花を飾る家

ギヨラリョーコ

 後悔していることがある。

 今となってはなにもかも手遅れになってしまったことだ。


「俺は不幸さ」


 記憶より少し、低くしわがれた声だった。眦に少し皺の寄った男は、思い出せる姿からきっかり十年分歳を取った顔をしていた。きつい眼差しと、わずかしか開かないのによく通る声を吐く薄い唇だけがかつてのままだ。

 俺の腕から、抱えていたユリの花束が滑り落ちてばさりと音を立てる。足元に落ちたそれを拾い上げる男の、鼻の作りだけは俺との血の繋がりを感じさせる顔立ち。

 これは俺の兄ではない。ここにいるはずはない。これは、悪魔だ。

 戸口から一歩も動けない俺を横目に、花束を抱えた悪魔は白いユリを一本引き出し、リビングテーブルの上に置かれたガラスの花瓶に差した。薄い唇が動く。


「お前と血が繋がっていることを悲しいと思うよ」


 花瓶の割れる音がする。手に走る鋭い痛み。

 何もかもすべて、もう過去の話だ。






(呂街くんのそういうところが好ましいですねと先生が言っていたので僕は先生に優しいのである。先生のお気に入りの呂街くんであらんとするのである。

 呂街ですと初めて自己紹介をしたとき先生は眼鏡をちょっと上げてからリョガイですか珍しい名前ですねと言った。僕もそう思っていたのでええそうですねそう思いますと言って、それから呂街浩一ですと付け足した。先生は「ファーストネームは普通なのですね」と言いながら文字のびっしり打たれた紙束を渡してきた。それが僕と先生の出会いでありこれは大変幸福な思い出である。)


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