テディ

さてさてこれは昔のお話

主探して別れを言うべく

童の友らぬいぐるみの熊

その名をテディという子熊の

なんとも悲しい旅のお話。

※―※―※

僕は見慣れぬ場所で目を覚ました。太陽も月もどこだろう。眠っている間にここに来たようで帰り道はわからない。ただ、ここは自分の居場所ではないよね。こんな部屋見たことないもの。ここから脱出したいなあ。あ、あそこの車のおもちゃに聞いてみよう。

「ここはどこだかわかるかい?」

車は答える。

「ああ……君か……。昨日来たのを覚えているよ。」

続けてこうも言う。

「ここは捨てられたおもちゃたちの墓場だ。」

「え?墓場?」

「そうだ、役目を終えたり、壊れたりしたおもちゃたちがここに来る。ここで最終的な死を待つ。」

そう言って車は外装が欠けて裸の歯車の機構がむき出しになった部分を見せる。

「そこの銃のおもちゃや剣のおもちゃも電車のおもちゃも、役目を終えてここに運ばれて来たのだ。多くはその事に絶望して自ら意識を手放したようだが。」

「そういう車さんは?」

「私はこの状況を受け入れている。壊れてしまったのも、私の主人が私とよく遊んでいてくれたからだ。私も楽しかった。壊れたときもよく泣いてくれた。今は我が身が刃となって彼の血を流さなかったことを喜んでいるとも。」

私の体は錻という金属の鎧を纏っているからね、とも続けた。

「最後は、ありがとうとも言ってくれた。いい主人だった。思い残すことはないとも。」

ご主人様―

僕はここまでの会話で決めた。

「そうか。じゃあ僕、行かなきゃ。」

「行くって、どこへだい?」

「ご主人様のところへ、お別れを言ってないから。ご主人様にありがとうって言わなきゃ。」

「………そうか。君の体はそこまで汚れて無さそうだしな。君に未来はあるだろう。」

そういって車は、墓場のおもちゃたちに声をかける。ひとつ、またひとつと集まってくる。

「ああ熊さん、心配はいらない。今集まってくれたのはお別れの大切さをよく知っているおもちゃたちだ。君を外に連れ出せるよう力を貸すよ。」

「みんな、ありがとう。」

他のおもちゃたちは言う。いいってことよ、最後の最後に役に立てるなんて思わなかった、絶対会えるぜ、お別れがないのは寂しいものね、と。

おままごとのセットたちは麺を伸ばして、それを鳥のぬいぐるみに渡した。鳥のぬいぐるみは羽ばたいて外の入り口に繋がる鎖に繋いだ。尻尾の折れた恐竜は言う。

「ご主人に絶対会うんだぞ。そのために俺が助けるんだから絶対だぞ。」

そう言って僕を麺の下目掛けて投げた。

「ああ、そうそう。できれば戻ってこないことを期待する。」

鍵が一部飛んで足の折れたおもちゃのピアノが音楽を奏でながらそう言った。

「こんな遺物の海に戻ってこないでほしい。」

そんな応援を受けながら僕は外の入り口まで登ることができた。そして振り返って

「みんなありがとう。君たちのことは忘れないよ。」

と言い、前に進むことにした。絶対に言うんだ、僕の偽りのない感謝を。

今は初夏、湿気の多い空気が僕の肉、もとい綿を重くする。幸い、僕は熊だから力持ちという属性があるため気にならない。

僕はご主人様がどこにいるのかも知らない。連絡を取って待ち合わせるなんてこともできない。幸い、僕は熊だから嗅覚は鋭敏だったから、ご主人様であるリンドヴルムのにおいをたどることにした。かすかに漂うにおいを頼りに道を進む。

ご主人様を探しながらご主人様との思い出を振り返る。

春のころ、一緒に花見をしながら紅茶を飲んだっけ。ご主人様は本当に僕に紅茶を飲ませようとしてお父さんお母さんに怒られてたっけなあ。

夏のころ、お父さんと夜に外に出て美しい星空を一緒に眺めたよね。ミルヒシュトラーセが、世界がきれいだったよね。

秋のころ、ご主人様は絵を描いていたよね。動物と子供たちが一緒に遊んでいる絵。僕ともこんな風に遊びたいって言ってたっけ。でも、ご主人様の前で動いちゃうと驚かせちゃうからできなかったんだ。ごめんね。

冬のころ、雪が積もって一緒に雪遊びをしたね。僕も雪をかぶっちゃったから綿が重くなって大変だったよ。その時は暖炉の前を譲ってくれたね。よく覚えているよ。

ぬいぐるみの僕に心はないと思われてるかもしれないけど、僕の心にはしっかり思い出として記録されているよ。とても寒い夜も、雷が鳴ってご主人様が怖がってた夜も、ずっと隣にいたからね。

においが途絶えた場所についた。人がたくさん倒れている。近づいて確認する。このにおいは…

「ご主人…様…?」

よかった、ご主人様だ。案外近くにいたみたいでよかったよ。

でも、様子がおかしい。

体が冷たい。まだ10歳にもなっていないのに。こんなに体が冷たいなんておかしい。

体から音がしない。生きれいれば音がするはずなのに。いつも夜に聞きなれた音が聞こえない。

ご主人様の目の前に出てみる。ご主人様は目を見開いたまま反応がない。

嘘だ。きっとこれは悪い夢だ。ご主人様が、そんな、まだお別れもできていないのに。

こうして僕は、自分の意識を自ら失うことにした。

*-*-*-*-*

「どうしたメビウス。人形なんか持って?」

「ああ、この死体の横に落ちてたんだ。ガス室に入れるとき誰も持っていなかったのに。」

「そりゃ気味が悪いな。同盟国の昔話みたいなのを思い出す。」

「どんな内容なんだ?」

「えっとな、何度捨てても手元に戻ってくる人形の話とか、夜中に髪が伸びる人形の話だったか。」

「それこそ気味が悪いな。同盟国怖いぜ。」

「燃やせばもう戻ってくることもないだろうから、燃やしちまえば?」

「そうするよ。」

メビウスと呼ばれた男は、持っていたライターでテディの体に火をつけた。テディが燃え尽きたことを確認すると、男たちは去っていった。

その廊下には、首都にいるアドルフをたたえた狼の紋章が刻まれていた。

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