第199話 師匠でござる その終

「リン殿〜お客人でござるよ〜」


 気の抜けた声でアヤカがリンの部屋へ呼びに訪れる。


「間に合ったか……」


「おや? 誰かわかるでござるか?」


「『ド・ワーフ』の人だろ」


 明日元の世界へと帰る。その為の準備をしなくてはならない。


 今もこうしてバトラーに修繕に預けていた学校の制服に、久しぶりに袖を通していた。


「それがリン殿の正装でござるか」


「正装といえばまあそうだ ただの制服だけどな」


「普段のこーと・・・も良いでござるが中々似合ってるでござるよ?」


「褒めても何も出ないぞ?」


「……え?」


「期待してたのかよ」


 いつもと変わらないやりとりで、最後の一日も過ごす。


 アヤカと共に部屋を出て、客人の元へ向かう。


 この日の為に話をつけ、ここギアズエンパイアへと来てもらったのだ。


「遠路はるばるお越していただいてありがとうございます」


 ド・ワーフの客人を、リンは歓迎する。


「いえいえ 聖剣使い様にお呼びいただいたのであれば」


 客間で待っていた小人のドワーフ族。


 ここに来てもらったのは他でもない、木の国ド・ワーフに居る『眠り姫』を連れてきてもらう為だった。


「姫様は今医療室で寝ておられます」


「連れていただきありがとうございます」


「……本当の『マリー』様はもうおられないのですね」


 魔王三銃士の一人『アイン』に殺さた事実を話した。


 殺したと表現するよりも、力を得る為に『喰らった』と表す方が正しかったが、この事実だけは伝えられなかたった。


「あの姫様は聖剣使い様と同じ……異世界から来られたと」


「はい 信じられないかもしれませんが……」


「信じますよ」


 突如マリー姫が行方を晦ました時から、嫌な予感はあったのだと言う。


「倒れた姫……つまり『ユキ』様を見つけた時に違和感を覚えました」


 それでもド・ワーフの『玉座』は反応した。


 ド・ワーフの姫にしか扱えない『結界』を張る事も出来た。だから違和感を覚えつつも、国を任せていた。


「何故同じ顔をしているのか 何故玉座は反応したのかはわかりません……ですがユキには帰る場所があるんです」


 眠り続けるユキを待っている人がいる。


 ユキの両親とリンは、今でも待ち続けているのだ。


「結界の維持にユキが必要なのは存じております ですがどうか……ユキを帰してあげてください」


 リンは頭を下げて懇願する。


 自分だけ帰るわけにはいかない。帰るのであればユキも一緒でなければ意味がない。


「貴方様が国を出る時にも頭を下げたのは……そういった理由があったのですね」

 

 守ってほしいと、今のようにリンは頭を下げた。


 迷い込んでしまったユキに危害が加わらせないようにと、心からの願いを受けた。


「……元々姫様は異世界からの迷い人 だから我々に引き留める権利などないのですよ」


「それでは……


「はい 姫様を連れて帰ってあげてください これは我々『ド・ワーフの民』の意思なのです」


「……ありがとうございます」


 再び頭を深々と下げる。


「結界についてはご安心くださいませ 姫様の代わりにとギアズエンパイアの技術を提供していただける事になったのです」


「それは良かった」


「今までしてこなかった他国との交友を深めていく事……それが今後のド・ワーフの課題となっていくでしょう」


 新たな課題と前向きに向き合い、これからを進んでいく。


 そんな様子を見て、リンは安堵した。


(心配してたが……大丈夫そうだな)


