第194話 決着の時

 強靭な竜の鱗は、強力な魔力を帯びている。


 魔王は竜の鎧、『邪悪竜ファフニール』を纏い、魔剣『グラム』を振り、聖剣を砕かんとする。


「残り八つ……全て砕いてやろう」


「先に砕けるのはお前のその鎧だよ……!」


 弓となった火の聖剣『フレアディスペア』は砕かれた。


 聖剣はたとえ砕かれたとしても、元の賢者の石に戻るだけで再び使う事はできる。


 たが、再び呼び出すにはそれ相応の魔力を消費させられてしまう。


鎖式くさりしき! 『ガイアペイン』」


 鎖となった土の聖剣が、魔王の身体に巻きつき、捕らえる。


「この程度……」


 容易く鎖を破壊し、リンへと魔剣を振るう。


 受けてはならないと理解した。振り下ろされた魔剣を躱し、一度距離を取る。


「逃がさん!」


 素早さが格段に上がっていた。


 後退するリンを逃しまいと、魔王は攻め込む。


「……ほう?」


 振り下ろされた魔剣。それがリンの身体を斬り裂く事は出来なかった。


「逃げる……? 馬鹿言ってんじゃあねえよ」


 寸前の所で刃を掴み取る。


「決着だって言ってんだろ! 俺は逃げも隠れもしない!」


 軌道を変え、魔王の身体を蹴り飛ばす。


「うおおおおおおっ!」


 闇の力に身を染めて、リンは魔王へと畳み掛ける。


 獣のような荒々しい戦い方に加え、以前の様に理性を失う事なく、鎧として纏った闇の聖剣『ダークイクリプス』の力を使いこなす。


「そうだ……そうでなくてはなぁ!」


 聖剣と魔剣が激しくぶつかり合う。


 最初は圧されていた魔王が真の力を見せ、互いの力が拮抗し合うまでになった。


「来い! 木の聖剣……形態変化!」


 やとして放たれていた木の聖剣『ローズロード』を呼び戻し、聖剣は形を変えて大鎌となる。


「『樹木絢爛じゅきけんらん』」


 大鎌を地面に刺すと、無数の木の槍が魔王へと襲いかかった。


 木々を全てを斬り倒す。攻撃に僅かに気を取られた隙を突いて大鎌を振るう。


「『冥道柘榴めいどうざくろ』」


 首元へ向けられた刃。命を刈り取る為、鎌を引く。


「……刃は通らんようだな?」


 首に当てた鎌を引くが、首が飛ぶ事は無い。


 硬い鱗に覆われた首を、切断する事は出来なかった。


「また一つ……」


 押し当てられた鎌の刃を魔王は掴み、握り潰す。


「そう勝手に……人の聖剣壊してんじゃあねえよ」


「悪かったな だが随分脆いのだな? 伝説の聖剣・・・・・とは」


「それじゃあこっちは……その魔剣を壊してやるよ」


 三つの聖剣が壊された。


 だか余裕は崩されない。風の聖剣と雷の聖剣を構え、リンは自らの速度を上げる。


 リンの速さに翻弄される事なく、魔王も同等の速さで追いつく。


「次はその二本か! それとも身に纏った闇の聖剣からか!?」


「自分の魔剣と鎧も勘定に入れとけ!」


 実力伯仲。どちらが勝つかわからない。


「どうした!? 先程までの威勢は!?」


「お前は口数が増えたな!? 余裕が無くなった証拠だなぁ!」


 互いに疲労が見え始める。持てる力を全て出し、本気をぶつけ合う。


「諦めろ! 貴様の勝ち目は潰えた!」


「どこに目つけてんだ!」


「これを見ても……かっ!」


 リンが振り上げだ二本の聖剣を、魔王は蹴りつける。


「これで五本……残り四本だ」


(こうもアッサリ……嫌になるな)


