白の反逆 羽衣編

ニソシイハ

乱世と羽衣の物語

質よりも量

「はぁ」


 ため息を吐くほど、僕は疲れていた。肉体的な意味ではなく精神的な意味で。

『夢を持て』なんて言われても、そう簡単に思いつくものじゃないだろうに。担任はあからさまに適当な態度で僕と接していた。きっと優秀な他の生徒と向き合いたかったんだ。


「ただいま」


 田んぼに囲まれた白い一軒家。周りに他の住宅は1つとして無く、お隣さんは400m先にある子供が少ない過疎気味の幼稚園だ。


 けれどすぐ近くにある林の中には、使われなくなってから何年も経った小さな神社がある。足を運んだ事は、数えるくらいしかない。


 ただいまの挨拶は誰にも届かない。父さんと母さんは2人揃って仕事に行っていて、夕食を用意するため母さんは今から20分ほど後に帰ってくるはず。僕はそれの手伝いもする。

 ……正直、暇になる。20分という時間は、学校からの課題を片付けるのにも、ゲームをやり込むのにも微妙なものだ。それでも僕は課題とゲームを日替わりで時間つぶしに使ってきたが、良い所で中断するのは気分が悪いし流石に飽きてきた。


「散歩でもしようかな」


 パンパンに膨れたバッグと、空になった水筒を自分の部屋に置いて手ぶらで再び外へ。

 実を言うと、散歩をするに至った理由はもう1つある。学校の課題の1つに『近所に古くからある建造物の事を調べる』というものがあったからだ。言い渡された時のクラスの皆の反応は

「無茶な事を言うもんだ」

 とでも言わんばかりの呆然とした表情だった。でも僕にはうってつけの場所があるんだ。あんな小さな神社で20分も調べる事があるかどうか心配ではあるけれど。


 林も田んぼに囲まれている。長袖の服を着ているから蚊に襲われはしないだろうけど、目に見えるほど虫が多いのは気分的にいただけない。

 手入れもされていないおかげですっかり長くなっている雑草に足を遊ばれる。布越しだというのにくすぐったい。ここまで地面の様子が見えないと、蛇なんかを踏んだら一巻の終わりだろう。でも神社は既に見えている所まで進んでいたから、今更戻る気もない。


「ボロボロだ」


 柱はカビだらけで、陽の光もあまり入っていないからか薄暗い。お賽銭箱は特に悲惨で、泥棒が来たのか破壊されていた。散らばった破片には、小さな虫が住み着いているのか黒い点が蠢いている。


「まぁ、課題のネタにはなるか」


 お賽銭箱に入っていたお金を泥棒が盗っていった、これだけでも配られたプリントの字数は稼げそうだ。

 まだ20分経過にはほど遠く、もう少し調べようと左を向いたその時。僕の目に映ったのは。


「狛犬?」


 神社には定番の狛犬だ。作られた時は綺麗な白色だったんだろうけど、今となっては薄汚れた灰色になっていた。緑色のコケさえも頭頂部や足にこびりついている。

 確か狛犬は2匹が向き合う形で置いてあるケースが多いはず。僕は振り向きもう1匹も確認しようとした。しかし、そこにあったのは無惨に破壊された狛犬。頭部は跡形もなく、中途半端に残った胴体と足だけが哀しい。


「お前、ひとりぼっちか」


 残された狛犬の方に再び近づき、バカにするような薄笑いと共に右手を伸ばす。汚れていない左側頭部を撫でるため、掌で冷たい感触を味わったその時だった。


 狛犬の全身から眩しい白い光が溢れ出し、僕の瞳が耐えられないほど。思わず目を瞑り、けれど掌は離さずにその場を動かなかった。

 何が起きているのか分からないけど、下手に動いたら危険だ。走った拍子に石ころにつまづいて怪我をしてしまうかも。


「うぅ……?」


 光は止まったがしばらく目を開けられなかった。変わった事と言えば、冷たかった掌への感触が温かくなっている事。

 僕は恐る恐る瞼を上げ、狛犬を凝視した……はずだった。


「え?」


 ついさっきまで狛犬が居座っていた場所には、美しく白い長髪をした少女が現れていた。狛犬と同じポーズで四つん這い。

 白い和服を着ていて、両肩には天女が着用する『羽衣』が垂れ下がっていた。

 顔はとても整っており、大きめの瞳と潤いのある唇は魅了される。何より目を惹かれるのは、頭から生えている犬と同じような耳だ。


「え?」


 白い少女も僕と同じ平仮名を発した。

 まずい。この状況は何もかも分からないがとにかくまずい。だって僕は今、彼女の左頬に掌を添えてしまっているんだから。

 しかし、投げかけられた言葉も意外なもの。


「あ……ありがとう。

「え?」


 驚き、連続で同一の平仮名をこぼしてしまう。助けた? 僕が?

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