 ユキを連れて帰る事で生じる唯一の不都合。


 その心配も杞憂に終わり、安堵するリンだった。


「それでは失礼します」


 部屋を出てユキ元へと向かう。


 早く会ってどうなっているのか、直接見て確認したかった。


「こら」


「おわっ!?」


 医療室へ急いで向かおうとするリンの首根っこを、外で待機していたアヤカが捕まえた。


「何すんだよ」


「ユキ殿は逃げないでござろう?」


「それはそうだが……」


「そんな焦った顔で会いに来られてもユキ殿は迷惑でござる 元の世界へ帰ればいつでも会えるのでござるから少し落ち着いてから会いに行くでござる」


 アヤカはリンの顔を両手でムニムニと摘んで、表情を柔らかくさせるようにと指摘する。


「深呼吸 何事も焦っても始まらないでござる」


「……はぁ」


 指示通りに深呼吸をするリン。


「……なんだか修行の時を思い出すな」


 構えの種類と特徴に、自分の得意とする間合いや正しい呼吸法。


 どれもアヤカに教わった事である。


「うん……良い顔でござる」


 じっとリンの瞳を見つめ、そう言って顔から手を離す。


「落ち着いたのならそれで良し 会いに行くでござるよ」


「……いや あとで行こう」


「うん? 今更怖気付いたでござるか〜?」


「いやそうじゃなくて……今暇か?」


「リン殿に構うぐらいには」


「暇だな だったら付き合え」


 リンは半ば強引にアヤカを中庭まで連れて行く。


 機械に塗れたギアズエンパイアで、唯一といえる植物が植えられた憩いの場でもある。


「まあ座れ」


(いつもと立場が逆でござる)


 中庭に設置されたベンチに腰掛け、リンの横に座るようにアヤカが言われる。


「どういう風の吹き回しでござる? いつもあれほど座るのを嫌っているのに」


「別に嫌がってるわけじゃねーよ」


 ただ座らないと何をされるかわからないという理由で座っているだけで、普通に座れと言われれば座っていた。


「まあリン殿の誘いを無碍にはできぬ どうしてもと言うのなら座らせてもらうでござるよ」


「別に強制は……って近いわ」


 四人は座れるであろうベンチに目一杯詰めて座るアヤカ。


 間を空ける事なく密着するアヤカに、つっこまずにはいられなかった。


「ハッハッハッ! 照れることはないでござろう!」


「単純に暑苦しいわ 話しにくいし」


「いやはや失敬 リン殿はからかい甲斐があって飽きないでござるな〜」


 いつも通りのペースを貫くアヤカに、深いため息を吐く。


「まったく……アンタは本当にブレないな」


「拙者の長所でござるから 弟子にカッコ悪いところ見せられないでござる」


「いやカッコ悪いとかそう言うのじゃあ……」


「それで? 拙者を呼びつけてどういった用件でござる?」


「別に……なんだかんだで世話になったアンタと一緒に居たいと思っただけだよ」


 ユキにはいつでも会えると言われた。


 だが、こちらの世界はいつまた会えるのかわからない。だから最後ぐらい側にいて欲しいと、純粋にそう思ったのだ。


「随分素直でござるな」


「アンタの前では結構素直にしてたつもりだぞ」


「ほう? そうでござったか」


「どうせ見抜かれそうだったしな」


 アヤカにはいつも敵わないと、リンはいつも思っていた。


 戦いの技術も、心の強さも。


 出会った時から既に完成されていた。


「アンタに言われた『とりあえず保留』って言葉は……俺の心を楽にしてくれたよ」


 ド・ワーフでの魔王軍との戦いの際、抱えていた悩みに飲まれそうになった時にかけられた言葉。


 答えが出ないのなら、今すぐ出す必要はないのだと、自分が納得いくまで悩めば良いのだと教えてくれた。


「フフンッ! まあ拙者リン殿の師匠でござるし? 力になって当然でござろうなあ!」


(超喜んでる)


