ママゴト

万菱Y太

ママゴト

「ふぁ〜、よく寝た……」


 小鳥のさえずりが何処からか聞こえてくる。眩しい光が部屋に差し込んできて、私に朝であることを知らせてくる。


 ベッドから降りると、部屋を出てリビングに向かった。まだリビングは電気が点けられていなくて少し薄暗い。まだ私しか起きていないらしい。


 リビングに置いてあるソファには人形が2つ置かれている。つい1週間程前に手に入れたばかりの新品の人形だ。私のお気に入りである。


「テレビでも観よっと」


 私はテーブルに置かれていたリモコンを手に取ると、電源ボタンを押す。暫くしてテレビが映った。どうやらニュースのようだ。スーツを着込んだ男の人が真面目な顔をして喋っている。


「えーそれでは次のニュースです。○○県でまた新たに2人の夫婦が自宅で殺害されているのが発見されました」


 また殺人事件だ。最近やけに多いなこのニュース。


 しかし興味本位でついつい観てしまう。


「殺害されたのは○○県××市在住の男性***さんとその妻・・・さんで、2人の遺体にはどちらも腹部に数カ所、刃物で刺された痕のようなものがあり、警察は何者かが***さんらを殺害したものと見て調べを進めています」


 この事件が起きているのはまさにこの辺りだ。ここら辺で殺人が起きるのはもうこれで5つ目になる。どうやら警察はこれらの犯行が全て同一人物によるものではないかと考えているらしい。


 気分を変えようと思った私はチャンネルを切り替えると、お気に入りの大きな人形でお飯事ままごとを始める。


 人形でお飯事をする、それが私の日課だった。


 その時、男の人の声がした。


「おはよう、よく眠れたかな?」


「おはようパパ! ぐっすり眠れたよ〜」


 私はお気に入りの人形で遊びながら答えた。するともう1人、眠そうな声がした。


「おはよう。なんだかまだ少し眠いわ……」


「も〜ママ、元気出さないとダメだよ?」


 一気に賑やかな声が増えたので、さっきまで寂しげだった部屋が明るくなった。


「じゃあ僕が朝食を作ろう。頑張っちゃうぞ〜」


「わーい! パパのご飯だー!」


「あら、助かる! それじゃあお願いしてもいい?」


「任せといてよ!」


 私はその間に大好きな人形で遊んだ。私よりもとっても大きい人形でお飯事をするのはとても楽しいことだ。


「あぁ、そう言えばゴミ出しまだだったや。どうしよう」


 パパが困ったように呟いた。そんなパパに私は手を挙げて言った。


「今日の当番は私だから、私が行くよ!」


「そういえばそうだったわね。じゃあよろしく〜」


 ママが私にゴミ出しをたくした。


「分かった! じゃあパパは私が帰ってくるまでにご飯作っといてね? できてなかったら罰ゲーム!」


「え〜、そんなぁ……!」


 困ったような声を出すパパをスルーしてゴミ袋を持つと玄関に向かった。


「行ってらっしゃーい」


 ママに見送りの言葉を掛けられ、私は威勢よく外に出た。


 暫く歩いていると、家の前を掃除しているおばさんに会った。


「あらお嬢ちゃん、ゴミ出しのお手伝い?」


「はい!」


「まぁ、偉いわねぇ! ゴミはすぐそこの角の所にゴミ置き場があるからね、そこに置くのよ?」


「分かった! ありがとう、おばさん!」


 私が歩き出そうとすると、おばさんは私を呼び止めた。


「そういえば最近この辺りで物騒な事件がいっぱい起こってるからあんまり1人で外出ちゃダメよ? 危ない人が何処にいるか分かんないし。特にあの角の先にある森にだけは入らないようにね? いい?」


「うん! 気をつけるね」


 私はおばさんに挨拶をすると再び歩き出した。暫く進んでいくとおばさんの言う通りゴミ置き場があった。私はその角を曲がって目的の場所に着くと、ゴミを捨てた。結構な重さがあったからなかなか疲れてしまう。


 無事にゴミを捨て終えて家に帰った私は、2人の待っているリビングに入った。


 私はゴミ捨てで中断されていたお飯事を再開させる。


「じゃーん! どう? 僕の自信作だよ」


どうやらパパの料理ができたみたいだ。


「わーい! ご飯だご飯だー!」


 私はぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「あら、結構美味しそうじゃない! それじゃあ頂きまーす」


 ママがパパの料理を食べた。暫くもぐもぐした後に、ママは「んん〜!」と驚いた声を出した。


「美味しいわ! あなたやればできるじゃない!」


「凄いねパパ!」


「え〜、そ、そうかなぁ……!」


 私達に褒められてパパはとても照れたような声を出した。


 そして食事を終えると、ママは何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。


「そういえば今日特売日だったわ……! 早く行かないと!」


 ママがバタバタと慌ただしく支度したくする音が聞こえる。その時、私は急にトイレに行きたくなった。


「パパ、私トイレ行ってくるね」


「そうか。行ってらっしゃい」


 私はリビングを出てトイレに向かった。


 えーっと確かトイレは……ここかな?


