第182話 確かな目的

「で? 最期の時はどうだったんだ?」


「……満足そうだったと思う」


 初代聖剣使い『リン・ド・ヴルム』との戦いの末、残り四つの聖剣全てを手にした。


 そして初代は、全てを託してこの世を去ってしまった。


「アンタも話しはしたんだろ?」


 あれから一週間。魔王軍との最後の戦いに備え、ここギアズエンパイアで鍛え直し、今は休憩中。


「まあな 大したことは話せなかったがな」


 以前ムロウと話しをした時に、初代とは顔見知りだと聞いていた。


リンさん・・・・とは……ってこの呼び方じゃあややこしいな?」


「俺にさんづけはしないだろ?」


 同じ顔なうえに名前も同じだと、面倒な事になってしまうが、呼び方に慣れるしかないと思うリン。


「まあそれもそうか……おりゃあ憧れてた」


 ムロウがまだ子供だった頃。初めて出会ったその人に、すぐに憧れを抱いた。


「御伽話の英雄が……強くて優しくて……あの人みたいになりたいってずっと思ってた」


「……悪かった」


「なんで謝るんだ? あの人が選んだんだ 間違いのはずがねえ」


「どうしてそんなに俺を過大評価するんだろうな……」


 聖剣に選ばれたという理由で、この世界の命運を担う事となったに過ぎないのに、何故周りは期待するのがわからなかった。


「確かにお前さんに期待しすぎてるのかもしれねえさ けど……お前さんなら『大丈夫』って思わせる何かがあるんだよ」


 だからこそ初代も託したのだと、ムロウは言う。


「まあ……やってやるさ」


「お? 随分強気だなぁ?」


「自惚れてるつもりは無いぞ? 俺は……ここまで信じてくれた人達の為に戦いたいだけなんだからな」


「……はえ〜」


「なんだ今の?」


 間の抜けた返しに、リンは困惑する。


「いやお前さん……変わったな」


 単純に驚いていた。


 こうも素直にひねくれず、思いを吐露するリンの姿を見て、ムロウは拍子抜けして驚いたのだ。


「お前さんのことだからてっきり皮肉まじりに返されると思ったからよ」


「ご所望ならそうしましょうか?」


「お! それそれ! そんな感じでさ」


 やっぱこれだねと、そう言いたげにムロウは言うのだが、リンはこう答えた。


「まあ……仲間だからな 俺がそうしたいからする」


「お前が言うと違和感凄いな」


「なんだとオッサン」


「ホッホッホ 仲がよろしいようで」


 現れたのはバトラー。太陽都市サンサイドで初代聖剣使いに仕え、リンに賢者の石を集めるよう提案し、最初の賢者を渡してくれた人物。


「バトラーさん……」


「リン様は今休憩中ですかな?」


「はい そしたらこの不審者に絡まれまして」


「誰が不審者だよ!」


「……決戦まで残りわずか 緊張で上手く力を発揮出来ないという事は無さそうですね」


 兵士達の中には、一部不安を募らせている者もいる。


 次の戦いの勝敗により、この世界の道筋が決まってしまう。負ける事の許されない戦いに、精神的に追い詰められてしまっているのだ。


「そりゃあ多少はありますがね? こう見えて何度も窮地を潜り抜けて来たんですよコイツわ」


「だからハードルを上げるな」


「ハハッ! うんじゃあおりゃあお暇しましょうかね」


 おそらくバトラーの雰囲気を察したのであろう。


 何か話したい事があるのではと思ったらムロウは、そう言ってその場を離れたいった。


「ですが良かった……あの日貴方様に任せた私の眼に狂いは無かったという事ですな」


 最初のサンサイド以降、話す事のなかったバトラーと、改めて会話を始める。


「そういえば……貴方は知っていたんですか? 裏で初代が魔王軍を倒す為に動いていたことを」


 あれから一週間経っていたのだが、落ち着いてバトラーと話す事は無かった。


 皆忙しく、あやふやになって話せなかった疑問を今、漸くリンはバトラーへと投げられた。


「いいえ……あの方から連絡を受ける事はありませんでしたから」


 そもそもリンが賢者の石を集めるようになったのも、行方不明となった初代に代わり、賢者の石を扱えるリンに白羽の矢が立ったからだ。


 だが秘密裏に動いていた初代は、一部の者を除いて自身の存在を隠していた。だからこそ本来賢者の石があると言われた場所では行き違いとなり、リンには『盗まれた』と伝えられていたのだ。


