第200話 異世界転移者の帰還道

「おっ!ここにいやがったか!」


「オレ様の言うとおりだったろ!」


「雷迅にチビルか よくわかったな」


「オレ様はお前の行きそうなところぐらいわかるっての なんたって一番お前と旅をしてきたんだからな」


 一癖も二癖もある仲間の中で、チビルは一番まともについて来てくれたなと、改めて感謝するリン。


「最初こんなチビちゃい悪魔がなんの役に立つのかっと思ってたんだがな」


「なんでいきなりバカにされるんだよ!」


「でもいなかったら大変だったろうなって思う」


「……わかりゃあいいだよ」


 小さな羽をパタパタと羽ばたかせ、リンの肩に座る。


「まっ! オレ様がいたから生き残れたようなもんだしな!」


「この小悪魔調子にのってやがるぜ」


「それで? どうしたんだ?」


「どうしたも何も呼びに来たんだろうが 中庭で準備してんよ」


 そう言ってもう一人。この場に訪れる。


「ムロウもか……最後にここに寄っておきたかったんだ」


 ここはギアズエンパイアにある礼拝堂前。


 そこには、今回の魔王軍との戦いで戦死した人達の為に『慰霊碑』が建てられていた。


「んだぁ? これ見に来たのかよ?」


「今回の戦いでも沢山人が死んだんだ……挨拶ぐらいさせてくれ」


「知り合いでもいたのか?」


「いや……知らないよ」


 それでも共に戦った。


「顔も名前も知らない……けどこの人達は俺の事を知っていた」


「二代目は有名人だったからな」


 リンは聖剣使いとして各地を巡り、活躍を聞いた人達がリンを頼り、その為に力を貸してくれた。


「俺の言葉を聴いてくれた 俺が勝つ事を信じてくれたんだ」


 皆のいる前での演説は上手く出来なかったが、そんな自分の言葉にも耳を傾けてくれていた。


「この人達の顔を思い浮かべる事は出来ないけど……思う事は出来るから・・・・・・・・・


 誰も死なないでほしいと言った言葉は、無情にも現実は許してくれない。


「最後まで必死に戦った人達の事を忘れたくない」


 慰霊碑に刻まれているように、リンの心にも刻み込む。


「一言お礼を言いたかったんだ 『ありがとうございました』って」


「……それで良いんだよ」


 以前のリンであれば恐らく自分を責めていたであろう。


 もっと上手くやれた筈なのにと、自分なんかに任せてはいけないと、自分を卑下した。


「強くなったな二代目 流石初代を倒しただけはある」


「……初代の事だが」


「言うな お前は何も悪くねぇ」


 互いの意地をぶつけた戦い。


 聖剣使いとしての力を測る為、初代聖剣使い『リン・ド・ヴルム』と戦った。


 初代の命が残り少ないというのを知らないまま。


リンさん・・・・とはちゃんと話してた あの戦いで死ぬ覚悟だったて事は聞いてたんだ」


「俺は……あの人みたいになれたと思うか?」


「何言ってんだ 『お前の強さ』を手に入れたんだ 誰の物でもねえお前さんのな」


 同じ名前同じ顔でも、その『中身』は違う。


 たとえ聖剣を扱えたとしても、二人の歩んできた道が違う限り、同じになどなる筈がない。


「あの人が『御伽戦争』を終わらせた英雄なら……お前さんは今回の『魔王戦争』を終わらせた英雄なんだぜ? 胸張りな」


「……ありがとな ムロウ」


「おうおう! オレの事忘れんじゃあねえよな!」


 不機嫌そうにする雷迅。リンは理由をなんとなく察していた。


「テメェオレとの決着はどうなったんだよ? 今のところオレの方が負け星多いんだよ」


「良かったじゃないか 勲章として飾っておけ」


「誰が好き好んでそんな星飾るんだよ! だいたいお前が元の世界に帰るにしてもこんな早く変える必要あんのかよ!?」


「安心していいぜリン これ雷迅なりに寂しがってんだよ」


「なんだと小悪魔!羽毟るぞ!」


「……長くいると未練が残りそうでな」


 元の世界への片道切符。帰る事を躊躇って残り続けてしまえば帰る機会を失ってしまう。


「一週間が一ヶ月一年ってな この世界にきっと甘えてしまう」


 これから先、元の世界では仲間に頼れない。一人で歩んでいくしかないのだ。


「ケッ! わかったよ」


 不満気に了承する。それだけリンとの戦いを望んでいた。


「絶対忘れねえからよ……この負け星は」


「神様待たせてるしそろそろ行った方がいいんじゃねえか? 何しでかすかわかんないし」


「だな そんじゃ行こうぜ」


 神の待つ中庭へと向かう男連中。


「お前帰って何すんだよ?」


「まあ……学校行って勉強って感じか」


「ああ!? 戦いはどうなってんだよ!?」


「俺の世界はそんな殺伐としてねえんだよ」


