11

 ぱちん、という小気味よい音が薔薇園に響く。八月の終わり、空は秋へ向かう色を仄かに織りまぜながら、高く澄み渡っていた。

 私はシェイラと二人、咲き終わった花がらを摘み取る作業をしていた。レインは作業は多くないと言ったが、肥料やりもしなければならないし、シュートの処理もある。この本数の薔薇を美しく維持することは、結構な労働だった。おかげで私は、一日のかなりの時間をこの薔薇園で過ごすようになった。

 そうして私は間もなく気づく。この薔薇園の片隅に、小さな石碑が建っていることに。

 決して上等の石で作られているわけではなく、長年の風雪に傷んでいた。特別の装飾も何もなく、ただの四角い石の表面には何か字が刻まれていたようだが、それもかすれてうまく読み取れない。

「『我』……『ここ』? 何だろう、これ以上は」

 石面を指でなぞりながら、思わず眉間にしわを寄せる私に、シェイラが鋏を片手に近寄ってきた。

「気になります? それ」

「ええ。だってこれ、大事なものなんでしょう?」

「どうしてそう思います?」

「だってこの庭の設計って、この石碑が中心になっているじゃない。小道のつけ方とか、つる薔薇の誘引の方向とか」

 今は花をつけていないが、おそらく最盛期にはこぼれんばかりの花が壁面から枝垂れて、この碑を飾るだろう。そうして考えれば、ここの薔薇はむしろこの碑を彩るために存在しているのではないか。

「ご名答ですわ。この館を代々の総領が相続するのは、この碑と薔薇を守るためだといわれています。守らなければ、たちまち焼き払われてしまうでしょうから」

 それはそうだろう。それほどまでに、アルバの魔女に対する恐れは根深い。それは治外法権とも呼べるこのレーゲンスベルグでも、おそらく変わりはあるまい。

「この庭を恐れないこと、魔女の呪いに惑わされない強さを持つこと、それもまた総領選挙を勝ち抜く条件だといわれています。私たち一族は、誰しもが故無い迷信に惑わされないようにと教えられて育ちますが、それでも一族だけで閉じこもって暮らしているわけではありませんからね。屈託を持たずにいられる剛の者は、この一族とて多くはありません。そういう点で、兄様が総領であることは、この一点においては妥当なのだと思います。兄様はこの総領館で――この庭の中で生まれ育った人ですから。私も大分慣れましたけど、この館に迎えられた当初は、ここの入口で足がすくみましたもの」

 当人にとっては何てことない発言だろうが、私は瞬間飲み下せなかった。咀嚼すればするほど、かみ合わなさが浮かび上がってくる。

 レインが二十九、シェイラが十七。レインがこの館で生まれ育ったのに、十二も下のシェイラが、なぜ後でこの館に来たのだ? レインがこの館で生まれたというなら、その時にはもうレインの父親は総領の座に就いていたということだろうに。

 そんな私の疑問に気づいたのだろう。ああ、とシェイラは笑った。

「すみません、言ってませんでしたっけ。私は連れ子なんです。母は私が十の時、父様――前総領の元に後妻に入ったんです。兄様のお母様も、私の実の父も、亡くなっていましたから」

 その言葉に、私は抱えていた疑問が氷解した。そう、おかしいとは思っていたのだ。

「やっぱりそうだったんだ。黒髪黒眼のレインと、金髪碧眼のあなたが同じ両親から生まれたんだろうかと思ってた」

「兄様のお母様が、黒髪黒眼でいらしたんですよ。異国的で理知的で、とっても素敵な方でした」

「じゃああなたとレインに血のつながりは、全くないの?」

「私の実の父も一族の人間ですから、元を辿れば、初代に着くより前に一緒になるとは思いますが、血族というほど近くはないですね。だからこの薔薇園に最初に入ったのは十歳すぎで、さすがにちょっと抵抗ありました」

 そう言ってシェイラは苦笑する。

「そんなわけで、今母にはモスの館の方を守ってもらっています。二代続けてモス家の人間が総領になっちゃったんで、当主はこっちにいっぱなしですけど、一応モスにも館はあるんですよ。手入れはしていたんですが、やっぱり人が住まないと駄目ですね。この後ずっとモスの人間が当主というわけにもいかないでしょうから、母には頑張ってもらってます」

