親友<スマホゲームの時間限定イベント=

「おお、これは!」


 中世の異世界ゲーム「フィールド・アクション」で僕がプレイするキャラクター「レオン」は、ショップですごいアイテムを見つけた。それはストーンキューブ。レアドラゴンを捕まえてチームが所有するモンスターとして操られるすごいアイテムだ。


 この日はレアドラゴンを捕まえられる限定イベント。このときの時間は午前11時10分だが、ドラゴンを捕まえられるのは正午まで。正直、時間としてはギリギリか。


 紺色のジュエルキューブは課金アイテムで、50ルエロを要する。

「うわ、高いな~。でも、アイオラ推しの僕としては取り逃せない」

 画面の左下では、仲間のプレイヤーが「買え、買えーw」「時間ないぞお、早く決めなよ」とはやしたてている。


 ということで、僕は課金メニューからルエロを仕入れた。親からの仕送りは半分以上銀行口座に入っていて、かろうじて6000円台はあったので、払えたのだ。


 満を持して紺色のジュエルキューブを買った直後である。


 スマートフォンの着信音が鳴った。画面上部に現れたポップアップは通話アプリのもので、「栄太郎: なあ圭一、ショッピングモール行かない?」というメッセージが示してあった。


 栄太郎は同じ高校に通う、中学時代からの親友だ。彼とはいつも悪ふざけをしたり、一緒に好きなバンドのコンサートツアーのために名古屋まで行って盛り上がったりした仲だ。そんな彼とショッピングモールで遊ぶ機会も、正直捨てがたい。


 しかし今はスマートフォンの中でアイオラが待っている。僕はスマホゲームで、自分が勇者になれる非現実的な楽しみを全うしている。


 どうする? 栄太郎か、アイオラか。


 ドラゴンを捕まえるタイムリミットが迫る中、僕はひとつの答えを出した。


「ごめん、今日は事情があって行けない」

 僕はショートメールで、栄太郎にそう返信した。

「そうか、今日超ヤベエこと計画してたんだけどなー、分かった、じゃあね」

 超ヤベエことって何だ? もしかして僕は選択肢を間違えたのか。アイオラよりも楽しいことなのか。


 しかし目の前のアイオラを捕まえるチャンスは、二度と帰ってこない。栄太郎とは来週学校で会ったときに聞いて、僕もあとで体験させてもらえるかどうか考えよう。


 僕は親友の存在を一旦忘れ、アイオラの捕獲に集中した。


---


 その日の夜、僕は栄太郎の誘いを断ったことを思い出し、正直に通話アプリで事情を話すことにした。


「さっきは断って悪かったね。実は『フィールド・アクション』という好きなスマホゲームがあって、時間限定イベントをやっていたんだ。正午までに『アイオラ』ってレアドラゴンを捕まえなければならなかった。仲間のプレイヤーのアシストもあって、捕まえられたよ。誠に勝手で断っちゃってゴメンね。次の誘いは何があっても断らないからさ」


 とりあえず、正直に伝えたことで肩の荷が下りた気がした。


「さあ、シャワーでも浴びようか」




 シャワーから自分の部屋へ帰ってきた直後、テーブルに置いていたスマートフォンで通話アプリを確かめてみると、僕がさっき送ったメッセージは未読だった。


「おかしいな」


 僕はそう呟いた。まさか一度誘いを断っただけで無視を決め込むなんて、いくら何でもありえないだろう。僕はそう言い聞かせながら、スマートフォンに充電コードをつないだ。


 月曜日。

 通学路の途中でスマートフォンを見てみたが、アイオラのことを伝えたメッセージは未だに未読。どうしたことか。


 その理由は、ホームルームで担任の先生が明らかにしてくれた。


「1年生で3人の男子が残念ながら逮捕されてしまいました。理由は『ハイパーゲーム』です」


 ハイパーゲーム? 何それおいしいの?


「ショッピングモールで若者グループともめたと嘘の110番をして、警察から逃げ回るマネをしたそうです。容疑は偽計業務妨害です。残念ながらウチのクラスにも容疑者が一人います。西山栄太郎です」


 僕は血の気が引いてしまった。違う意味で「アイオラ」の価値を実感することになったようだ。

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