第11話
俺の名はカイル。
目玉焼きには塩の、少数派二十歳だ。
今の俺は、夢の世界で、ティナと痴話喧嘩している。
まったく、夢の世界でも、ティナの可愛さは変わらないな。
しかしだ。
「ティナ。卵焼きが、何でこんなに甘いんだって聞いてるんだ!」
「え?だって〜」
こんな甘い卵焼きなど、食べた事がない。
もはやご飯のオカズではなく、スイーツの域だ。
作ってくれたのは嬉しいが、これでは食が進まない。
塩と砂糖を間違えたのか?
「間違えたのか?」
「ううん!そうじゃないよ!」
いや、元気良く否定されても!
だが、そんな姿も可愛いぞぉ!ティナ!
「じゃあ、どうしたって言うんだ」
「ほら、カイルは甘い物が好きでしょう?」
「あぁ」
「だから!」
『だから!』って!
そんな安易な調理しちゃうのかよぉ!
しかし、しかしだな!
そんな可愛い風に言われたら、許しちゃおうかなぁ。
ほら、これ夢だし?
怒っていても損だよな。
うん、そうしよう。
「しょうがないな、ティナは」
「えへ〜」
「俺のために作ってくれたんだから、全部食べるぞ?見てろよぉ!?」
「キャ〜!カイル素敵ぃ〜!」
ウヒャャ!
めっちゃ楽しい!
思わずキャラ崩壊してるな、俺!
てんこ盛りの卵焼きを頬張る。
「愛の味がするよ!ティナ!」
「あぁん、カイル!そんな事、言っても何も出ないわよ〜?」
「本当さ!こんな美味しい物、ティナにしか作れないよ!」
「もぉ、カイルったら〜」
くぅぅぅ!
モジモジするティナ、可愛い!
抱きしめたくなる!
歯が浮きそうな台詞も、スラスラ出てくる!
夢の世界、最高っ!!
ハッ!
俺は気付いた。
い、いまなら、キ、キスしてもいいんじゃないか!?
これ、夢の世界なんだろう!?
俺の好きに出来るんだろう!?
バクバクと、心臓が高鳴る気がする。
いや、しかし、夢だからと、ティナとそんな事していいのか?
そういうのは、結婚してからと自分で決めただろう?
そうだ、そんな事をしてはいけない。
ティナに失礼だろ。
「んっ」
そんな俺の思考を読み取ったと言わんばかりに、ティナは目を瞑り、唇を軽く突き出した。
んはぁ!!
い、いいのか!?ティナ!?
お、俺は、俺は!俺は!!
夢なのに、発汗している感覚。
フラフラと、ティナに近づいて行く。
あぁ、あぁ!
抗えない、抗えない!
ティナの柔らかそうな唇が、俺を魅了している!
か、覚悟を決めろ!カイル!
そのまま目の前に立ち、ティナを抱き寄せる。
「キス、するぞ?」
「うん、いいよ。お兄ちゃん」
「本当にするぞ!?」
「いいよ。お兄ちゃんなら私」
ん?お兄ちゃん?
バチッと目が覚めると、目の前にはプリシラの顔があった。
顔を紅潮させ、瞳を麗して、俺の目を見つめている。
そして、ゆっくりと瞳を閉じ、唇を噤んだ。
「ち、違うんだぁ!?」
俺は飛び起きた。
勢い余り、ベットから転げ落ちる。
床から見上げるプリシラは、顔を赤くし、唇を艶めかせて、こちらを見ていた。
「寝惚けてて!違うんだぞ!?そうじゃないんだ!」
混乱して焦り、大声で叫んでしまう。
そんな声に驚き、両親が部屋へ飛び込んできた。
「どうした!?」
「カイル!?」
俺の体は硬直した。
終わった。
妹にキスしようと迫ったなど、例え寝惚けいたとしても、許される事ではない。
弁解など、無理だ。
うぅっ。
家族から冷たい目線を向けられたら、俺はどうしたらいいんだ。
もう、生きていけない。
幸せな夢から、ドン底の現実。
さっきまで、あんなに幸せだったのに。
あまりの落差に、俺は魂が抜けかけていた。
そんな魂を鷲掴みしてくれたのは、妹だった。
「お兄ちゃんったら、寝惚けて夢を見ていたみたいだよ?」
俺は呆けた顔をしていたが、鷲掴みされた魂の方は、救済された嬉しさで涙を流していた。
そして『プリシラ様、ありがとうございますです』と何度も頭を下げて、自分の体へと戻った。
「そうだったの?盛大に寝惚けたわね!」
「ハハッ!あんなに叫ぶなんて、どんな夢見たんだい?カイル」
両親は妹の言葉を疑わず、むしろ俺の夢に興味を示した。
たが、『ティナの夢を見ていた』とは恥ずかしくて言えず、俺は顔を赤くした。
「ん?そうか」
父ベイルが何かを察した。
「母さん、カイルも成人の男だ。分かるだろう?」
「え?あ、あぁ、そういう感じの?あらあら」
急に両親が余所余所しくなった。
「それじゃ、母さんご飯の用意するから、行くわね?」
「あ、僕も手伝うよ」
そうして二人は出て行こうとしたが、母を先に送り出し、父は振り返った。
「カイル、そういう夢を見るのは、健全な証拠だからな!父さんは分かってるぞ!」
グーサインを突き出し、父は部屋を出た。
なんか違ぁう!絶対何か勘違いしてる!
たしかに、そんなテイストな感じの夢だけど!
もっとライトだからね!?
全然ハードじゃないんだからね!?
誤解解きたいけど、言えねぇよっ!!
うぅ。
俺が項垂れていると、プリシラが声をかけた。
「お兄ちゃん?大丈夫?」
あぁ、そうだ。
プリシラのおかげだった。
「大丈夫だ。ごめんな?」
「ううん!プリは平気だよ!お兄ちゃんがしたいなら、キスくらい!」
「ぶふぅ!」
思わず吹き出した。
はっきりとキスって言うな!
いや待て。
キスくらい?
「嫌じゃ、ないのか?」
「うん!お兄ちゃんだもん!」
妹は満面の笑みで、さも当然の様にそう言った。
俺は自分が勘違いしていたことに気づく。
そうか、家族だもんな。
思えば、プリシラが小さい頃、父さんも『可愛いでちゅねぇ!』ってキスしてたよな。
そういう延長線上の話なのだろうか。
そうだとしたら、兄妹でキスするのは、そんなにおかしい事では、ないのかもしれないな。
しかし、な。
「どうしたの?お兄ぃちゃん?」
プリシラは可愛い顔で、俺を覗き込んだ。
俺はキスする相手は、好きな人と決めている。
自分で言ってて、恥ずかしいがな!
だからプリシラにも、そうであって欲しい。
それは俺の我儘かもしれない。
だが、いつか出来る好きな人の為に、それは残しておいて欲しいな。
「プリシラ」
「なぁに?お兄ちゃん」
「例え平気だとしても、それは一番大事な時まで残しておくんだ」
「大事な、時?」
「あぁ。本当に大事な時までな」
プリシラは少し考えた後、頬を赤くして下を向いた。
そして喋りながら顔を上げ、頬を染めたまま笑顔を振りまいた。
「うん。お兄ちゃんの言う通りにする。プリは、その時を待ってるね!」
「うん?あぁ、そうしてくれ」
妹の言い回しが、いまいちおかしい様な気がする。
だが、分かってくれたならいいか。
ーーハァ。
何か起きたばかりなのに、疲れたな。
そんな俺の目の前で、妹は背中についたファスナーを下ろし始めた。
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