ぜんまいじかけの虹

鳥巣ラムネ

第1話 ねじまきの朝


きりり、きりり、きりり。かちっ。

ことん。


朝、少女は子ども達のぜんまいを巻く。ある子は腕、ある子は膝小僧、ある子は背中にネジ穴があるためそこにひとりひとりのぜんまいを差し込んで巻く。ぜんまいは皆同じ鈍い銀色に、ひとりひとり違う色のリボン。


ぜんまいを巻かれた子どもは、ぱちぱちと瞬き、欠伸をする。


「おはよぉ、ナナヱ…」


「ナナヱおはよ!」


「お姉ちゃんおはよう」


寝起きのいい子も悪い子も、ぜんまいを巻いた彼女、ナナヱに挨拶する。


「おはよう、みんな!今日は待ちに待ったお出かけの日よ!早く顔を洗ってお着替えして朝ごはん食べにいこ!」


元気よく子ども達に声をかけるナナヱに子ども達も元気よく返した。


「はぁーい!!」


そして、それぞれひもが通った自分のぜんまいを首にかけるのだった。

ナナヱの胸元にも、心を象った桜色の宝石がついた渋い金色のぜんまいがぶらさがっていた。

甘やかな夜明けの薄紅の髪をなびかせる彼女はナナヱ。このコーコ孤児院の最年長だ。



この世界で「人」というと、ぜんまいとネジ穴を持って生まれた人間の事をいう。

彼らの体のどこかにはひとつネジ穴がついており、ひとりにひとつ、生まれながらぜんまいを持っている。

ぜんまいを巻いてる間は動き、腹を好かせたり弱ったりするとねじの回りが早くなり、ねじがすっかり切れてしまうと意識を失い動かなくなる。

5歳位までの小さな子ども達はねじの巻きが短いため、寝ている間に切れてしまう。そこで、親が毎朝ぜんまいを巻いてあげることで目覚める。

だが、ここでは、コーコ孤児院では、毎朝ぜんまいを巻く親はいない。代わりにナナヱが巻いている。

ナナヱは14歳。彼女もまた、毎朝巻いてくれる親は、家族はいない。赤ん坊の時に孤児院に置き去りにされて以来、彼女の家はここだった。


コーコ孤児院は街から離れた田舎にあり、市街地へは汽車を使って2時間かけて向かった。

アイノイの街は今日もにぎやかだった。小さな子ども達は目を丸くして、見た事のないお菓子の並ぶ店、高い家々、小洒落た人々、車、紙芝居、見世物小屋、おもちゃ屋などなど、眺めてまわった。特に嫌でも目に付いてしまったものは、道行く人々のぜんまいだった。出会う人出会う人みな、首に、腰に、腕に、形も色も違うぜんまいを持っていた。子ども達は何となく、自分達のぜんまいを見る。自分達はみな同じ鈍い銀のぜんまいだったからだ。

その理由をナナヱは知っていた。自分達を通り過ぎる人々も、血の繋がってない子ども達を見分けられた。その理由が、お揃いのぜんまいだ。

どこかの大人が、可哀想にとつぶやいた。

どこかの子どもが、あの子達はなぜ同じぜんまいなのと無邪気に親に尋ねた。


みんなと違う。


孤児院の子ども達はうつむき、ぜんまいを服の中にしまった。

ナナヱはそんな子ども達の手を取り、明るく言った。


「ねえ、この先に綿あめのお店があるの。いっしょに食べよ!あっでも、先生達にはナイショよ…特にヒサ先生には」


にっこりと、ナナヱは笑った。子ども達の不安をほどかせるほど優しい笑顔だった。綿あめときいた子ども達の関心は引かれ、ナナヱのお小遣いでみんな、カラフルな綿あめをいっしょに食べる事となった。


「ありがと、ナナヱ!」


「どういたしましてっ」


7色の虹の綿あめを笑顔でほおばる子ども達とナナヱ。


その様子を、街角の影からうかがうカラス達がいた。



「あれだ。見つけた、見つけたぞ…虹を渡る子、ナナヱ」


そう呟き、影に消えた。


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