 その言葉を聞いた瞬間、私は深く納得した。ああ、なんだと。

 一向に妻を迎えないレインに、一族の者は皆やきもきしているというが、その答えは明白じゃないか。

 レインはシェイラが成人するのを、待っていたんじゃないか。

 幼い頃から共に育って気心もしれ、一族の事情を知悉している義理の妹。総領の妻として、これ以上の相手は存在しないじゃないか。大体嫁入り前の娘が、母の下に行かず未婚の義兄の館で暮らしているなんて、すでに許嫁である以外の理由が考えつかない。

 実際この館を切り盛りする女主人がシェイラであることは、誰の目にも明らかなのだから。

 納得するとともに、じんわりと胸の中に広がった苦い思いに、私は自分で驚く。

 私は落胆している? 私は寂しいと思っている? まさかそんな。

 レインの行動には裏がある、意図があると思い――疑いながらも、私はどこかで期待していたのだろうか。

 周囲が期待したり邪推したりするように、レインが私を女として望んで助けたと、そう思いたがっている?

 それは女としての虚栄心だろうか。それとも――それとも?

 私はそこで思考を打ち切った。その先を考えている場合では――その先にあるもの、そんなことにうつつを抜かしている場合ではないだろうと思った。

 この家には――レインとシェイラ、そしてヴァルトには恩がある。この衣食住が足りる穏やかな生活を与えてもらっていることは、感謝してもしたりない。術があるならば、その恩を返したいと心から思っている。

 だが同時に思うのだ。このままでいいはずがない、と。

 どれほどここでの生活が温かく満ち足りていたとしても、それに安住していていいはずがない、と。

 一度は時が巻き戻った。それは不測の事態ではあったが、今になれば間違いなく奇跡だった。だから二度目があると、やり直しがまた効くだなどと思ってはいけない。

 アイラ、カイル。忘れてなどいない。私は忘れてなどいない。

 私はあなたたちを助けると誓った。たとえ自分が消えることになったとしても。あの悪夢のような時間に引き戻されることになったとしても。それでもあなたたちを助けると誓ったのだ。

 そんな私が恋だのなんだの、そんなものにかかずらっていてどうする。

 愛だの恋だのを言い訳にして、ぬくぬくと守り養ってもらって、自分だけ平穏な生活に安住しようというのか。

 そんな自分を許せるのか――許せるはずがない。

「ああ、やっぱりこっちにいた」

 その時、扉の方からかけられた声。思えばこの人も、この薔薇園に動じない。

「ヴァルト? やだ、もうそんな時間なのっ!」

 その声に慌ててシェイラは門扉へと走っていく。「すぐ用意してくるから先行っててー」という叫びがだんだん遠ざかっていったのは、シェイラがヴァルトを通りすぎて母屋まで全力疾走していったからなのだろう。

 私は事態が呑み込めない。

「庭仕事は慣れた? なかなか大変だろう」

「これくらいなら今のところは大丈夫。……でも、シェイラはどうしたの?」

「ああ、剣の稽古の時間なんだ。みんな集まっているのに、シェイラだけ来ないから、迎えに来た」

 君も見においで、という誘いに否はない。レインから託されている鍵で薔薇園を閉めて、中庭から母屋を通りすぎて前庭へと進んでいく。この館の前庭では、出入りする若者たちが連日様々な武芸の鍛錬をしているが、今日は師範がついての稽古の日なのだろう。

 そして総領の妹であるシェイラが剣をたしなんでいても、不思議ではない――凄いとは思うが。

 そこまでは私にもすぐ判る。だが、しかし。

「それでヴァルトさん、あなたまで剣を佩いているのは?」

 今日のヴァルトの出で立ちは、今までの軽やかなもの異なっていた。この館に出入りする若者――傭兵たちが着るような厚地の上下に質実な長剣を佩いたその姿は、とても料理人には見えない。

