ねぇ、明日一緒に泳ごうよ

あかりんりん

ねぇ、明日一緒に泳ごうよ

「あなたは過去をもう一度やり直せるなら、いつに戻りたいですか?」


もしもそんな問があれば、僕は迷わずこう答えるだろう。


「小学5年生の夏休み」


それは、小さな頃に起きた、大きな悲しみ。


それは、小さな嫉妬から生まれた、大きな罪悪感。


それは、小さな友情から始まった、大きな虚無感。


これから書くのは、小学5年生の僕と、友達の話である。

その友達の名前は伏せておく。

その友達は以下「そいつ」と書く。


人見知りな僕は友達が少なかったが、そいつとは気が合い、家が近い事もあって、ほとんど毎日一緒に遊んだ。


だが、そいつは友達が多く、僕の誕生日会ではそいつしかいなかったが、そいつの誕生日会では多くの男友達や女友達が参加していた。


小さいながらにもそいつが羨ましかった。

そして、憧れの存在でもあった。


そんなある日、いつものように夏休みに一緒に遊ぶ約束をして、いつもの近所の川で遊ぶことにした。

その場所は川の流れも遅く、浅瀬であるため家族連れが多い。

お互いの親もここで泳いでいることを知っているので安心させることが出来た。


僕達は毎日、肌が真黒になるまで遊んだ。


その日は外にいるだけで汗が吹き出るほどの異常な暑さで、その分、川は冷たくて気持ち良く、いつまでも遊んでいられた。


そして、皆考える事は同じなのか、いつもより人が多かった。


いつもの場所が家族連れで狭く感じたので、少し流れが早く、足が届かない場所もある奥の方で泳ぐことになった。


小学5年生でも体の大きかった僕達は、恐怖心よりも好奇心が勝っていたし、泳ぎも得意だった僕達は流れの少し早い場所でもなんなく泳ぐ事が出来た。


今まで出来なかった事が出来るようになった達成感も嬉しかったし、なにより、親に内緒でそいつと二人だけの秘密を作れた事が嬉しかった。


だが、翌日、そいつは別の友達にもその秘密の場所で泳いだ事を話していて、その日は別の友達も一緒に遊ぶことになった。


別に楽しくなかった訳では無いが、やはりそいつが話題の中心となり、そいつがトイレなどで離れた時に別の友達とはお互い無言だった。


改めて僕には、そいつだけが友達と言えるのだろうと考えていた。


それでも別に寂しいとは思わなかった。


そして僕はそいつだけをまた誘った。


「ねぇ、明日一緒に泳ごうよ」


そいつは笑顔で黙って頷いた。


翌日、そいつと二人であの秘密の場所で泳いだ。

もう流れの早さにも慣れていて、僕は、つい悪ふざけをしてしまった。


わざと溺れたフリをしたのだ。


そしてすぐに「ウソでしたー!」と言って笑うつもりだった。


だが、そいつは慌てて飛び込み、僕の方まで必死に泳いできた。


しかし、いつまでたっても浮かび上がらず、姿も消えてしまったので、僕はすぐに近くにいる人達に助けを呼んだ。


近くの家族連れのお父さんらしき人が、慌ててすぐに電話をしてくれた。


それから数分後、救急車とダイバーらしき人達が駆けつけて、その家族や僕に話を聞いた。


それからしばらく探してくれたが、そいつの遺体はかなり下流で見つかった事だけを聞かされた。


そいつの葬式で、僕は溺れたフリをした事を誰にも言えず、そして泣く事もできず、ただただその場から離れる事を考えていた。


そいつの母親は僕に

「毎日一緒に遊んでくれてありがとうね。二人の写真をたくさん飾っているから、時々でも良いのでお線香をあげに来てね。」

と泣きながら言った。


でも僕は、一度もそいつにお線香をあげに行かなかった。

行って母親に「溺れたフリをしてしまった事」の真実を伝える事もせず、謝ることもしなかった。


僕は何も出来なかった。


いや。僕は何もしなかった。


それ以来、友達と呼べる人は一人も出来なかった。

もう友達を作る気も無かった。


そしてテキトーな大学を出て社会人となり、3回ほど転職をし、42歳になった今、婚活サイトで知り合った36歳の女性と結婚することになった。


お互い結婚適齢期は少し過ぎていたが、一人くらい子供が欲しいという話になった。

だが、なかなか授かることが出来なかった。

それでも、夫婦仲は良かったので幸せだった。