 いつもと変わらぬ雰囲気で、ちょっとした事で話しが盛り上がる。


「あ〜魔族のオレには理解できねえ」


「お前はこの世界で人間と魔族の橋渡しになるんだろ? 少しは知ってくれ」


「あの話は断ってんだよ」


 この世界の人間と魔族との戦いの爪痕は大きい。


 元々不安定な関係だったのが、今回の魔王軍との一件でより一層深まってしまった。関係の修復、改善には時間がかかるであろう。


「お前にしか頼めないからな」


 初めは敵同士だったのが、こうして肩を並べて歩ける仲間となった。


 雷迅はこの世界にとって、人間と魔族でも分かり合える事が出来る証明になってくれると、リンは信じていた。


「……考えといてやる」


 何度頼まれても決して頷かなかった雷迅が、初めて見せた態度。


 これで今後のこの世界も任せられると、リンは安堵する。


「期待しとく」


「すんじゃねえ」


「あ〜! やっと来た!」


「神様待たせたら天罰起こされちゃうかも知れないじゃない」


「神様は怖いでござるよ〜?」


 いつものくだらない会話、いつも通りの平和な日常。


 だから、リンはこの幸せを大事にしたいと思った。たとえ離れ離れになろうとも、この幸せを忘れないようしようと。


 この『当たり前だった』幸せを、目に焼き付ける。


「聖剣使い様 姫様をお連れしました」


「ありがとうございます」


 静かに眠り続ける『白羽シラハ ユキ』をド・ワーフの人達が連れてくる。


 リンと共に、元の世界へと帰る為に。


「今までユキをありがとうございました」


「どうか……姫様をよろしくお願いします」


「……任せてください」


「挨拶は済ませたか『優月ユウヅキ リン』?」


 準備が整うと同時に姿を見せる戦の神『バイア・カハ』。


 現れた理由は勿論、リンとユキを元の世界へと返す為。


「忘れ物は無い筈だ」


 学校の制服を着て鞄を持ち、元の世界へと帰る準備は出来ている。


「ならば良し ではお前の魔力を使って元の世界への『門』を開く」


 リンがこの世界へ吸い込まれ時の『穴』へと繋ぎ、同じ場所、同じ時間へと送る。


 これでリンは元の世界で神隠し騒ぎは無く、今まで通りの日常を過ごす事になるだろう。


「そうだった……アヤカ」


「ん? なんでござるか?」


「こいつを預かってくれないか?」


 差し出したのはアヤカの祖父が鍛えた刀。


 窮地に陥った時、いつも助けてくれた相棒。


「そんな! 爺様の『紅月』がいらないと!?」


「ちげーよ あっちじゃ刀持てないんだよ」


「なんだ そんな事でござったか」


「挨拶は出来なかったが……お礼を言っといてくれ」


「承ったでござる」


 孫のアヤカへと紅月が渡される。


 持って帰ってきた刀を見て、何を言われるかだけ聞いておきたかったのは、リンにとって少々気残りであった。


「あ〜! アヤカだけズルい!」


「これが愛情の差でござる 諦めるでござる」


「余計な事言うのやめてくれないか」


「アニキ! オレも欲しいです!」


 自分も何か受け取りたいと、レイが両手を差し出すが、困った表情を浮かべるリン。


「とは言っても紅月は一振りだけだしな」


「だったら『コート』ください!」


 リンがいつも着ていたコート。


 最高の防御力を誇る耐久性。今までの戦いでいつも体を守ってくれていた影の功労者でもある。


「こんなボロいのでいいのか?」


「むしろそれがイイです!」


(何だか不安を覚えるぞ)


 言葉に含まれた意味を、敢えて深く考えずに渡す。


「エヘヘ〜アニキのだ〜」


(本当に大丈夫だろうか?)


「え〜と……リン? そうなると私だけ貰ってない事になるのだけれど?」


 そう言ってシオンがリンの横に立つ。


 ソワソワと物欲しそうにするシオンを見て、流石のリンも気づいた。


「そうだな シオンにも渡さないと不公平だもんな」


「そうよ! 私だって欲しいわ!」


「意外だな お前がそんなに欲しかったなんて」


(いけるわ! 積極的に攻めたかいがあったのよ!)


 確かな手応えを感じたシオン。


 自らの想いは伝わっている筈。ならばお返しにも期待が持てるというものである。


「ほら これが欲しかったんだろ?」


「……ナニコレ?」


「予備の『コート』だ 送られたまま着てなかった分だから新品たぞ? まさかそんなに欲しかったなんてな」


(せめて……中古が)


 手応えは錯覚であった。


 この時程、もっと深く考えてくれと思った事はなかった。


「アリガトー……」


(何も言えねぇ)


(何も言えないでござる)


