関係グラデーション

池田春哉

第1話 あなたの好きなもの

「〝グラデーション〟が好きです」


 宝を一つ差し出すように、彼女は僕にそう言った。


「風になびく稲穂、夕暮れの空、藍染めの生地……色がゆっくりと別の色に変わっていく、その行方を私は多分いつまでも見ていられます。ほら、これも」


 大学構内にあるカフェスペースで、僕たちは円テーブルに向かい合って座っていた。

 彼女は両手の指を揃えて僕の前に置く。


「綺麗なネイルですね」


 彼女の指先の爪は、白に近い薄桃色から淡いブルーへのグラデーションに彩られていた。


「ふふ、ありがとうございます。お気に入りなんですよ」


 ネイリストの友達にやってもらったの、と彼女は嬉しそうに自分のグラデーションを眺める。

 僕はそんな彼女を見つめていた。

 夕方ともなれば、カフェには授業を終えた学生が多く集まっているが、その中でも彼女は一際輝いて見える。


「あなたの好きなものは何ですか?」


 彼女は自分の両手を膝の上に収めて、僕に向き直った。僕はカフェモカを一口飲む。


「……そうですね。色繋がりで言うなら、"あでやか"が好きです」

「〝艶やか〟?  言葉の意味が好きってことですか?」

「うーん、意味だけじゃなく、作りも読み方も全部好きって感じですかね。『色が豊か』で〝あでやか〟。読み方もなんだか色気がある上に、意味は『所作において色っぽく美しいさま』。なんだか上手く出来すぎてると思いませんか」

「確かに。そう言われると日本語で一番、色に通ずる単語かもしれませんね」


 彼女は納得したように微笑んでから、湯気の立たなくなったロイヤルミルクティーを飲み干した。


「さて、今日もお互いの好きなものを一つ知れたということで、一歩前進ですね」

「そうですね。また一つ、東雲しののめさんの理解が深まりました」

「それは何よりです。ではまた明日、ですね。また連絡します」

「ありがとうございます。ではまた明日」

 東雲さんは小さく手を振りながら、カップを片付けて去っていった。


 僕たちは恋人ではない。友達とも少し違う。


 ――あなたの好きなものは何ですか。


 僕と彼女は一日に一回、相手の好きなものを尋ねる。

 そういう関係だった。


 ……意味わかる?


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