力自慢コンテストのはずだった

「これより卵つぶしコンテストを行いま~す!」

 学園祭が行われていた高校におけるグラウンドの一角で、さやかはマイク片手に宣言した。

 彼女のかたわらには、4人の高校生男子が横並びで立っている。どれも柔道部、ラグビー部、野球部など体育会系の部活で名をはせており、ゴツゴツとした体つきだった。


「第一ラウンドは、卵つぶし対決で~す! これより20個の卵を片手だけで握りつぶします。先に20個すべてをつぶせた人の勝利とします」


 4人の競技者のかたわらには、10個の卵パックが2つずつ用意されていた。

「それでは、よ~い、スタート!」

 さやかが上空にピストルを打ち上げ、スタートを宣言する。


 4人の競技者は我先にとばかりに、1つ目の卵を取り、手ひとつだけでつぶしにかかった。

 彼らは全員、卵に自らの力を誇示しようと、必死で圧力をかけている。

 しかしこのとき、会場のお客さんたちは違和感に気づいていた。


 卵がつぶれる音が、一回もしないのだ。


 彼らが見せられているのは、卵ひとつに悪戦苦闘する少年たちの姿ばかりである。


「ねえ、まだ?」

「何でつぶれないの?」

「コイツら本当はヒョロヒョロなんじゃないの」


 客席から心ないヤジが集まり始めた。


「ちょっと、誰でもいいからさっさとつぶしちゃいなさいよ」

 さやかは客からの冷たい圧力に押されて、4人の男子たちに訴えた。


「競技中止~!」


 突然一人の少年が割り込んできて、マイクに声を響かせる。それを聞いた競技者たちは、手の力を緩めて、卵との戦いをやめてしまった。さやかや競技者、そして客たちの視線を一心に受けているその少年は、短髪でメガネをかけていて、着ている学ランはサイズが大きく感じられた。まさに彼こそ、パッと見はヒョロヒョロの少年だった。


「さやかさん、この企画は間違っています。最初から成立なんてしようがなかったのですから」

 少年はさやかに対し、謎の宣告を行った。

「ちょっと奏(かなで)、何言ってるの。また体育会系にぶっ飛ばされるわよ」


「いいえ、僕はこれ以上あなたが恥をかかないように、真実を伝えなければならない」

 奏は意地を張るように言葉を返した。

「さやかさん、なぜ力自慢の男子たちが片手で卵をつぶせないのか、分かりますか?」

「そ、それは、この人たちが見かけ倒しだからでしょ」

 さやかは思わず競技者の男子たちを非難してしまった。


「おい、どういうことだよ!」

「こちとら、ラグビーのインターハイでスタメンだったんだぞ!」

 当然のように卵を握りつぶせなかった男子たちが、さやかに言い返す。


「全くもって見当違いですね、さやかさん」

 メガネ男子は呆れた様子でツッコんだ。

「卵がつぶせないのは『パスカルの原理』です」

 謎のワードに、会場が静まり返る。


「まあ、一言でそう言っても誰も分かってもらえないでしょう。人が卵を片手で握りつぶそうとすると、卵のすべての面に圧力がかかります。まさに4人のスポーツマンたちが直面していた状況ですね」


 メガネ男子は人差し指を立てながら、お客さんに向かって解説を始めた。


「卵はすべての面から圧力を受けると、内側と外側両方の圧力が同じバランスで釣り合うので、割れなくなってしまうのです。だから片手で卵をにぎりつぶす競技なんて、最初からできっこなかったのです!」


 体育会系の男子たちの手の中で卵がつぶれない理由を明かしたメガネ男子は、改めてさやかに向き直った。


「さやかさん、あなたがここで卵つぶし大会を開いたのは、決して恥ではありません」

 メガネ男子は、なぜかさやかに微笑みながら語りかけた。

「僕はあなたに感謝します。この世のあらゆるところに当たり前に存在する卵は、片手じゃ割れないということを証明いたしました。そう、この企画は、生卵の知られざる秘密を実験的に明かすものだったのです!」


 お客さんたちは驚きながらも、奏に拍手を送った。


「みなさん、学園祭ではこんな感じで、2階でもさまざまな食べ物に関する科学実験を行っています。ぜひそちらもご覧ください。こちらのイベントはこれで終了です。ありがとうございました」


 強引ながらも見事にイベントを締めた奏に、さやかや卵に負けた男子たちはあっけにとられていた。さやかが奏に歩み寄る。

「何てことしてくれたのよ」

「これ以上続けたら、恥をかくのは君だった。それは見ていられなかったから……」

 奏は顔を赤らめながら、さやかから軽く目をそらす。


「もしかして、私のこと好きなの?」

「ハッ……!」

 奏は驚いた様子で、一目散に逃げ出した。その後ろ姿を見届けたさやかは、まんざらでもない表情だった。

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