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常楽寺は八代目の住職が徳川家康の従兄弟であり、徳川家ゆかりの寺である。
――なるほど、立派な寺だぜ。
小さな敷地だが、門や仁王像を見ると高名な者が作り上げたであろうと思われる、徳川家ゆかりというのは伊達ではないと思わせた。
徳川家の家紋である葵の御紋が屋根瓦に施されているあたり、徳川家康公。
「フィッシャーマンさん、どうかされましたか?」
周囲を見て訝しんだ僧が和樹に尋ねると、和樹はいやいやと首を横に振り、
「素晴らしいなって思ったのさ。あとフィッシャーマンって呼ぶの、やめてくれ」
「何故です?」
狼狽える和樹に僧が問いかける。
「一応だが、フィッシャーマンたちにはコードネームが与えられていてな。任務中はそれで通すよう言われている」
古代文明に残された
コードネームはフィッシャーマンを外圧や悪意から守るための名前であり、誇りでもある。
「では、なんとお呼びすれば……」
「ブラックバスって呼んでくれ」
和樹はククッと笑いながらそう僧に答える。
ブラックバス獰猛な肉食淡水魚であり在来種を駆逐した原因であるとされている魚だ。
「……」
僧もそれを知っているため返答に困るのだが、和樹自身は気にしていなかった。
「俺は日本で学生なんてやってるが、建前でやってるだけなんでね」
和樹の言葉の通り和樹は日本社会に馴染めていない。
こうして和樹がフィッシャーマンをやっているのはフィッシャーマンの使命以上に歴史というロマンを追えるのと、日常にはないスリルを味わえるからだ。
「ううむ……」
僧は言葉に詰まるのだが、これは僧にも分からない話ではなかった。
「私も学校になじめなかったですから」
僧は学校という社会をドロップアウトした仲間であったのだ。
「あの頃は自分の能力のなさを棚に上げておりまして……。世の中の全てを憎悪しておりました」
「その話、少し聞いてもいいか、お坊さん?」
和樹はふと気にし、僧に尋ねると、僧はフッと笑い。
「私は何かあるたび、誰かのせいにしていたのですよ。さっきも言った通り己を棚に上げて、ですが」
「そうか……」
いい言葉など思いつかなかった。この僧は過ちこそ犯したが、和樹より前を向いて生きている。
「すごいな……。まァ、この国は正規ルートから外れた人間には容赦ないからな。お互い頑張ろうぜ」
和樹が気を張れと僧の肩をポンと叩いた。それは己自身への
門から少し歩くと、1263年に円覚が造り上げた阿弥陀如来像が置かれている本堂にたどり着いた。
「ここが本堂でございます」
「なるほど、こりゃ立派だ……」
本堂に置かれている本尊を見た和樹は思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう。
木という素材を生かした柔らかな笑みが特徴的な如来像だ。
「お坊さん、如来像を調べても構わないか?」
「わかりました。しかし、手を触れないようにお願いします」
許可自体は取ってあるが、破損だけは避けたかったからだ。
「大丈夫だ。そのためのコイツだよ」
と、スマートフォンを取り出す。このスマートフォンは特別製で、手に触れることなくスキャンが可能というシロモノなのだ。
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