第19話 ロロの答え

 巨大な魔法陣が広がる暗闇の中、サキとアローをじわじわ炙っていた炎の輪が消え去り、部屋から人の姿は見えなくなった。

「こっちだ」

 ロロの低い声が二人を促し、部屋に何本も突き刺さった柱の元へ移動した。柱に巻きついたガラスの瓶の放つ光が、彼の顔を紫で塗りつぶした。

「……なぜ動かない」

 サキとアローは円状の焦げ跡の真ん中に立ったままだった。

「いきなり魔術をかけといてよく言うわ」

 暗闇の中で、アローの瞳は紅く睨みを利かせていた。

「そうか」

 ロロの顔に刻まれた皺は微動だにせず、無表情にアローを見つめていた。

「アロー。君はうちの研究員を連れて、何のためにここまで来たのか。聞かせてもらおう」

「彼女はスズキトシヒコを探しています。手がかりを求めて、僕を訪ねて来ました」

 アローが口を開くのを制すようにサキが言った。

「スズキトシヒコ?」

 ロロは肩をすくめた。

「一体誰のことだ」

「彼の家を封鎖しておいて言い訳するつもり?」

「……」

 ロロは肩をすくめたまま固まった。

「何故それを」

「親切な帝国兵が教えてくれたからよ」

 ロロにはアローの表情は見えなかったが、彼女の声色から、人を小馬鹿にしたような、にやついた笑みを浮かべていることは容易に想像できた。

 レンズの奥の瞳はアローから視線を外し、どこか遠くにいるはずの帝国軍兵長へ、恨みを込めたまなざしを虚空に投げた。

「……1週間前、この場所で大規模な魔術実験を行った。時空超越魔法の実験だ」

 1週間。スズが姿を消してから、今日でちょうど1週間が経過していた。

「膨大な量の魔素を、時空間へ干渉させるために性質変化させる最終段階。そこで実験は失敗した」

「失敗?」

「魔法陣に留めておいた魔素が消失したのだ」

 ロロは指で魔素の詰まった瓶を弾いた。

「魔素消失とほぼ同時刻、我が研究所の観測部隊が、膨大な量の魔素をある森の中に観測した」

「ホグワットの森だな」

「そうだ」

 観測部が観測した魔素の質量は実験に使用された魔素の質量とほぼ一致した。原因は不明だが、実験に使用された魔素が、ホグワットの森へ移動したと考えるほかなかった。

「私はホグワットの森へ向かった。魔素が周囲の環境に悪影響を与えた可能性が考えられたから、時間を置いて」

「そうしたら、奴らに先手を取られていたってことか」

「……魔素の観測地点の中心は、森の中のある家屋。住人は確認できなかったが、その2階の寝室に、あるものを発見した」

「空間の裂け目ですね」

 サキが言った。

「ただの裂け目ではない。時空間、つまり世界の境界に通じる穴だ」

「スズはその穴を通って……」

「正確には、彼が時空間の超越を引き起こした結果生まれたものだと私は考えている」

 ロロは柱の元に置いてあった瓶を手に持って、サキとアローの方へ向かって歩きだす。

「しかし、何故です」

 革靴が床をコツコツと叩く音が見えない天井まで反響する。

「なぜ、スズキトシヒコのもとに、魔素が集まったのですか」

 紫の灯が二人との距離を詰めてくる。サキは後ずさり、額の汗を指で拭った。

「そこの女から何も聞いていないのかね」

 アローはばさりと研究者の制服を脱ぎ捨て、弓を構えた。矢を引き絞るアローの真ん前に、ロロは不敵にも仁王立ちした。

「彼はこの世界の人間ではない。別の世界からやって来た人間なんだよ」

 彼の言葉に、弓を携えるアローの左腕がびくっと震えた。脳天に矢の先端を向けられているはずのロロは不敵な笑みを浮かべた。

「……何故、それをお前が知っている」

 スズが別の世界からやって来たこと。それはアローや彼の仕事仲間、片手で収まるほどの者しか知りえない情報だった。

「我が帝国魔術研究に抜かりはない。どんなに辺境の地であろうと、組織の人間が情報収集を行っている。ホグワットにも、つい最近居を構えた者がいたはずだが、覚えはないか?」

 アローははっとした。歯を食いしばり、さらに弦をしならせたが、徐々に弦を引く力が緩んでいき、やがて力なく腕をだらんとぶら下げた。

「ミヤモか……!」

「彼女を恨まないことだ、悪気はない。仕事の一環として、収集した情報を報告したまでだ。彼女は組織の末端に過ぎないし、この実験のことなどは、到底知る由もない」

 食事を振る舞ってくれたミヤモの姿を思い出し、アローは頭を掻き毟った。

「魔法もろくに使えないスズキトシヒコが何らかの原因でこちらの世界に時空超越でやって来た。自然現象として時空超越が発生した理由は不明だ。だが今回の実験の件も踏まえるならば、彼には時空間に干渉する力を引き寄せてしまう性質があると仮定せざるをえないのだ」

 これが私の導き出した答えだよ。そう言ってロロは首を垂れるアローの顎を、空いた方の手でぐいと引き上げた。

「アロー。私は今日、時空超越の魔術を再び行う。君が望むなら、時空超越への帯同を許可しよう」

 呆けていたアローの目に光が戻り、ロロの手を払いのけた。

「何のために」

「スズキトシヒコをこちらの世界に呼び戻すためだ。私1人では、彼の信用を得られるか分からない。だから君がいてくれると助かる。当然、君たちに危害を加えるつもりなど毛頭ないさ」

 微笑みながら再度肩をすくめてみせるロロ。アローの半歩後ろに下がったサキは考えていた。ロロの行動の目的を。

 わざわざ事実を隠蔽していたのに、実験の詳細を教え、さらに時空超越に同行させるだと?

 話がすんなり行き過ぎている。何か隠された意図があるはずだ。必ず。

「さあ、アロー。返事を聞こう」



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