第196話 最後の選択

(ここは……?)


 崩落した魔王城から脱出し、魔界から人界へと戻ろうとした時の事まで遡る。


「あれ……『穴』が無いぞ?」


 人界と魔界を繋ぐ『魔界門』と呼ばれる穴。


 役目を終え、門はリンが戻る前に閉じられてしまっていた。


「確か穴は人工的に開けたんだよな……」


 魔王軍の技術により、開けられた魔界門。その装置がある魔王軍の本拠地は見る影も無い。


「……戻るか」


 瓦礫の中からその機械が残っているかもしれないと、僅かな希望を信じて城に戻ろうとした時だった。


「おわっ!?」


 振り返って進もうとすると、突如足元に空いた『穴』の中へと吸い込まれる。


 そして目を覚ましたがこの場所。ここはかつて一度だけ招かれた場所であった。


「成し遂げたな 『優月ユウヅキ リン』」


 声のした方角には玉座に座る鎧の少女。


「連れ込むならもう少し丁寧にしてくれ」


「何故『神』である我が人間に気を使わねばならんのだ?」


 ここは戦の神『バイヴ・カハ』の空間。以前にも魔王との戦いから逃す際に、この空間に招かれた場所である。


「……大義であったな 其方は魔王の野望を見事打ち砕いた」


 戦の神が手を貸したのも、下界の均衡を保つ為。


 魔王の存在は下界の調和を乱し、神界にも影響を与えるとして、魔王を倒すようある『条件』と引き換えにリンに頼んだ。


「俺もアンタには礼を言わないとな あの軍勢の殆どを任せてしまったからな」


「確かに大半を倒したのは我だったがな 戦い続けたのは他でも無いお前達『人間』だ……最後まで抗っていたぞ?」


 バイヴ・カハは絶望的な戦力差を埋めたに過ぎない。


 諦めずに戦い抜いたのも『自分達の平和』を守る為、人間が抗ったのだ。


「誇りに思え……魔王という脅威から勝ち取ったのだ」


 神としての尊大な態度ではなく、優しく微笑みを浮かべ、労いの言葉を掛けた。


 これまでの戦いは決して無駄ではなかったと、この戦いの勝利によって証明してみせたのだ。


「なんだか……むず痒いな」


「照れておるのか? 存外可愛いところがあるではないか」


「うるさい とっと俺を帰してくれ」


「それはどちらの世界・・・・・・にだ?」


 リンが神と交わした条件。


 それは『元の世界に帰す』事である。


「お前の望み通り元の世界に帰してやる だが……お前はそれで良いのか?」


 仲間のいる居心地の良い世界。


 元の世界に帰ってしまえば、この世界に戻って来れるかわからない。


「この世界を救った英雄ともなれば何不自由のない暮らしを約束されている事であろう お前はそれを捨てるのか?」


 元の世界で元の日常を過ごすのか。それともこの世界で生きていくのか。


「この世界と元の世界……二つを天秤に掛けた時にお前はどちらをとるのだ?」


 選択を迫られる。バイヴ・カハの言葉を、リンは俯きながら静かに聞いていた。


「──決まってるよ」


 顔を上げ、迷いのない瞳でバイヴ・カハを見据える。


 この世界にずっといたい。


「帰るよ 『元の世界』に」


 だが、それは出来ない。


「──何故だ?」


「本来あるべき場所に……ってのは前から変わって無い でもそれ以上に……帰りたいんだ」


 この世界には何の前触れもなく、突如として出現した穴に吸い込まれてここに来た。


「何の未練も無ければこの世界を選んだかも知れない……けど俺には元の世界に未練がある」


 魔王三銃士の一人『ドライ』が、リンの記憶から見せた世界。


 その世界で思い知らされたやり残した事。


「俺に関わってくれた人達に何の挨拶も出来てないんだ だから戻らなくちゃいけない」


「随分と律儀ではないか?」


「それと……『帰したい人』がいるんだ」


 もう一人の異世界転移者、過去の事故から未だに眠りから覚めるない『白羽シラハ ユキ』の存在。


「俺は元の世界にやり残したことが沢山ある……だから俺は帰るんだ」


 この世界での役目は終えた。


 だからやり残した元の世界へと帰るのだ。


「……成る程な」


 バイヴ・カハはリンの言葉を聞いて、納得したのかそう答える。


「そうやってお前は誰かの為に生き続けるつもりか?」


「これは俺の自己満足さ 正しいかどうかなんてわからない……選ばなくちゃいけない道はいつも一つで これから先いつか後悔するかもしれない」


 選べる道を限られていて、前に進む事が怖くなる。


「でも後悔するのも満足するのも……全部『俺』なんだよ」


 誰かに頼る事も、誰かのせいにする事も出来ない。


 全て責任は自分である。だから後悔しないように、選んだ道を大切に歩んで行きたい。


 仲間と共に旅をして学んだ。


 たとえ道を選ぶのは自分自身だとしても、道を決めるまでは一緒にいてくれる仲間が、間違った道を選んだ時には真剣に向き合ってくれる仲間がいた。


