絶望のあまりにこう思った。
大金への道は、地獄で舗装されている。
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