質なんかより量
「健太! 近くに幼稚園あるよね? たまに子供が近くを通りかかるんだけど、健太の小さい頃の写真持ってきてくれない? かわいいのが見たいんだ~……」
衝撃の20分から1日が経った。昨日の出来事は夢だったのではないかと疑いを持ちながら神社に向かったが、再度狛犬の左頬に手を添えるとショーコの石化が解けた。
『かわいいのが見たい』なら鏡を見ればいいじゃないかと言いたくなったけど、辺りに鏡は見当たらない。
「分かったよ。明日持ってくる」
親とは仲が特別良い訳でもないし、悪い事もない。小さい頃の写真くらいは一緒に探してくれるはずだ。
「そうだ、昨日は健太の事ばっかり聞いちゃったから今日は私の話、ね!」
とは言っても話したのは身元や家族の事くらいだ。
僕達は昨日と同じく石の階段に座ってお喋りをした。
「あのね、反対側にあった狛犬の残骸。あれって元々は私と同じように石にされちゃった友達だったんだ。男の子の」
視界の左端にあった狛犬を、中心へと誘導し観察。最初に目にした時と変わらず下半身のみが残っている。
「私と恋人関係寸前のところまでいってたんだけどね……」
という事は、僕はあいつの代わりか? だとしたら……少し嫌だな。
「じゃあその人の代わりに、僕を選んだって事?」
直球で聞いた。表情には不満の色は出していないつもりだったが、無意識の内に現れていたかもしれない。ショーコが明らかにしょんぼりとしてしまったから。
「あぁ……言われたら、そうかもしれないね。でも! 健太は健太で考えてるから!」
嘘のない本音だと感じ取れた。ただの勘だけど。1週間で別れるし、彼氏の『フリ』だ。僕の方もそんなに情を移してはいけない。きっと。
「さ、この話はおしまい! 私あんまり外に出た事なかったから、もっと聞かせて欲しい……な」
座ったまま体勢を崩さず、スライドする様に1人分空いていたスペースを縮めてきた。『フリ』なんかじゃなかったらこのままキスでもしてきたのだろうか、と淡い期待を抱きつつ口を動かす。
この日はクラスメイトや先生の話をして終わった。あいつが楽しい奴だとか、あいつは好きじゃないとか、あの先生は授業がわかりにくいだとか。大体が僕の愚痴。
【2日目】
10月6日(火曜日) 終了
頼まれた写真を手に、今日も神社へと向かう。三度ショーコの石化を解き、石の階段に揃って座る。
「ほら、これだよ」
産まれた時の写真、初めて誕生日ケーキを頬張った時の写真。その他にも色んな思い出が。
一緒に探してくれた時の母さんはとても笑顔で、あれくらいのものは久々に見た。
「わぁかわいい……」
手渡された束を太ももの上に置き、1枚ずつ丁寧に、じっくりと眺めていた。
ショーコも笑顔だからか、僕の口角も自然に上がってくる。彼氏の『フリ』は、これで出来ているのかは怪しいけれど。
写真はかなり多かったため、感想を聞くだけで20分が過ぎてしまった。でも有意義な時間だったと僕は思う。
【3日目】
10月7日(水曜日) 終了
「そういえばショーコって、狛犬の時も意識はあるんだよね」
「うん……ずっと動けないままなの、すっごく苦しいんだ」
石化を解除するのにも慣れてきたけれど、ショーコの気持ちを思うと本当に可哀想だ。
「そっか。僕もある意味、動けないままかもしれない。夢も持たないままダラダラ生きてて……」
「健太にはまだチャンスはあると思うよ? これからもっと頑張れば……」
既に頑張ってるんだ。そう言いかけたがなんとか抑え反論する。
「もう遅いんだよ。質なんかより量。僕と他の人間の間には、圧倒的な物量の差がある。これからどれだけ質の良い人生を送ったって、今までの量に比べたら……」
「そんな事ないよ! 健太にはまだ時間と将来が──」
聞き飽きたありきたりな応援に、僕は無意識の内に苛立っていた。大きい足音と共に立ち上がり、驚いた様子のショーコを睨みつける。会ったばかりだというのに、他人を知ったような口を。ショーコの事は嫌いじゃないけれど、大して理解もしていないのに中身のない応援をする人間は嫌いなんだ。
「どうせ僕は他の奴らに勝てはしない! 励ましなんていらない! くれるなら、せめて同情をくれ……!」
心からの叫び。助けを求める嘆き。今まで誰にも明かさなかった本音だった。
ショーコはやはり怯えたのか、何も言わずこちらも見ずに俯いた。
「っ……」
こんな空気、耐えられない。お互い目を合わせず無言。
僕は逃げた。神社からもショーコからも全速力で。
彼氏の『フリ』なんて僕には務まらなかったんだ。どうせ取っ替えの効く代用品でしかない、そう思う事にしよう。
【4日目】
10月8日(木曜日) 終了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます