第197話 かつて過ごした日々を想って

「なんだって主役の聖剣使い様がこんな人気の無いところにいるのかなぁ?」


「……クレアか」


 世界を脅かした魔王を倒し、最後の戦いの舞台となったここ『ギアズエンパイア』にて祝賀会が開かれている。


「帰ってきて早々祭り そこから朝から晩まで祭りが続いて……インドア派の俺には眩しくて仕方がない」


 朝も昼も宴は行われ、今も夜を思わせないほど明かりと人で賑わっていた。


「何を根暗みたいなこと言ってんのさ! 二代目聖剣使いは見事魔王を倒してみせた! 漸く訪れた平和と『アンタ』を祝って楽しんでんだぜ?」


「別に祝われることに文句なんて無いさ ただ俺は静かな方が性に合ってるってだけだ」


 当然街だけの騒ぎではなく、ギアズの中央に存在する司令部本部である『旧ギアズ城』も例外では無い。


 ギアズはこの世界の中でも珍しい『民主主義』の場所であり、君主制を取りやめてからは、なんらかの祝事の際にここはパーティー会場として機能しているのだった。


「アハハッ! そういうとこは変わってないね」


 豪華な食事が並び、煌びやかなダンス会場の場から離れたテラスから、夜空を見上げていたリンに対しグラスと共に現れたクレア。


 リンの分のグラスを渡し、二人だけで掲げて乾杯をする。


「……酒じゃ無いよな?」


「飲めるかわかんないからジュースにしといた」


「助かる」


 久しぶりの再会に、これまでの事をお互い話し始めた。


「大変だったね」


「想像以上にな」


 会話は弾んだ。


 リンとしては残り少ない時間を使って、お世話になった人達とこうして話しをしたかった。


「今回も世話になったな 来てくれた時は本当に嬉しかった」


「やめてよ照れるじゃん? それにお世話になってるのは『妹』さ」


 海賊『ナイトメア』のキャプテン。少しの間ではあるが海の上で旅をした仲間であり、これまで一緒に旅をして来たレイの姉。それが『クレア・アレクサンドラ』である。


「どう? うるさかったでしょう?」


「ご存知の通り」


「アハハッ! 許してあげてね?」


「でもまあ……もう慣れたな」


 初めて会った時は何かと噛み付いて来たというのに、いつのまにか慕ってくれるようになっていた。


「今更アイツがいないことなんて考えらない 沢山助けられた……世話になったのは俺も同じだ」


「……へぇ〜?」


 予想外だったといった反応で、クレアはニヤニヤとリンを見る。


「アタシと離れてから変わったんだね〜?」


「そういうアンタはどうなんだ?」


「見ての通り」


「……隠す必要が無くなったのか」


 初めにあった頃はクレアは『アレク』と名乗り、性別を『男』と装って暮らしていた。


 キャプテンが舐められないようにと、今までは秘密を背負っていたのだが、今では隠すことは無い。


「性別なんて関係ない 実力で捻じ伏せようって決めたの」


「これはまた……漢らしいな・・・・・?」


「ありがとう」


 改めてお礼を言う。


 偽っていた自分と、素の自分も分け隔てなく接してくれた事に対して、クレアは嬉しく思っていた。


「流石に一緒にお風呂入るのはどうかと思うけど?」


「アレは事故だ……って入れさせたのアンタだろ」


「アレ? そうだっけ?」


「コイツ……」


「冗談さ 恥ずかしかったけどね」


「じゃあなんで入れたんだよ」


「いや……混乱してて」


 咄嗟の事で暴走してしまったと、当時の自分を振り返って遠い目をしている。


 あの日の旅の日々を想いながら、楽しい時間は過ぎていく。


「リンは変わったよ 前よりずっと良くなった」


「だと嬉しいがな」


「アタシの知ってるリンはもっと『厳しかった』と思う 誰かに対してじゃなくて『自分』にね?」


 自分に厳しい人間は幾らでもいるだろう。


 だが、リンは自分を決して赦さなかった・・・・・・


「自分を拒絶してた……けどちゃんと受け入れたんだね」


「良く見てるんだな」


「当然! なんたってアタシは海賊ナイトメアの船長なんだからね!」


 自信に満ちた表情で、クレアは胸を張る。


 僅かの間ではあったが、苦楽を共にした仲間。


 たとえ船を降りても、リンはクレアにとって今でも船員のままだったのだ。


「さてと……アタシは戻るとするよ」


「ああ またな」


またな・・・……か そうなると良いね」


 笑顔で手を振ってクレアはこの場から離れていく。


「……で? お前はいつまでそうしてるつもりだ?」


「エヘヘ……バレてました?」


 物陰からずっとリン達を眺めていたのは、先程話していたクレアの妹。


「なんで隠れてたんだ?」


「だって! 姉ちゃんとアニキが並んでる尊い空間に入り込むだなんて! オレにはできません!」


(なんかオタクみたいなこと言ってる)


 コレが『レイ』である。


 言っている事が少々アレではあるが、これがいつもとなんら変わらないレイなのである。


「ええとまずは魔王を倒しておめでとうございます……って挨拶から?」


「なんだってそんな他人行儀なんだよ」


「ですよね! イヤ〜! なんだか実感湧かなくて!」


 これまでの旅は魔王を倒す事だった。


 そんな魔王を倒しても、突然世界が変わる訳では無い。


「これからどうなるんですかね〜」


「さあな とりあえ共通の敵を倒したのは間違いないんだ あとは国の体制やら国同士の確執なんかの問題と向き合っていくんだろ」


「まあオレには関係ないですけどね!」


「いや関係あるだろ お前一応『姫』だし」


 こう見えてもレイは、砂漠大国『アレキサンドラ』の姫である。


 男尊女卑が未だ根付くアレキサンドラでは、国を担う王の子供がどちらも『女』だったという理由から、国王の弟であり海賊となった当時のキャプテンにクレアとレイは預けられたのだ。


「え? 覚えてたんすか?」


「いやまあ……衝撃的だったし」


「っても今更国に戻ってもな〜 オレらを捨てたのは国の方なんだから」


「決めるのはお前だ お前の選ぶ道なら間違いはないだろう」


「アニキ〜……」


 感動したレイがリンに抱きつく。


 普段のリンであれば、無理矢理引き剥がそうとするのだろうが、今回ばかりはレイの好きにさせる事にしていた。


「……帰っちゃうですよね」


「ああ……俺の役目は終わった」


「止めても無駄なんですよね」


「お前が一番わかってくれるはずだ」


 元の世界に帰る。


 今まで向き合えなかった事と向き合う為に、本来の帰るべき場所へと帰ると決めたのだ。


「その言い方は卑怯です……」


 顔をリンに埋めたままレイは言う。


「俺の背中を押してくれたのはお前だろ?」


「押さなきゃよかった」


「そんなこと言わないでくれ」


「アニキと……ずっと一緒にいたいです」


 切実な願いだった。


 離れ離れになどなりたくない。今までのように旅をして、楽しい日々を過ごしたい。


「楽しかった……みんなと旅をするのが楽しかった もう魔王はいないけどずっと……続けてたい」


 リンからはレイの表情を見る事は出来ない。


 だが、その声は震えていた。


「……前にお前は言ってたな『手を伸ばしてくれた』って」


 船の上でレイが全てを諦めかけた時、リンは手を差し伸べた。


 自分の目の前でもう二度と、誰かを失いたくない。


 思うように扱えない力に抗いながら、ただその一心で差し伸ばした。


「オレはアニキに救われたんです……だからこの人について行こうって決めたんです」


 だから慕う。誰よりも救ってくれた人だから。


 あの日助けられなければ、ここに居る事は無かっただろうから。


「今までずっと……お前には言えてなかったな」


 抱きついたまま離れないレイの頭に、リンはそっと手を添える。


「初めてだったんだ……『誰かを救えた』のは」


 大切な人が目の前から消える事に怯えていた。


 だからなるべく人と距離を置いていた。必要最低の関わりさえ有れば良いのだと、自分に言い聞かせて耳を塞いでいた。


「嬉しかったんだ……こんな俺でも誰かが救えた事が」


 手を伸ばす事が出来なかった過去。


 そんな自分が嫌いで、己の無力さを嘆いていた。


「俺は──お前に救われてた・・・・・んだよ」


 手を伸ばした時、その手を握り返してくれた。


 気付かされのだ。こんな自分でも『手を伸ばしさえすれば』届くのだと、教えられたのだ。


「ありがとう……レイ 俺に救われてくれて……俺を救ってくれて……本当にありがとう」


 ずっと言い出せなかった気持ちを、やっと言えた。


 優しくレイの頭を撫でる。これまでの労いと感謝を込めて、レイを元気づける為に。


「……えへへ」


 顔を埋めていたレイが、漸くリンに顔を見せる。


 精一杯の笑顔を向けられる。赤くなっていた目元に対し、リンは何も言わない。


「機嫌直したか?」


「はい 直りました」


 満足そうな表情で、顔を上げるレイ。


 リンも安心したと、表情を緩ませる。


「オレ決めてたんです アニキを笑顔で送り出すって」


「泣いて止めても良いんだぞ?」


「しませんよ アニキを困らせたくないですから」


 辛くもあったが、幸せだった旅の時のように。


 最後の時まで、幸せで終わらせたいから。


「頑張ってみます! アニキが帰って来た時の為にも! 胸を張って『守ってよかった』って思わせる世界にしてみせます!」


「お前なら出来るさ」


「その為には……国に戻ってお姫様になるのも良いかもしれないですね!」


「無理だと思う」


「アニキ!?」


 暖かだったいつもの旅のように、最後は笑顔でいたいのだ。


 

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