第17話 忍び寄るもの
「君も知っての通り、スズキトシヒコと私は別の世界からやって来た。時空超越の魔法でな」
金髪の男はベルと名乗った。彼は石ころを手に取った。
「時空超越の魔法は、空間移動の魔法を下敷きに、今いる世界と異なる世界線とを繋ぐ魔法だ」
ベルが魔法陣を2つ展開すると、それぞれの魔法陣の上の空間に拳一つ分ほどの亀裂が生じ、中から光が漏れだした。
「今作った2つの空間の裂け目は中がつながってる」
彼が石ころを空間の裂け目に投げ入れると、もう片方の裂け目から、ポンと石が出てきた。
「すごい」
僕は小声で呟いた。
「私が生み出した2つの空間の裂け目は、見ての通り小さく、あの石ころくらいのものしか通過出来ない。人一人分が通れるようにするには、より大量の魔素と、大がかりな魔法陣が必要になる。私一人では不可能だが」
「時空超越って、それよりも高度な魔法なんですよね」
「そうだ」
「それ、僕1人でどうにかなるようなものですか」
「さあな」
ベルは肩をすくめた。おいおい。
「だが、君の才能があれば、もしかするかもしれないのだ」
僕の才能?
「魔素を自在に操る才能。本来雷鳴魔法は、膨大な魔素を消費する。その量の魔素を魔法陣なしでコントロールできる君の才能は、はっきり言って規格外だ」
魔法について語り始めたベルは得意げだった。
「当たり前だ。私は魔法の研究が生業だからな」
彼は座り込んでいた僕の腕を掴み、ぐいと引っ張り上げた。
「さあ、まずは空間裂傷の訓練だ。始めるぞ」
「誰かいるか」
アローは扉をこんこんと叩いた。返事はない。
首都アスカルは霧が深く、昼間なのに薄暗い。都市の中心から離れたさびれた通りに、サキの家はあった。石造りの建築物が立ち並ぶこの街の中でも、なかなかぼろい分類のアパート。その一室の前に、かれこれ10分はいる。
ドアノブを回す。鍵はかかっていなかった。
「不用心な奴だ」
アローは当然のように中へ。短い廊下の奥の小さな部屋には書類の山。そこに埋もれるように、男が1人、机に向かっていた。
「あなたがサキか。私はアロー。ミヤモの紹介で来た」
のっそりと男が振り向く。色の白い痩せた体つき。黒い縁の眼鏡の奥の大きな瞳は光を失っていた。
「……はあ」
サキはアローから手紙を受け取ると、ぶつぶつ独り言を口の中で呟きながら再び机に向き直った。
それからまたしばらく時間が流れた。サキは資料を漁ったり引き出しをひっくり返したりしていたが唐突に、
「帝国魔術研究による大規模な魔術実験。ホグワットで観測された魔素質量は、実験に用いられた魔法陣形の規模とほぼ一致している」
そう言うと彼はいきなり立ち上がり、アローを通り過ぎて玄関へすたすたと歩いて行った。
「行きますよ」
「どこへ?」
「帝国魔術研究本部へ。博士に話を聞かなければ。一介の研究員にすぎない僕だけではどうにもなりません」
「観測地点のホグワットの森は帝国魔術に封鎖された話は聞いていないのか?」
「……知りませんでした」
サキは口に手をあててうつむいた。
「例の大規模な魔術実験の詳細も、少数の研究員にしか知らされていないのです。その件といい封鎖のことといい……」
「何やらキナ臭いな、お前の所属する組織は」
「慎重に行きましょう」
2人はアパートを出た。アスカルを包む霧は、いっそう濃くなっていた。
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