 ヴァルトは物腰は柔らかいが、決して優男ではない。こんな格好をしていると、多くの戦場で生き残ってきた歴戦の傭兵のような風格さえ感じる。

 そんなことを思う私に返された答えは、またしても予想を超えていた。

「ああ、俺が剣指南役だから」

 その言葉に、私は返答しなかった。どうしてこの館の者たちは、私の予測をはるかに超えることばかり言うのだろう。

 私の雄弁な沈黙を読み取って、ヴァルトは答えた。

「どうして俺が、って言いたいんだよね。ま、それは成り行きというか何と言うか。レインが俺に勝てない腹いせに、だったらお前が教えろって押しつけてきただけで。……一応言っておくけど、俺が剣を握ってるのは趣味。ちっちゃいころから二人で同じ師匠に習ってきて、大体六対四くらいで俺の勝ち」

「趣味でもレインはあなたに勝てないの?」

「あくまで言っておくけど、レインが弱いんじゃなくて、俺が強すぎるだけ」

 一族の者でもなく、しかも料理人のヴァルトが、なぜこの館の若者たちに一目置かれているのかが、判ったような気がした。

 レインが弱いはずがない。千人を超す一族郎党に『一族で一番強い男』と認められた存在なのだから。そのレインでさえ六割勝てないのなら、ヴァルトの強さは半端なものではないだろう。

「それでも、あなたは料理人、なのよね?」

「だってそっちの方が楽しいんだからしょうがない。剣術自体は好きだし、いざ自分の大事なものを守らなきゃならんという時に、自分で剣も握れない意気地なしではいたくないと思う。けれども、それと人を斬ることを生業とするかは、別の問題じゃないか。俺はたやすく人を斬れるけれども、それで戦場で大金稼ぐより、ちまちまとパン生地練ったり肉焼いたりして、おいしいって笑ってもらった方が、ずっと幸せなんだと思ってるよ」

 そうして私たちは、前庭に着く。そこでは沢山の若者が、それぞれ準備運動をしたり素振りをしたりしながら、師の到着を待っていた。

 その情景を眺めて、ヴァルトは言った。

「だからと言って、ここでこうしてる奴らを否定する気もない。そんな一族を背負うことにしたレインも。自分の人生は自分だけのものだし、何を選ぶか、何が幸せかだって人それぞれだ。俺は自分ち継いで料理人になることを自分で選んだし、レインは一族率いて戦うことを選んだ。ただそれだけ」

 いつものようにさらりと言うけれども、と私は思った。この人の言葉はさらりとしていて、どうしていつもこう重たいんだ。どうしてこう重く、胸の中に落ちてくるのだ。

 まるで私の心の底にあるものを、見透かしたように。

 私は己の人生を、一度でも選んだことがあっただろうか。

 私の人生に、自由はなかった。私の人生は、選択は、一度だって私の自由になったことはなかった。

 けれどもそれは、本当のところどうだろう。

 私は――私は、本当は。

 選べなかったのではない。選ばなかったのではないのか。

 本当は選べたのに。逆らうことを自ら選び、戦い、勝ち取ることもできたのかもしれないのに、できないと思い込んで――はなからできないと諦めて、選ぼうとしていなかったのではないか。

 ヴァルト、あなたは――私から離れて、指導に行ってしまった彼の背中を見つめながら、私は口の中で呟く。

 あなたにはもしかして、私の心の底が見えている? 私の抱えている淀みも、穢れも、わだかまりも。

 だとしたら、それは、なぜ?

「あ、お姉様もこちらにいらしてたんですか?」

 物思いに沈む私に声をかけてきたのは、無論シェイラ。男物の衣服に着替え、手にはレイピアを握っていた。その出で立ちは、武門の娘にふさわしく凛々しいものだったが、私は違和感――いいや、既視感を覚える。

 ああ、そうだ。その既視感の正体は、もう判っている。そしてそこから導き出される、一つの可能性についても。それに気づかないほど、私は馬鹿でも鈍くもない。

 判っている。モス家の生業が何なのか聞いたあの日から、そのことを私はずっと考えてきた。

 卵が先か鶏が先か。その一言で、謎の一つは簡単に解ける。だがそれを私は認められない。

 認めたくない。

 そしてそれだけでは、私の疑問と彼らの抱えている謎は説明できない。

「ヴァルトさんに誘われて。ねえ、シェイラ。あなたが使う剣は、いつもそれなの?」

 ヴァルトや一族の若者たちは皆、もっと幅広のブロードソードを使っている。それに比べてシェイラの持つレイピアは細く、彼らと渡り合うには素人の私の眼からも頼りなく感じられる。