 余程嬉しかったのか、ご満悦の表情で胸を張っている。


「そんな褒められると多少は照れるでござるが実に気分が良い! 特にリン殿に思われていたというのが実に良い!」


 ベンチから立ち上がって、リンと距離をとった。


 アヤカは腰に携えた刀を抜き、リンと向き合う。


「最後の稽古をつけるでござるよ! 師匠としてどれほど成長したのか見せてもらうでござる!」


 嬉々として刀を向けるアヤカ。その気持ちを刀でぶつけたくなったのか、強引にリンとの稽古に付き合わせる。


「……卒業試験ってことか」


「無論 勝てなかったら卒業は認めないでござる これから先もずっと修行してもらうでござる」


「まるで『元の世界に帰さない』って言ってるように聞こえるが?」


そう言ったでござる・・・・・・・・・


 リンも立ち上がり、腰に携えた刀を抜く。


(……『本気の眼』だな)


 立ち姿に隙は無く、此方へと向ける『殺気』すら感じさせない。


 それが逆に恐ろしい。


 リンは知っている。アヤカの斬り込みが、何処へ向けて斬りかかるのを一切見せない事を。


(狙いがわからないからこそ……僅かに判断が遅れる)


 予測不能な一撃。目にも止まらぬ斬撃で放たれるのだ。


「良い構えでござるな」


「アンタが教えてくれたんだぜ」


 リンの『霞の構え』を見て、弟子の成長ぶりに感心する。


 構えから隙を見せない。両者ともに伯仲した実力者同士だからこそ、不用意に踏み出せなかった。


 互いに少しずつ距離を詰めていく。自らの得意とする間合いへと持って行く為に。


(……そこ)


 リンがほんの僅かに踏み込んだ隙を突き、鋭い一撃がリンの首を捉える。


(貰った)


 だが刀はリンの首に当てられる事は無い。


 殺す気が無かったから寸前で止めた、という事ではない。


「……お見事」


「勝負あり……だな」


 首へと向けられた刀をリンは『柄頭』ではじき、それと同時にアヤカの首元へと切先を向ける。


「よく反応したでござるな?」


知ってたんだよ・・・・・・・ アンタが狙うのを」


 初めて戦った時と、同じ部位を狙うであろうと。


 今まで共に過ごして、アヤカならそうするであろうとわかっていたのだ。


「まだまだ修行が足りないのは拙者でござったか」


 刀を鞘に納め、アヤカはリンに背を向けてリンを送り出す。


「これで卒業試験は合格でござる やはり拙者の教え方は間違ってなかったでござるな〜」


 改めて自信をつけるアヤカ。多少教え方に難はあったが、それは事実ではあった。


「満足したでござる これで思い残すことは無くなった」


 誇らしげに言うアヤカの背を見ながら、リンは深々と頭を下げた。


「ありがとうございました」


 心からのお礼を言う。


「俺を導いてくれた どんな時も俺の前に立ち続けてくれた アヤカには……感謝してる」

 

 ここまで導いてくれた事を。


 背を向けたままのアヤカに、顔を上げて言う。


「アヤカは……俺の『師匠』だよ」


 最初は無理矢理弟子にさせられた。


 だがこうして、ずっとリンの師匠であり続けてくれたから、リンは強くなれたのだ。


「……卑怯でござる」


 アヤカは振り向く。


「卑怯者……そんなの……最後に言わないでくれよ……」


 目にはいっぱいの涙を浮かべ、押し殺していた自分の気持ちを吐き出した。


「最後までずっと……かっこいい師匠でいようって……決めてたのに……なんで察してくれない」


 溢れる涙を抑える為に、顔を覆うアヤカ。


「こんな情けない姿見見せたくなかったのに……」


「……ござる口調はどうしたんだ?」


「うるさい馬鹿者……こっちを見るな」


 そんなアヤカの制止を無視して、アヤカに近づいた。


「……情けないなんて思うわけないだろ?」


 アヤカの頭に手を乗せて優しくなでる。


「アヤカが一番素直じゃなかったんだな」


「……手を止めるな」


「はいはい」


 困った師匠を持ったものだと、リンは気の済むまでアヤカの側に居続けた。

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