そんなある夜、眠りにつこうとしたら寝室でスーー、スーー、スーー、という寝息のような音が聞こえた。


奇妙な音だった。


不思議に思い、妻に近よってみたが、ズズズーという歯ぎしり混じりの寝息を立てて眠っていた。


それでもそのスーー、スーー、スーー、という音が気になってあたりを見回すが、それらしき物は見つからない。


僕は寝室のふすまを開けた。


するとそこに、死んだはずのそいつが立っていた。


姿はあの日の少年のままだった。


そいつは喋った。


「やぁ、久しぶりだね。俺を殺しておいて自分だけ幸せそうだね」


僕は動けなかった。


そいつは続けた。


「あの日、せめてお前が俺の母さんに溺れたフリをしたことを謝ってくれていたら許したかもしれない。だけど、お前は隠した。絶対に許さない。お前だけは、絶対に許さない。許さない!許さない!許さない!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」


僕は叫んだ。

「やめろ!!」


すると妻が隣にいて、僕を抱きしめてくれていた。


妻は言った。

「また怖い夢を見たんですね。大丈夫。それは悪い夢です。あなたは何も悪くありません。もしあなたが悪いのなら、私も一緒に謝ります」


そいつは目の前からいなくなっていた。


記憶が曖昧になっていて、そんな事がこれまでも数回あったらしい、と妻は教えてくれた。

だが、翌日には僕は覚えていないのだそうだ。


そんな事が続いてしまい、妻はノイローゼとなってしまった。


本来なら、原因である僕が助ける番なのだが、僕は「別れる」という逃げ道を選んだ。


妻は実家に帰り、僕はまた一人ぼっちになってしまった。


あの日から、僕はあの日の事やそいつの事を忘れようとしたが何年経っても忘れる事が出来ず、未だに謝ることも出来ず、ずっと後悔している。


僕はこれからも、ずっと一人ぼっちだろうとなんとなく考えていたある日の晩、また、あの、スーー、スーー、スーー、という音が聞こえた。


耳を塞いでもどうしても頭の中から離れないその音はどんどん大きくなる。


僕はとても眠ることが出来ずに、寝室のふすまを開けた。


するとそこに、お掃除ロボットがいた。


そのお掃除ロボットは、スーー、スーー、スーー、という音を出して床を拭いていた。


そういえば妻と結婚した際に、共働きであったこともあり、妻が購入して使用していた。


すると、僕を悩ますこの不思議な音は、ただのお掃除ロボットだったのか。


手品もタネ明かしをしてしまえばくだらないものだ。


僕はお掃除ロボットのスイッチを止め、再び布団に入り、妻にまた連絡を取ろうかと考え始めた。


やはり一人ぼっちは寂しいので、よりを戻せないだろうかと考え始めた駄目な人間である。


そして眠りにつこうと目を瞑った時、また、スーー、スーー、スーー、という音が聞こえた。


目を開けると天井に、忘れる事が出来ない少年の姿があった。


そいつはこう言った。


「ねぇ、明日一緒に泳ごうよ」


僕は黙ってうなずいた。


あの日から、時が止まったのはそいつだけではなく、僕も同じだったのかもしれない。


あの日の僕の悪ふざけから始まり。


あの日の真実を一人で抱え。


あの日の後悔を忘れることが出来ずに。


「ゴメンね。これからはずっと一緒に遊べるね」


気がつけば僕は涙を流しながらこう話していた。




「あなたは過去をもう一度やり直せるなら、いつに戻りたいですか?」


間違いなく僕はこう答えるだろう。


「小学5年生の夏休み」




以上です。

読んでいただきどうもありがとうございました。

寝ようとしたら本当に妻が起動したらしいお掃除ロボットがスーー、スーーといっていたので本当に怖くなって確認して、なんだお掃除ロボットかぁ、と安心して寝ようとしたら、この物語が思いついて書き始めたら、結局眠るのが遅くなりました。


追伸.読者から紹介文のアドバイスをいただき、それを読んで鳥肌がたったので、参考にさせていただきました。どうもありがとうございました。

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