 そう私が思ったように装って、問いかける。それにシェイラは気づいたのか否か、小さく苦笑いを浮かべて答えた。

「私の腕力じゃ、あんなの重くて振れません。一応私も頑張って鍛えてはいますけど、兄様やヴァルトと肩を並べるなんて、もうもう」

 まだ足りない。手の中にある細かい破片は、まだ結び合わない。このレイピアだけでは、確証とするにはまだ足りない。

 確かに普通の女性が剣を使うなら、この程度のものになるだろう。男性と遜色ないような大柄な女性ならばともかく。

 小さく小さく吐息を漏らし、私は思考を打ち切った。シェイラは私に「見てみます?」と自分の剣を差し出してくる。何気なく受け取って、そのずしりとくる重さに驚いた。

 人が持っていると頼りなく思えるのに、実際にはこれだけ重いのか。ならばヴァルトが佩いているあの剣は、どれほど重いのだろうか。

 柄を握りしめ、少しだけ剣を抜いた。鞘から現れた刀身は、曇りなく私の顔を映し出す。

 その瞬間、私の心に一つの考えがよぎった。

「でも、シェイラくらい小柄でも、このくらいの剣なら扱える?」

「そうですね、一朝一夕には無理でしょうけれども――って、お姉様?」

 それは思いつきだった。その瞬間では、確かに思いつきだったのだ。それでも後で思い返せば、そこに到るだけの布石はちゃんと存在していたように思う。

 それほどの思いを――それほどの旅を、私はあの1217年からしてきたのだ。

「私でも、使えるようになれるかな」

「それは……無理ではないと思いますけど」

 困惑もあらわに答えたシェイラに、かぶさった声。

「反対」

 それは恐ろしいほどきっぱりとした言葉だった。私たちの会話を聞きつけたのか、やってきたヴァルトは、青灰色の瞳で私を真っ直ぐに見据えていた。

「中途半端な思いつきで言ってほしくはない言葉だな、それは」

「中途半端ではありません」

 シェイラの剣を握りしめたまま、私は立ち上がる。正面から彼を見返して、そして告げた。

「お願いします、私にも剣を教えてください」

 戦うことを生業にしている一族の者たちにさえ一目置かれる剣士に、私は頭を下げた。シェイラと、彼の弟子である若者たちは、その場を固唾をのんで見守っていた。

 わずかな沈黙の後、彼が私にぶつけてきた言葉は、思いがけないものだった。

「君はその剣で、誰が斬りたいの」

 私はその瞬間、自分の醜い部分をざっくりとえぐられ晒された、そんな気分になった。

「君が誰かを憎み、誰かに復讐したいと思っているというのなら――そのために剣がほしいというのなら、俺は君に決して剣を握らせない。そんなことに俺の剣を使われたくはない」

 そんなこと、考えてやしない。そう叫びたかったのに、刹那声が出なかった。激情と冷徹が胸の中で交じり合い、私は己に惑う。

 私は誰かを憎んでいるか。そう問われたら、憎んでいないなどとは、口が裂けても言えない。

 憎んでいるだろう。グラウスを、ガルテンツァウバー皇帝を、イントリーグ党を。そして、アルバ国民を。

 手の中の剣を私は見つめた。私はこれで、彼らを殺したいのか。

 確かに事が起こる前にグラウスを殺せば、あの動乱は止められる。アイラとカイルを助けることができる。それが城に忍び込むより、手っとり早い方法だと今気づいてしまった。

 それが私の望みだろうか――いや違う、そうじゃない。

「さっきあなたは、大事なものを守らなければならない時に、自分で剣を握りたいと言いましたよね。あなたがそう言ったから、私もそう思ったんです。大事なものは力がなければ守れない。その力は、色々なものがあるのでしょうけれども、剣もまた紛れもなくそうでしょう。あなたはそれが判っているから、剣の鍛練を欠かさないでいるのではないのですか?」