 リビングから玄関に続く廊下の壁にあったドアをひとつ適当に開いてみると、そこはお風呂場だった。


「あれ、違った……。トイレどこだっけ?」


 まだこの家に住み始めて間もないから全然慣れていない。結局2回も間違えてようやくトイレを見つけた。


 トイレを済ませた私はリビングに戻って再びお飯事を始める。


「さて、それじゃあ誰もいない間にサプライズの準備をしようかな」


 パパが嬉しそうに呟いた。今日は何かの記念日なのだろう。どうやら部屋を飾り付けるらしい。


「えー、私もやりたい! 混ぜて混ぜて!」


 私はパパに一緒にやりたいとお願いをする。


「ふふっ……彼女きっと喜ぶぞ〜」


「ねぇパパ! 一緒にやってもいい?」


 私はパパの腕を取ってクイクイと引っ張った。


「普段は人遣いが荒いけど、なんだかんだで優しいんだもんなー」


「パパ! 聞いてよ! 私も一緒に――」


 ブチッ!


 その時、私の引っ張っていた人形の腕が肩から引き千切れた。どうやら強く引っ張りすぎたらしい。まだ1週間しか経っていないというのに、相当脆くなってきているようだ。


「今日で交際3年目だ。そろそろ彼女も待ち侘びている頃だろう! 僕のお泊まりが今日までだって悲しんでるところに指輪を渡してプロポーズ……! くくっ、いやぁ楽しみ――」


 プツンッ……。


 私はテレビの電源を切った。その瞬間、リビングにいる人間……いや、この家にいる人間は私ただ1人になった。私の周りからは一切の音が消え失せ、静寂だけが私を包み込む。


 どうやらもうこの人形を使ってのお飯事は無理そうだ。腕が丸々1本ないんじゃまともに遊べない。私のパパにはちゃんと腕が2本なければいけないのだ。


 これまでたくさんの人形でお飯事をしてきたけど、遊んできた人形も大体1週間くらいでは腐ってしまったし、これは仕方のないことなのだろう。


「もうこの家は私の家じゃないね……」


 私がそう呟いたその時、


 ゥゥゥゥゥウウウウウッ!


 遠くの方からパトカーのサイレンのようなものが聞こえてきた。その音はだんだんとこっち側に近づいてくる。やがてここから少し離れた辺りで音は進むのを止めて、ピタリと止んだ。


 私はそろそろ場所を移動するべきだなと思い最低限の荷物を小さな鞄に入れて支度を済ませると、靴を履いて家を出た。


 外に出ると、少し離れた場所にパトカーが2台止まっていた。よく見るとさっき会ったおばさんが警察の人に囲まれて泣き崩れている。


 そして1人の警察の手には、私がさっき捨てたゴミ袋が握られていた。どうやらあのおばさんにあのゴミ袋を見つけられてしまったようだ。


 まぁどうせこの家はもう私のお飯事の舞台ではいられなくなったのだから、どちらにしてもここを去らなくてはいけない。


「次は誰が私のパパとママになってくれるのかな? できれば今度はがいいな……!」


 私は今回しでかしてしまった失敗を反省しながらもそんな我儘を呟いた。


 子供役は私以外誰もいらない。いたら駄目なんだ。枠は1人分、私でいっぱいなんだ。


「さぁ、じゃあ次のお飯事の舞台を見つけようかな」


 私は鼻歌交じりにスキップで歩き出した。


*****


『――次のニュースです。昨日、○○県××市で袋に詰められた状態の幼児の遺体が森に遺棄されていた事件で、その幼児の両親だと思われる男女2人が自宅で殺害されているのが新たに確認されました』


 朝から重たい内容のニュースが流れる。最近世間を騒がせている連続殺人犯の事件だ。これで被害が出たのは6件目。


『警察によりますと、殺害されたのは△△△さん32歳とその妻□□□さん28歳で、幼児の遺体が発見された森から100メートルほど離れた場所にある民家の中で、ソファに座っている状態の遺体が発見されたということです。遺体の腹部にはいずれも刃物で数回刺されたと見られる痕があり、警察はこれまでに起こっている連続殺人と何らかの関連があると見て調べを進めているということです』


 一通りの事件内容の説明が終わると、次の話題に切り替わった。


 私はテレビのチャンネルを変えると、また新しくなった人形を使ってお飯事を始めた。


「おはよう、パパ、ママ! いい朝だね!」


          ―END―

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