 易々と砕かれる聖剣に、リンは焦りを覚える。


 今までの相手とは違うのだと、改めて感じるリン。


「オラァ!」


 聖剣を出さずに拳を振るった。


「打ち止めか!? もはやこれまでか!?」


 受け止められ、拳を潰される。


「ぐっ!」


「我の勝ちだ 貴様は良くやった」


「勝手に……決めんな!」


 握られた拳から冷気を流し込む。


 それに気づいた魔王は拳を振り解き、リンを壁まで叩きつけた。


「何故お前は戦う?」


「ああ?」


「これで勝ちの目は消え失せた この世界は我の物となる」


 聖剣使いを倒し、この世界最強の存在として君臨する為の目的は達成される。


 ここまできた。そして勝利は目前となった。


「なのにお前は……諦めない・・・・のだな?」


 真っ直ぐと魔王を睨み付ける瞳。


「お前の役目は終わりだ……なのに何故立ち上がる?」


 魔王にとってわからないことが一つだけあった。


 それは『何故戦う』のかである。


 戦う事を知らない異世界からの迷い人が、何故戦う道を選んだのか、何故諦めなかったのか、理解できなかった。


「元の世界に帰るのだろう? だったら他にも選択肢はあった筈だ 選んだとしても変える事も出来た筈だ 何故貴様は──『戦う道』を選んだのだ?」


 戦いの道を選ぶのは、決して楽な道では無い。


 常に危険と隣り合わせ。そんな道を選ぶなど、普通は考えられない。


「俺は……『死に場所』を探してたんだろうな」


 帰りたかったのは嘘では無い。


 だが、生きている事が辛かった。


「大切な人の時間を奪ってしまった……運が悪かったで片付けたく無い 俺は生きてる限り償おうって決めたんだ」


 だがそれは、次第に背負ったものに押しつぶされてしまいそうになる。


「憂鬱な毎日……償うと決めたのにいつも逃げだしたかった」


 聖剣に選ばれ、魔王軍と戦って欲しいと言われた時、この世界で何をすれば良いのかわからなかったからそのついでにと、その時は言っていた。


 本当は、死に場所を求めてしまっていたのだ。


「何か勘違いしてるみたいだが……俺は何度も諦めてさ」


 その度に立ち上がらせる『何か』があった。


「仲間がいた……譲れないものがあった だから俺は──ずっと戦ってきた」


「……お前はその為に戦っていたのか」


「ああ……だけどな! 一番の理由はずっと前から! これだけは変わらない!」


 何故戦おうと思ったのか、それはとても単純な理由からであった。


「俺は……お前が気に入らない・・・・・・・・・! お前のやり方が! 俺の目の前で誰かを傷ついていくのを! 指を咥えて見ていることなんて出来なかった!」


 許せなかった。


 力の無い人達が巻き込まれてしまう事が、手を伸ばさず見て見ぬふりをするなど、出来る筈が無かった。


何でお前がわからない・・・・・・・・・! 誰よりも苦しんだお前が! 何でお前が同じ事がやれるんだ!」


 理不尽に虐げられ、奪われた平和な日々。


 人類に絶望し、魔王の道を選んだ。


「一番理解しているお前が何で奪うんだ! どうして道を踏み外す必要があった!?」


「お前に何がわかる!」


 魔剣を振るった風圧が、リンのところまで届く。


「俺には何も無い! 本当に生きて欲しい人を守れなかった! 全部奪った……お前ら人間が!」


 もう戻る事の無い日常。大切な人が居ない日常に、意味など無い。


「だから奪う! お前ら人間から! 同じ絶望を味わって死ね!」


 興奮した魔王がリンへと襲いかかる。


 振り上げられた魔剣。勢い良く振り下ろされた。


「……まだそんな力が」


「聖剣『ライトルリジオン』……使うのは初めてだよ」


 光の聖剣が魔剣の攻撃を防いだ。


 そのまま押し通そうとする魔王。光の聖剣はそれを許さず、鍔迫り合う。


「俺も同じことを思ったさ……お前らに村を滅ぼされた時に」


 氷の村『アイススポット』を、リンが着く前に、村人全員が皆殺しにされた。


 心の底から許せなかった。


 憎くて憎くて堪らなかった。


「今でもお前らの罪を赦しはしない! 絶対に償わせてやる!」


「そうだ! 憎しみに身を委ねろ! それが正しい感情だ!」


「けどな──自分まで堕ちる・・・・・・・必要は無いだろ・・・・・・・?」


 初めて魔王と戦った時にも話した事。


 感情のままに力を使っていてはいけ無い。


「そのまま感情に身を任せたら 他の誰でも無い……『自分自身』に負けることになる」


「好きなだけ負ければ良い! 気に入らないのなら容赦なく捻じ伏せてみろ!」


「お前は俺と一緒・・・・だ……ただ自分の『死に場所』を探してたんだろ?」


 世界征服などという馬鹿げた計画を実行しようなど、普通なら考えられない事である。


 考えればわかる事。だが、もう考えたくなかったのだ。


 だからただ、残り続ける怒りを『憎しみ』に変えて、進むしかなかった。


「黙れ……黙れ黙れ黙れぇ!」


「もう決して戻らないと知りながら! 無駄に抗い続けた! 堕ちた自分を這い上がらせようともせず! 沈む続けることで諦めたんだろ!?」


「黙れええええええっ!」


 鍔迫り合っていた魔剣を離して、大きく叩きつける。


 その一撃はまるで自暴自棄になったかのように、ただ力任せに叩きつける、


「形態……変化!」


 光の聖剣が形を変えた。


 光り輝く美しき純白の『盾』となり、魔剣の攻撃を防ぐ。


「小癪な!」


「……俺の勝ちだ」


「何を言って──ッ!?」


 背中に感じる激痛。


 何が起きたのかわからなかったが、背後から貫かれた『ソレ』を見て、痛みの正体を理解した。


「これは……『氷の聖剣』か?」


「ああ……お前には放った時に戻さなかった聖剣だ」


 弓矢として氷の聖剣『アイスゾルダート』を魔王へと放った時、回収せずにそのままにしていた聖剣。


 聖剣の『遠隔操作』で、この瞬間を待っていた。


「だが! まだこの程度!」


 貫いた聖剣を握り潰し、もう一度魔剣を振りかざす。


「……あと一つ・・・・だ」


「なっ!?」


 回収せずに残していた最後の聖剣。


 水の聖剣『アクアシュバリエ』が、槍の姿へと変えた不意の一撃。


 魔剣へとぶつけると、|魔剣ごと《・・・・)砕かれた。


「馬鹿な……!? 魔剣『グラム』を打ち砕いただと!?」


「これで……最後だぁ!」


 盾にした光の聖剣を剣に戻し、魔王へと斬りかかる。


「負けるわけには……いかない!」


 全力で剣を受け止め、はじき返す。


 聖剣が魔王の身体を斬り付ける事は出来なかった。


「竜の身体を傷つけてる事は出来ない! たとえ伝説の聖剣であったとしてもだ!」


「そんなもん……知ってんだよ・・・・・・!」


 リンの一撃が、魔王の身体を貫いた。


「馬鹿な……その『刀』はっ!?」


「妖刀『紅月』……魔力を断ち切る刀・・・・・・・・だ」


 伝説の鍛治師の一振り、刀匠『ムラマサ』の刀。リンの為だけに鍛えられた妖刀。


 この一撃が魔王との戦いに、終止符を打った。

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