14話:未来改変 後編

◇ ◆ ◇


連休の間は、二人で山や川に出かけたり、映画に行ったりボウリングをしたりと、ずっとラブラブしていた。

一回目の高校生活では味わったことのない幸福感につつまれて、俺の脳みそはたくさんのアイスクリームがぐでんぐでんに溶けて、混ざり合って、さらに甘さをましてしまったかのようなお花畑状態だったと言って良いだろう。


まさにリア充ライフ万歳という感じだが、すぐにその連休も終わってしまった。


久しぶりにタクとも顔を合わせる。


「学校よ! 私は帰ってきた!」


「核バズーカで学校破壊されんかね」


休み時間にそんな下らないやりとりをしていると、美奈の席の周りに女子の人垣ができている。

髪型を変えたことで注目を集めているようだ。


「わぁ〜、浅草さん、かわい〜〜!!」


「ショートカット、チョー似合ってるじゃん!」


などと、ショートカットになった美奈を褒めているようだ。


──そうだろう、そうだろう?

かわいいだろ? 俺の彼女なんだぜ、それで。


「うわ〜、サラサラだよ〜」


──おいおい、勝手に美奈の髪に触るんじゃねーよ!

許可した覚えはないぞ。


「えへへ……達也が薦めてくれて」


「へぇ〜、中杉くんが? 意外〜」


「たしかに最近あいつも悪くないけどさ〜、美奈ならもっといい男を目指せるって!」


──ムカッ!! しばいたろかお前。


そんな風に聞き耳を立てていると、タクに、


「おいおい、怖い顔すんなよ。彼女が褒められてるんだから、喜んでやれよ」


とたしなめられてしまった。


「そんなに顔に出てたのか、俺」


「ああ、スーパーサイ○人になりそうなぐらい」


「ぐっ……まじか……」


そこまではっきりと態度に出してしまっていたとは。

今まで気がつかなかったけど、俺って短気なのかな。


「……明鏡止水だ、達也」


「……俺には、できない……」


◇ ◆ ◇


さらに数日すると、クラスだけではなく学校中で美奈の名前が広まっていた。

二年生や三年生と行った上級生まで、うちのクラスまで美奈の姿を見にくることがあるぐらい有名人になっていた。


「テニス部の水上みなかみ先輩が見に来てたらしいよ」


「サッカー部の火浦ひうら先輩も来てたよ」


などと、女子どものうわさ話が俺の耳にも入ってきてしまう。


──そいつら水と火で爆発して自滅してくれんかね。


「私、浅草さんの写真を芸能事務所に送っちゃおうかしら?」


──確かに芸能人並みにかわいいのは分かるが、まじでやめろ。


そんな話が周りでされている上に、学校で美奈と話せる時間も少なくなってしまって、若干気が滅入っていた。


「はぁ……」


ついついため息の回数も多くなってしまう。


こんなことなら美奈をショートカットにするんじゃなかった……なんて、馬鹿げた考えまで浮かんできてしまう。

他の男どもから言い寄られることもこれまで以上に増えるだろうし、俺みたいに冴えない幼馴染より、イケメンの年上男子に取られてしまうのでは?

