第50話

 元々は、この服問題が本筋だ。

 多少強引だが、これを軸に進めていけば解決に向かうはず。


 そう思ったカイルは、その要素に賭けた。


 「そうなの。着れなくはないけど、胸のあたりが苦しくって」


 兄の言葉に、プリシラが身振りをつけながら追随する。


 いいぞ!

 良い流れだ!


 カイルの期待が膨らむ。

 それに応える様に、会話が進んでいく。


 「胸のあたり?」

 「うん」


 カータは娘の言葉に、いち早く反応を見せた。

 カイルは心の中で、ガッツポーズを決める。


 良い!

 良いぞ!

 母さんも流れに乗ってくれた!

 そのままいってくれ!


 カイルは何も言わず見守る事を決めた。


 母はプリシラに近づき、彼女が摩る小さな胸の膨らみを見つめる。

 そして嬉しそうに、娘の頭を撫で始めた。


 「そう。プリちゃんも女性らしくなってきたのね!」

 「女性らしく?」

 「そうよ〜?」


 母は娘の成長が嬉しくて微笑む。

 理解できないプリシラは、少し困った様な顔をしながら母を見ていた。


 俺はこの展開に、ようやく心の中に余裕が生まれた。


 フッ。

 いろいろ苦難はあったが、なんとかなりそうだ。

 話の筋を、本来の目的に軌道修正できただろう。

 いやぁ、ほんと、どうなる事やらと焦ったが、なんとかなるもんだな。


 大仕事を終えた職人。

 まさにそんな感じで、フゥと息を漏らし安堵した。


 そして、余裕ができたからこそ、母の後ろに立っている父の姿を、ハッキリと捉える事ができた。

 父は母と娘のやり取りを感慨しい目で見つめ、何かを思い出しながら、「そうかそうか」と言わんばかりに顔を小さく上下していた。

 それがどういう意味合いを持つのか、俺にはわからなかった。

 だが、優しく微笑む父の姿に、俺もなんだか幸せな気分になっていた。

 

 そんな時だった。

 トントントンと、玄関の扉を叩く音が聞こえる。

 突然の訪問者に、両親は不思議がった。


 「あら?もういらっしゃったのかしら?」

 「それにしては少し早いようだね」


 約束の時間までは、まだ十分余裕があるはず。

 何かあったのだろうかと、二人は顔を見合わせていた。

 しかし普通に考えれば、今回の件と無関係の誰かが尋ねてきたと思う方が自然だろう。


 「違う誰かかもしれないね。僕が伺ってくるよ。母さんは、プリシラの事を頼むよ」

 「えぇ。わかったわ」


 父ベイルが部屋から出ようと、俺のそばを通る。

 すれ違い様、父の足が止まった。

 俺の目に視線を合わせると、手招きしながら言った。


 「カイル、お前も来なさい」

 「ん?あ、あぁ」


 父に促されて俺も両親の寝室を離れる。

 そして玄関まで歩きながら、父は話し出した。


 「後の事は、女性同士の話になるから、母さんに任せよう」

 「あぁ、それでーー」


 なるほどと思った。


 あの場に男である俺が居ては、話しづらいこともあるだろう。

 さすが俺の父だ。

 さりげない気遣いと機転を利かした行動は、尊敬に値するな。


 「しかし、アレだな」

 「うん?」


 父は少し寂しそうな顔をする。


 「プリシラは、まだ幼いと思っていただけに、何だか複雑だよ」

 「複雑?」

 「あぁ」


 父は胸の内を晒す。


 「子供だと思っていたが、お前と同様、大きくなって成人していく。そしていずれ、結婚相手を見つけてくるーー。そうやって私達の手を離れていくのは、嬉しいと思う反面、寂しくもある、な?」


 最後は冗談っぽく締めたが、混ざり合う事のない感情を併せ持つ表情に、俺は何も返せないでいた。

 そんな俺に対して、父は少しハニカミながら続ける。


 「まぁ、カイルも親の立場になったら、いずれ分かる事だ。しっかりな!」


 『しっかりな』と言われても。

 俺はまだ十五歳だぞ?

 親の立場になるなんて、そんな未来の話をされても困る。

 しかし、今そんな野暮な事を言ってもだな。


 そう思い、俺は黙って小さく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る