「今まで向き合わなかった分を向き合いにいくよ それが俺の選んだ道だから」


 ここで『今』を選んでしまえば、きっと後悔してしまう。


 だから逃げる訳にはいかない。


「ここで逃げたら何を学んだんだって話さ 一人でもやれなきゃ笑われるだろ やれるだけ頑張ってみるさ」


 まだ上手くできるかはわからない。だが、向き合う事を恐れず、少しでも前に進むと決めたのだ。


「だから帰るよ ずっと決めてた事だ」


「……そこまで言われてしまえば何も言えぬか」


 堅い決意を告白されて、これ以上説いても変わる事はないと悟ったバイヴ・カハ。


「約束だ お前を元の世界へと帰してやる」


「今からか?」


「戯け 挨拶も無しに帰らせる訳なかろう」


(良かった ちゃんとしてた)


 もしかして問答無用でこの場から直接元の世界へと帰されるのではないのかとリンは心配したが、どうやら心配は無用であった。


「前にも言ったな お前を元の世界へと帰すにはお前自身の魔力を使うと」


「そんなこと言ってたな」


「だがお前もわかっているだろ? 今のお前に魔力は殆ど残っていないと」


 魔王との戦いで全力を尽くした。


 戦いを始める前にも、バイヴ・カハの召喚に魔力を使っていた。


「だから今すぐ元の世界へ帰せと言われても出来ないのだ」


「いつにぐらいになる?」


「お前の魔力次第だ 魔力が回復仕切った時にしか帰せないからな」


「そうか……」


「まあおそらくは……」


 指を立てた数だけかかるであろうと、バイヴカハは現して見せた。


「……三時間?」


「もっとかかるわ」


 勝手に期間を短縮するリン。


「三年……か」


 別の世界へと飛ばすだけの魔法。それだけ強力な魔法であれば必要な魔力も膨大なものとなる。


「ユキだけでも先に帰せないか?」


「諦めろ その日が来るまで待つのだな」


 突きつけられる現実。どうする事も出来ない。


「たったの『三日』だ それぐらい待て」


「たいしてかからねえじゃあねえか」


 どうにかなった。


「勝手に伸ばしたのはお前だ」


「ややこしい表現するんじゃあねよ」


「考え方が極端過ぎるのだ」


「まあ……良かったよ あと三日で帰れるならな」


 三日もあれば仲間への『別れの挨拶』も出来る。


 覚悟の為の時間として、リンは受け入れた。


「先に聞いておくが……帰れるとして送られる場所はどうなってる? 帰して貰っても知らない場所に送られるのは勘弁してくれ」


「安心しろ お前の『記憶』から最後の場所に送ってやる」


「それは良かった」


「もう一つ良い知らせだ 別の世界といえども神々の設けた掟に従って『矛盾』を正させてもらう」


「どういう意味だ?」


「イレギュラー……この世界に迷い込んだ事でお前の元の世界ではお前が『失われる』という事 お前が消えた事で起こった損失を『無かった事』にする」


 今元の世界にそのまま返してしまえば、リンはこれまでの間、当然突如として『神隠し』から戻って来た事になってしまう。


 それにより元の世界ではリンが消えてしまった事で、本来起こり得なかった出来事が、いなかった時間とでなんらかの辻褄合わせをしなくてはならなくなった。


「……埋め合わせをするのか?」


「そうだ お前は元の世界から『消えなかった』事にする その為に元に送る場所……それはお前がこの世界に来る直後の時間・・・・・に飛ばすと言う事だ」


 失われた事実は変えられないが、可能な限り矛盾を消す。


 その為『異世界転移した直後』へと帰すのだ。


「……可能なのか?」


「これも仕事だ 偶には直接関わらないと神としての威厳が保てないからな」


 神は傍観者として、下界への関わりを持たない。


 今回は特例として、この世界の『異物』であるリンならばと、他の神々からの許しを得たのだ。


「大体お前を帰すとは言ったが『連れ』まで帰す約束はしてなかったのだからな ここは感謝に咽び泣く所なのだぞ?」


「感謝してるさ 本当に」


「ムゥ……それで良いか」


 咽び泣く事はしなかったが、心からの言葉ではあったと、不満そうではあるが言葉を受け取った。


「話は終わりだ 三日後にまた会おう」


「ああ 頼んだ」


「よく……頑張ったな」


 指を鳴らす。


 するとリンは別の場所へと飛ばされた。


「……もう少し丁寧にしてくれって」


 招かれる時も還される時も、どうにも雑な扱いをされてしまう。


 飛ばされた場所が悪く、地に足のつかない上空から落とされるようにして送られたのだ。


「アニキ……!?」


「戻ったのね!」


「随分派手なお帰りでござるなぁ?」


「……ただいま」


 着地に失敗したリンを、待っていた仲間が迎え入れる。


 魔界より、リンは無事に帰還した。

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