 明らかなプレゼントミスに誰もがそう思うが、気づいていないのは渡した本人のみである。


「シオンには頼ってばかりだったな」


「ううん……私も頼ってたから」


「どれだけ返しても返し足りないと思う お前はそれだけの事をしてくれたんだ」


「リン……」


「ありがとうシオン……いつも側にいてくれて」


 どんな物よりも、嬉しかい言葉。


 込められた想いが、確かに感じられたからだ。


「……そうよね! 私の借りは一生ぶんなんだから!」


(今までにないぐらい喜んでる)


(でもあのプレゼントは無いでござる)


 流されてしまっているが、内容は酷いものである事実は変わっていない。


 渡された本人が満足しているからと、誰もその事を言えなかった。


「これで終わりか?」


「待たせて悪かった 始めてくれ」


 ユキを背負い、覚悟を決める。


 身体から魔力が抜けていくのがわかる。


 使われた魔力が目の前の空間を歪めていく。


「空間接続完了……時は今繋ぎ止めた」


 現れた門をくぐれば、あの日に戻る。


「元に戻った時その女も元の場所へと戻る いなくなったからといって狼狽える必要は無い」


「わかった」


 この世界での役目は終えた。


 聖剣を集め、魔王を倒した。あとは帰るだけである。


「──最後に言っておかなきゃな」


 振り返り、仲間達に言う。


「……お土産には期待するなよ?」


 この別れを最後になど・・・・・したくない・・・・・


 これは次の為の別れ、次にまたこの世界に『帰れる』事があるのなら、再び帰ってくるであろう。


「──いってらっしゃい!」


「ああ 行ってきます」


 門が開き、その中へリンは消えていく。


 その場は光に包まれ、光が収束した時には、リンの姿は無くなっていた。


「行っちゃったな……アニキ」


「また会えるよ」


「ただ信じて待つだけ……でござろう?」


 次に会う時まで、迎え入れる準備をしておこう。


 それが仲間達全員の思いであった。























「ここは……」


 夕暮れの町並み。あと少しで日は沈み、月が昇る。


(帰って来たんだよな……?)


 変わらぬ風景を見て、リンは実感が湧かない。


(聖剣は……出せない・・・・


 いつものように聖剣を出そうとするが上手くいかない。


「夢……じゃないよな?」


 背負っていたユキの姿も無い。


 元の場所にいるとは言われている。だが、何も変わってなければ確認しようがなかった。


「おーいリン!」


 すると背後から少し離れたところから、リンへと走り寄ってくる。


「お前は……」


「いや良かった! まだ帰ってなかったんだな!」


 数少ないこの世界の友人。


 あれだけの間旅をしていたというのに、何事もなく話しかけて来た。


「言い忘れてたことあってさ! 先輩誘うなら日曜日にしてくれねえ? あの遊園地日曜日にヒーローショーやってんだよ」


「何の話だ?」


さっき話しただろ・・・・・・・・!? 先輩を誘って遊園地にデートだって! オレも誰か連れてくるからさ! いなかったら最悪妹連れてくるし」


 帰り道、そんな話をしていた事を思い出す。


「お前妹とデートするのか……」


「オレが先輩でお前がオレの妹! 何でそうなんだよ!」


「冗談だ」


 いつもと変わらないくだらない会話。


 当たり前の事が出来る学園生活、これが本来の日常だった。


「……なんかあったか?」


「何がだ?」


「いやお前……凄くいい顔・・・・・してるからさ・・・・・・


 無愛想な顔で、いつも目つきと口を悪くして周りに誤解させてきたリン。


 だがリンの顔を見て友人は『変化』に気づいたのだ。


「そうだな……夢を見てたんだ」


「夢? ここで? 立ったまま?」


「ああ 大変で辛い事も多かった夢だけど……好きな夢だった」


 あの世界が本当にあったのか、今はもうわからない。


 ただわかるのは、決して忘れる事の無い大切な『思い出』となった事だけは、間違いなかった。


「……そっか! 悪魔よりは良いわな!」


「そりゃそうだ」


「んじゃあまた明日な! 約束忘れんなよ?」


「確か俺はこう言ったな…… 『守って欲しいなら契約書でももってこい』ってな?」


「このヤロウ……ガチで用意してやんよ」


 立ち去っていく友人を見送り、前に進む。


 家に帰る前に、ユキのいる病院へと向かう為に。


「……ん?」


 ふと持っている鞄に違和感を覚えるリン。


 中身を確認すると、そこには一冊の『本』があった。


「これは……!?」


 それは間違いなく『魔導書』である。


 今は全く魔力を感じないが、これは紛れもなく『あの世界』の物。


「間違いない……俺は!?」


 広げた本の中から、何かがひらりと落ちる。


 目を落とすとそこには、見覚えの無い『紙』が一枚。


「──手紙?」


 手紙を広げ、中身を確認する。


 日本語でも、英語でも無い。あの世界の文字。


「夢じゃ──なかった」


 顔を上げたリンの頬を、あたたかな雫が伝う。


 優しい月明かりに照らされ、これまでの旅で得た絆、繋がった輪を胸に刻む。


 これは異世界転移者の帰還道。


 自らを嫌う青年が、初めて自分と向き合った物語。

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