誰かがのぞいている
風呂に入りたいのに、服が脱げない。
いや、脱いではいけない気がした。
両親はともに海外へ長期出張中で、今はこのマンションの部屋で一人暮らしなのに、なぜかここにいるのが僕一人じゃない気がした。
気になった僕は、家中をチェックすることにした。
キッチン、リビング、ダイニング、自分の部屋、父の寝室、母の寝室、トイレ、ウォークインクローゼットなど。僕は自宅にある場所という場所を一巡した。
どこにも誰も見つからなかった。やっぱり僕は一人なんだと改めて思った。
心の中で「何だ、気のせいか」と安心した。
あらためて脱衣場に向かい、服を脱いでいく。
上半身からパーカー、Tシャツを脱いで、我ながらほっそりとした体をあらわにする。
しかしズボンを脱ごうとしたところで、再び妙な気配が強くなった。その出所は分からない。しかしさっきよりも強くなっていくは事実だ。もしかしたら僕が服を脱ぐのを見て、心を踊らせている可能性さえある。
やっぱり誰かいるのか。
「すみませ~ん、誰かいますか~」
ワケも分からずそう叫んだ。でも誰もいない。
パンツ一丁、ひいては全裸のところを死角からとらえられ、見知らぬ者の記憶に収まろうものなら、恐ろしくて仕方ない。
だから僕はあらためて、風呂場の周りを見渡した。
風呂場の浴槽、壁を、目をこらしながらチェックする。その一面にかかっている鏡その左隣に三段構えでついている、シャンプーや石鹸を置く棚もじっくりと見ていた。そんなところに人が隠れようなんてない。
浴槽の真上にある換気扇も見てみる。フタにはきっちりとナットが締められたまま。やはりここにも誰も入りようがない。
脱衣場に戻った僕は、どこに誰がいるのかを考えてみる。洗濯機か、はたまた洗面所の下にある戸棚か。
そのとき、戸棚のあたりから、かすかに扉が閉まる風音が聞こえた気がした。
まさかと思いながら、戸棚を開けてみる。
「キャアッ!」
中で丸いメガネをかけた小柄な少女が、両手で顔を覆いながら軽く叫んだ。しかし僕は容赦なく彼女を引きずり出す。
「こんなところで何をやっているんだ、杏奈」
僕は彼女を知っていた。学校でいつもゲリラ的に僕に近寄っては、「好きです」「入学してからあなたのことを一日も忘れられなくなりました」などと口説いてくる杏奈。こんなことが高校入学からかれこれ半年も続いているのだが、その間僕は杏奈に対して1秒たりとも特別な感情をもったことはない。
「そんな、あとちょっとで航大くんのセクシーショットが見られると思ったのに!」
杏奈も悪びれもせず駄々をこね出した。だから僕はその両足を持つと、風呂場からダイニングを通り、玄関まで引きずっていく。その間彼女は色々不平みたいなことをほざいていたが、無視だ。
扉を開けると、僕は日常の作業のような感覚で彼女を外まで引きずりだす。右手にカギを握っていたので毅然と取り上げると、自分はサッと中に舞い戻り、扉を思いっきり閉めた。
扉にカギをかけると、合鍵らしきものを見つめると、どっと疲れが押し寄せるのを感じて座り込んだ。
しかし僕は数秒後に、やらなければいけないことを思い出して立ち上がり、自分の部屋へ戻った。
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「今日、杏奈が逮捕されたのって知った? 住居侵入罪でしょ」
翌日の学校の教室で、友人の圭介が僕に聞いてきた。
「ああ、そうなの?」
僕は何事もないように装っていた。
「だって、君のマンションで他の人の部屋に忍び込んだって」
「確かに昨日は、僕のマンションの周りがちょっとうるさくなってたっけ」
僕は圭介から目をそらすように、机に顔を伏せた。隠した顔は笑っていた。これでしばらくは、わずらわしい思いをしなくて済むんだから。
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