 あの時、自分は無力だった。そして愚かだった。何の力もないのに、自分に力があると思い込んで、アイラとカイルを守れると過信していた。その力がアルバ王女という地位のもたらした借り物なのだと、国民に背かれればたやすく消え失せるものなのだと、気づきもしなかった。

 心から思った。力がほしい、と。

 まだアイラとカイルは生きている。今このやり直した時間の中では、生きているのだ。だから。

「私にだって、守りたいものはあるんです」

 剣の柄と鞘を握りしめて、私は宣した。己に言い聞かせ、彼の心に届くように。

 ヴァルトは沈黙した。少しばかり考え込むような素振りを見せた後、静かに言った。

「君には人を殺す覚悟はあるか? 殺した相手の死を背負う覚悟はあるか?」

 馬鹿にするでも見下すでもなく、むしろ気づかうように、ヴァルトは私に問うた。

「剣を握るということは、そういうことだ。そして今から君が剣を使えるようになるためには、相当の努力が必要だよ。君のその腕じゃ、そのレイピアだって無理だ。必要な筋肉を全身につけるためには、相当に辛い鍛練が必要だし、その綺麗な体の線だって変わってしまうだろう。そこまで辛い思いをして柔らかで綺麗な体捨てたり、心に重たいもの背負わなくても、ここには剣を握ることを生業にしている奴が五万といる――君を助けてきた奴を筆頭にね」

 ヴァルトはここで、いつもの苦笑を見せた。

「君は他人に守られることが似合う女性だと思うし、守られる価値があると思うよ。君が『守ってください』と言えば、喜んでその剣を捧げる男は後を絶たないだろう――どうだ、お前ら? 誰かジュリアの騎士に志願しないか? レインに遠慮することはないぞ」

 最後の下りは、私ではなく周囲の若者たちに向けた言葉だった。ちょっと待って、と制止する間もなく、盛大な声があがった。

 はい、はい、はい! と元気よく上がった手に、シェイラがぼそっと「男ってしょーもない……」と呟いたが、敢えて私はそれを聞き流した。

「とまあ、こいつらは冗談として、レインが君を助けたのは、相応の覚悟があってのことだと俺は思っている。あいつは君を見捨てないし、君と君の大切なものさえも守れる男だろう。それでも君は、自分で剣を握りたいと言う?」

 問いかけに、返す言葉は一つしかない。

「私は、変わりたい。そして」

 憎んでいるからじゃない。復讐したいからじゃない。人を殺したいからじゃない。

 そしてもう、人に守ってもらうだけでは駄目だ。なぜなら。

「私はもう自分の人生を、他人任せにしたくない」

 全てはそこに辿り着く。それを私に突きつけたのは、ヴァルト、先刻のあなたなのだから。

 だから責任を取れ。そう私は内心でそう毒づいた。

 その声が聞こえるはずもなかろうが、小さくヴァルトはため息をついた。観念したように天を仰いでから、シェイラに向かう。

「シェイラ。ジュリアに腕立て伏せと腹筋と背筋のやり方教えろ。二週間音をあげずに続けられたら、剣持たせて稽古させていい」

「……うん」

 戸惑いと了承を織りまぜた複雑な表情で、シェイラは頷く。そして私が握りしめた剣を受け取って、言った。

「私は反対です。だって、お姉様みたいな絵に描いたような貴婦人が、どうしてわざわざ剣なんか取らないといけないんですか? 私みたいながさつな女と同じことしてどうするんですか。私はこういう自分が嫌いではありませんが、それでもお姉様みたいにしとやかでたおやかになれたらと思ったんですよ? 戦うことなら、兄様に任せておけばいいんです。それなのにどうして」

「シェイラは自分が嫌いではないのよね。そう言われて判った……私は自分のことが、大嫌いなんだわ」

 こんなに役立たずの自分が。こんなに自分の何もかもが人任せだった自分が。

 だからこそ、強く願う。

「私は不甲斐なくくだらない自分の人生を、やり直したい。自分の手で、自分の力で、もう一度」

 それは何もかも他人と状況に依存するしかなかった私が、初めて自分で望んで選んだことだった。

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