僕はこうして彼女と別れました

 朝起きてスマートフォンの時刻を見たら、午前11時14分だった。

「やっべー」

 その瞬間、僕のこめかみを一筋の冷たい汗が流れていった。ベッドの敷布団が、妙な汗でジメジメしている気がしたが、そんなことを感じているひまはない。

 

 デートの約束の時間は午前11時。

 起きた時点で14分遅れ。

 付き合っている彼女である亜里沙は、時間に厳しい人物。

 彼女は根っからのプロレスマニアであり、僕がルーズな性格ゆえにしくじると、彼女は無慈悲にプロレス技をかけてくる。


 学校の席では幸か不幸か隣同士なのだが、ある日僕が数学の授業中にウトウト居眠りをしていたら、隣にいた彼女はいきなり僕の側頭部にすさまじいキックをかましてきた。

 目覚めた僕は、彼女のシリアスな表情の奥に、死を思わせる狂気を見たのである。


 そして今僕は、自ら起こした重大なミスにより、再び彼女から壮絶な罰を受ける運命にある。

 この運命から何とかして逃れる方法はないのか。

 僕の思いはひとつ。もう一日の中で、一度も痛みを負いたくない。


 だから僕はスマートフォンを取り、彼女に電話をかけた。

 スマートフォンの奥から鳴る呼び出し音が、僕に恐怖をあおる。

 まるでスマートフォンの中に神様がいて、寝坊した僕を突き放すように、「お前はもう人生終わりだと思って覚悟してね」とささやいているようだった。


 僕は彼女の怒声さえ聞きたくなくて、呼び出し音が途絶える瞬間を、全神経を注ぎながら待っていた。

 そのときはきた。


「ごめん、今日でもう別れることにした」

「何言ってるの、圭太?」

 彼女はあっけにとられたような声色だった。これがおどろおどろしく変わらないうちに、僕は決着をつけにかかる。


「とにかくもう、亜里沙とは付き合えなくなったから。察してくれ」

「ちょっと待って、もしかしてデート当日に寝坊して私に逆エビ固めをかけられたくないから」

「とにかくもう付き合えないから、次の彼氏を探してくれ! さようなら!」


 僕はさっとスマートフォンを切った。画面を見ると、たった15秒という通話時間が示されている。亜里沙との時間が終わった瞬間だった。

 そのとき僕は天国に迎えられた気分になった。もうこれで痛い思いをしないで済むんだ。


 あらためてゆっくりしたくなった僕は、再びベッドに横たわり、自らの体に布団をかけた。布団の中で、ひとつの勝利の余韻に浸ったのである。

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