第44話

 両親の寝室が近づくにつれ、漏れ出た話し声が耳に届き始める。


 「ーーものね。私達の初めての子が、ね?」

 「そうだね。嬉しいのは勿論だけど、手が離れていくのは、少し寂しいなぁ」

 「フフッ。寂しいなんて、言ってられないわよ?まだ十五歳なんだから、これからも手がかかるわ」

 「ハハッ!そうかもしれない」


 楽しそうに会話している。

 『十五歳』のワードから、俺の事を話しているのはわかる。

 しかし『手が離れる』とは?


 話の内容がよく分からないが、寝室のドアへ辿り着き、扉をノックしようと手をかざした時だった。

 続け様に話す内容に、ようやく俺は今の状況に気付き始める。


 「ティナちゃんと結婚か。あの子が産まれた時から知っているから、なんだか不思議な気分だよ」


 父の感慨深い言葉。

 それに驚く。


 ティナが結婚!?

 誰と!?

 そんな話、聞いてないぞ!


 唐突な内容に動揺する。


 「そうよね〜。毎日のように顔を見てきたから、もう一人の娘みたいな感じなのよね」

 「そうだろう?だから、カイルのお嫁さんにってなると、なんだか複雑な気持ちだよ」

 「フフッ。そうね」


 おそらくホッコリした笑顔をしている母の顔が想像できる。

 複雑な胸中だとしても、とても嬉しそうにだ。

 俺はドア一枚隔てた場所で、体が硬直しながらも、情報整理をしていた。


 俺のお嫁さん?

 誰が?

 ティナ?

 話の流れからいって、ティナしかいないよな?


 え?


 ティナ、俺と結婚するのか? 

 なんで?

 いや、ちょっと待てよ。


 ティナの家で、ガイナスと話した事を思い出す。

 そして違和感のあった言動などに、カイルの脳内に閃光が走る。


 『ティナの未来を託す』とかなんと言ってたけど、そういう意味だったのか!?

 『これからも、そばで寄り添って』なんとかもあったな!

 それに対して頷いた俺を、ティナとニーナさんは不自然に喜んでいた。

 そして、『ティランドール』の高級菓子。


 バラバラだったピースが、嘘のように引っ付く。

 何の関連も無いと思っていたのに、意思を持つかのように一つの事柄を形成していく。


 『挨拶』するだけなのに、支度する時間がかかる。

 迎え入れる側も、お祝い用の服に着替えなければならない。

 帰宅してから起こった両親の過剰な反応。


 その全てが、一つの回答を導いた。


 俺はーー。


 ティナと、結婚する。


 普段通りの反応なら『嘘だろ!?そんなの急に決められても困っちゃう〜!』などと困惑しそうなものだ。

 だがその時の俺は、相変わらずドアの前で立ち尽くし、朝焼けの残る、静かな湖の水面のように落ち着いていた。

 なんてな。


 何でそんな事になってんだよっ!

 いや、勘の鈍い俺も悪いが、結婚相手ってそんな感じで決まるのか!?

 そんなの誰にも聞いた事ねぇから、わからん!

 でも俺まだ十五歳だぞ!?

 ティナは一個下だから十四歳。

 二人とも、まだ早いんじゃないか?

 そんな夫婦、この村にいたか!?

 居ないだろう?

 いや、そもそも何歳が結婚の適齢か知らんが!


 冷静を保つ事など無理に決まっている。

 混乱する頭は、一人ツッコミをしても止まらない。

 

 一番若い夫婦で言えば、ジャスターさん達だろ?

 この前たしか同い年で、二十歳で結婚していたはず。

 それが一番若いはずだ。

 それに。


 自分の両親の年齢を思い出す。


 父さんが三十七歳で、母さんが三十六歳だろ?

 俺が十五歳だから、産まれたのが母二十一歳位になるから、ええっと。

 大体結婚したのが二十歳くらいになるのか?

 詳しく聞いたことはないが、そうなるだろ。


 結婚するラインは大体二十歳くらい。

 そう考えたら、早いんじゃないか?


 別に嫌ってわけじゃない。

 むしろ嬉しく思う方が大きい。

 ずっと一緒に居れるって事だろ?

 一緒に起きて、ご飯を食べて、ティナ家の畑を手伝って、疲れたね〜なんて話しながら帰って。


 妄想は加速する。


 出てきたのは、少し大人に成長したティナ。

 十四歳の彼女の胸を大きく誇張したのは、十五歳だった俺の願望だな。

 すまんが付き合ってやってくれ。


 『カイルどうする〜?先にお風呂入っちゃう?』


 頭に被っていた麦わら帽子をとり、壁掛けに引っ掛けながらティナが言う。

 うんうん。

 オーバーオールが良く似合ってるぞ。

 普段のワンピース姿やスカートも良いが、その姿も良い。

 おっと、見惚れてる場合じゃないな。


 『うん?あぁ、そうしようか。二人とも、土汚れが付いてるし、汗もかいたしな』

 『それじゃあ、一緒に入る?』


 そうそう、いいね!

 そのセリフを待ってました!

 だけど、ここは慎重に。


 『いいのか?』


 ティナはモジモジして恥じらいながらも答える。


 『裸になるから恥ずかしいけど〜。私達、夫婦でしょ〜?だから〜、いいよ!』


 顔を少し紅潮させつつも、嬉しそうに笑うティナ。


 「最高だぁぁぁぁ!」

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