ネガティブ思考のウイルスが、俺の脳の中に入って増殖をしているかのように暗くなってしまった。


いかん、いかん。

美奈の彼氏は俺なんだ。


今日は美奈の部活も休みだし、一緒に帰るんだから、話す時間だってたっぷりあるじゃないか。

放課後になって、脳の中のポジティブ細胞にかつを入れて、美奈を誘った。


「うん! 一緒に帰ろ!」


美奈が笑いながら返事をしてくれると、本当に心が安らいだ。


のだが……帰り道──


やはり話題の中心は、最近の美奈の周りの出来事になってしまう。


「すごいよ、皆私のこと褒めてくれるし──」


「……うん」


「──なんか、次のミスコンに出てみないかって言われたり──」


「……うん」


「──部活の先輩にさ、大学生と合コンやるんだけど来ないかって。あっもちろん断ったけどね──」


「……うん」


「──ねぇ、達也聞いてる?──」


美奈の話は、全部上の空だった。

楽しげな彼女の声が、今の俺にはとても鬱陶しい者に聞こえてしまう。

二人のこともっと話したいのに……そう思いながらも俺は正しく自分の気持ちを伝える言葉を持っていなくて──


「──調子のんなよ」


「えっ!?」


やってしまった。


美奈の浮かれている姿に、なぜか腹が立ってしまって。

俺だけ置いてかれているようで、なぜか寂しくなってしまって。

ウソみたいな幸せが逃げていきそうで、なぜか不安になってしまって。


幼馴染だけだった頃なら冗談みたいな調子で言えたんだろうけど、今は恋人だから同じような言葉でも余計にシリアスに言ってしまうのかもしれない。


「……あんまり調子に乗られると、ウザい」


「──っ──。そっ、そんな言い方……」


俺の様子に面食らって、美奈は体を小さく震わせていた。

それを見て、後悔の念が押し寄せてくるが、まともに取り繕う言葉も出てこない。


「わ、悪い……今日ちょっと気分が悪くて」


「そう……なんだ……。えっと……じゃあ……ここまででいいよ」


暗い気持ちに支配されて、周りの風景すら目に入らなくなっていたが、気がつくと美奈の家と俺の家の分かれ道に来ていた。


「じゃあね……」


美奈が一人で歩き出す。


「……ああ」


俺もそう言って自分の家への道を歩き出した。


そうして、ふらふらとした足取りで歩いて数分──


(…………なにを!!!! やってんだ俺!!!!)


そう心の中で叫んで、美奈の家へ走り始めた。


◇ ◆ ◇


──美奈と付き合い始めて、なんとなく考えていたことがある。


美奈があれだけ俺の事を好きでいてくれたのなら、どうして俺たちは元の世界で、あんなに離ればなれだったんだろうって。

もしかしたら別の可能性だってあったんじゃないかって。


でも、仮に前の人生で美奈と恋人同士になっていたとしても、多分どこかで俺がヘタレてしまっていたと思った。

別の可能性があったとしても、きっと俺自身が結局潰してしまうんだ。


だから……この可能性の世界では……やりなおしの世界では……俺は……。


「っはぁっ! ──っはぁっ!」


ペース配分も考えず全速力で美奈の家まで走った。

まだ……間に合うはずだ。

こんな下らない溝を二人の間に少しでも残しておきたくない。


一秒でも早く──


「美奈!」


ちょうど家の門を開けようとしている彼女の姿を視界に捉えて、彼女の名を呼んだ。


「……達也……」


美奈は俺の姿を見つけて立ち止まった。


「っはぁっ……美奈……ゴメン!」


肩で息をしながら美奈に近づき、頭を下げ謝罪の言葉を口にする。


「っはぁっ……お、俺さ……嫉妬してた……。美奈が……今まで以上に人気者になって……どっかに行っちゃいそうで……」


「……そんなこと……」


「はぁっ……それに……美奈のかわいい姿は……俺だけのもの……って思っちゃって……。はは……おかしいよな……ショートカットが似合うって言ったのは……俺なのに」


「……うん……」


「俺……情けないよ……。頭では分かってるのに……心が言うこと……聞かなくて……。ただ、お前のこと独り占めにしたくて……。こんなことになるなら……髪切らせるんじゃなかった、なんて思ったりして……。はは……おかしいよな……」


「……そうだよ……」


そう言いながら、美奈は俺の胸に額をぶつける。

美奈の髪の良い匂いが俺の鼻をかすめた。


「……髪は切っちゃたんだから……戻せないしさ……」


「はは……そうだよな……」


「帽子をずっと被ってるわけにもいかないし……」


「はは……だよな……」


「……でも……でもね……。私だって……一番かわいい姿は、達也だけが知っておいてくれれば良いって……そう思ってるんだよ……」


「……美奈……」


嬉しかった。

一度すさんでしまった心が、暖かい毛布で包まれたように、柔らかく熱を帯びた。

まだ彼女が俺の前にいて、俺の心を震わせてくれることに、感謝した。

どうしようもない喜びの気持ちを、彼女に伝えたい。


「……抱きしめて、いいか?」


そう言いながら、手を美奈の後ろに回す。


「今日は……優しくじゃ……だめだよ」


前とは反対の美奈の言葉。


「ああ」


いっそ壊してしまうぐらいに自分のものにしたくて、彼女をぎゅっと強く抱きしめた。

彼女も、しがみつくように力を入れて俺の背中を掴んでいた。


そうして、ずっと長いこと抱き合っていた後、名残を惜しむようにキスをしてから美奈は自分の家の中へ入っていった。


◇ ◆ ◇


家に帰ると、俺は気になって未来の美奈から届いた手紙を見てみた。


誰にもバレないように、机の引き出しのさらに奥に入れた大判の書籍の中に挟んで、さらに挟んでいるページにのり付けをしてある。

これなら、ペラペラとめくっただけじゃ気がつかないし、万が一誰かが見たとしてものり付けが剥がれるので、見られたこと自体は把握できる。

もちろんそれも最悪のケースではあるのだが、見られたことに気がつかないよりはマシだろう。


──ベリッ、ベリッ──


ゆっくりと、のり付けを剥がしてく。


同じ事をするには次はまた別の本を使わなければいけないだろう。

そうまでして見たかったのは、手紙の中の写真だ。


美奈の髪の話をしたので、どうしても気になってしまった。


「──っ──」


未来で結婚相手と写っていた美奈はショートカットだったはずだ。

その彼女の髪型が……ロングになっていた。

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