ザ・フィッシャーマン 失われた叡智を探して

アナスタシア(アシュレイ)

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 少年がひとり坂を上り大きな木造の門――超世ちょうせ院の門の前に立つ。

「……っと、ここで間違いないか」

 少年は魚と釣り竿が意匠されたデザインのスマートフォンを開き、画像を確認する。

 この男、日本人にしては顔の彫りは深く、ときおり外国人と間違われることがある。

 超世院――常楽寺と呼ばれる寺の塔頭寺院たっちゅうじいんのことである。塔頭寺院とは高名な僧たちが集まり、建造した寺院のことだ。

「高名な寺とは聞いてて、辺鄙なところにあると思っていたが。割と交通の便はよかったな……」

 常楽寺は最寄り駅から七分という利便の良さで、その近辺では開発が進み近代的な建物と同居し、周囲に馴染んでしまっていた

「さてと」

 スマートフォンをしまい男はリュックからベストを取り出し、それを羽織る。軍隊で使われているような作りのしっかりしたベストだ。


「遺失した叡智ロストテクノロジーの遺跡がある可能性が高いからな……」


 この男が口にしたが示す通り、男は普通の観光客ではない。

 今川和樹――トレジャーハンターと呼ばれる、盗掘者と揶揄される仕事を生業としている男だ。

「フィッシャーマン・ファウンデーションの方ですか?」

 超世院から僧が出て、和樹に声を掛ける。

 釣り人の財団フィッシャーマン・ファウンデーションとは、危険な調査に赴くトレジャーハンターを様々な外圧から守るとともにその社会的地位を保証するために設立された財団だ。

 所属エージェントはフィッシャーマンと呼ばれ、世界各地の古代文明の調査を行っている。

「ええ、そうです」

 和樹はスマートフォンを僧に示し敬体で答える。フィッシャーマンは正当な学術調査を行っている、そのイメージを損なうことは許されない。

 フィッシャーマンの名前と所属が表示されるこのスマートフォンこそがフィッシャーマンたちの身分証明書替わりなのだ、

「おお、よかった。寺の地下から奇妙な音がしましてね……。何かあるのではないかと」

「それで我々フィッシャーマン・ファウンデーションに依頼したと?」

「えェ、その通りです」

 和樹の問いに僧が頷く。

「観光客や近隣の住民に被害が出ることを危惧しておりまして……」

「なるほど」

 古代文明の学術調査だけがフィッシャーマンの仕事ではない、古代文明の遺跡には危険な生物、兵器が存在することもある。

 それらの排除もフィッシャーマンが請け負うこともある――というよりセットになっていることが多数だ。

「えっと、武器もなしに大丈夫なんですか?」

 僧が不安がった。日本において銃や刃物の所持は厳格な審査がいる。

 任務の危険度によっては銃を持ち込むこともあるが、今回は調査任務であるため持ち込みは認められない。

 仮に認められたとしても、司法権はないのだから違法行為を承知の上でしている。

「いえ、俺にはこいつがありますんで」

 和樹は腕っぷしの強さをアピールするためか自分の腕をあげて力こぶを作り、その腕を片方の手で叩く。

「……」

 僧としては不安しかなかった。いくら鍛えているといっても未知の怪生物相手に生身の人間が勝てるとは思えない。

「我々は数々の失われた叡智テクノロジーを探し出してきたフィッシャーマンです。当然、訓練は積んでいますよ」

 和樹は拳をシュッと突き出す。鍛えられているだけあり、かなりの拳速を誇っている。

「わかりました。音の発生源まで、案内します」 

 意を決した僧は、和樹を遺跡へ案内することに決めたのだった。

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