「いつどこで情報が漏れてしまうかを恐れていたようで……直接目的地に着いた場所でしか自身の事を話さなかったと」


「だったらせめて自分の国に最初に戻れば良かったものを……」


「本人が言うには道に迷っていたとか」


「あれ嘘じゃなかったのかよ」


 リンも実際その様に言われていたが、本気にはしていなかった。


「まあ……『帰りたくなかった』のかもしれませんな」


 あくまでも推測ではあったが、バトラーはそう思っていた。


「自分はもう長く無い それを悟られる訳にもいかない 自らの治める国だったからこそそう思ったのでしょう……元々王には向いていませんでしたし」


「まあ何十年も国を空けるような奴には向かないでしょ」


「まったくもってその通り……管理はほぼ私に任せていつも抜け出して……連絡も寄越さずいつのまにかふらりと帰って来て……大事な話をと思うと察したのかまた消えて……あの野郎」


(これガチのヤツじゃん)


 決して口には出せなかった。


「ですが……優しい方でした」


「どれぐらいの付き合い何ですか?」


「それこそ『聖剣使い』と呼ばれるずっと前から……一緒に旅をしていたのですよ」


 旅を続けている内にたどり着いたのが、戦争真っ只中の地となっていたサンサイド。


「先陣に立っていたサンサイドの姫……『スピカ』様に一目惚れをしてしまったと……駄々をこねましてな」


「……大変だったんですね」


「なんとかお近づきになりたいと兵士に志願 入って早々勝手に城内に忍び込んだりしておりましたが……まさか本当に気に入られてしまうとは思いませんでしたよ」


(俺と同じで顔そんなことされると複雑だな)


 自分はそんな事しないと、どれだけ同じ顔と名前、そして聖剣の力を扱えるからといって、性格はまるで違うのだと再認識させられる。


「一言で言うなら『憎めない人』でした それにあの方はやると決めたら必ず成し遂げる方でしたから……だからでしょうな」


 純粋に真っ直ぐで、誰かを守りたいと言う気持ちが、絶対に折れる事が無かったから、皆が信じ支えていた。


「結局……頼っていたのは我々だった 本当に辛い時に一緒にいてあげられる人がいなかった」


 全てを背負い込んだ。


 全てを・・・背負い込め・・・・・てしまった・・・・・

 

 誰一人として、手を差し伸べられなかったのだ。


「人を助ける為に手を伸ばしていると……自分が助けて欲しい時には手を伸ばせないのです」


「でも『後悔は無かった』 俺には そう見えました」


 数え切れないほどの苦難を乗り越えてきたのだろう。その度に悔しい思いをして来たのだろう。


 だが、決して『後悔』はしていなかった。


「最後の最後まで諦めなかった あの人は託された『想い』に……一生懸命向き合える人だった だから一人になっても戦ってこれたんだと思います……自分に出来る精一杯で応えてたんです」


 あの一戦で、リンは沢山学ばされた。


 聖剣使いとは何か、向き合うにはどうすれば良いのか。


「今でも俺はあの人よりも強いだなんて思ってません 強さも覚悟も……俺にはまだ足りません」


 今の自分の覚悟が、自分本位なものである事は理解していた。


 そして『それでも良い』のだと、リンは思っている。


「でも……それでも俺はやってみます 俺に出来る全力で魔王軍と戦って……勝ちます」


 確固たる強い意志。


 背負える数は少ないけれども、背負った分の責任は、必ず果たして見せるという強い覚悟であった。


「……貴方に会うのが怖かった」


「え……?」


「わかっていても……あの方と同じ顔を見ると……どんな顔で会えば良いのかわかりませんでした」


 バトラーは受け入れられないでいた。


 自身が仕えた主人、友の死を。


「貴方様の顔を見て……驚きましたよ 以前出会ったころとは違う そしてリン・・とも違う」


 暗い影はもう無い。負を纏っていない。


 これまでの旅で培ってきたもう一人の『聖剣使い』として、バトラーの眼には『優月ユウヅキリンは』としての姿である。


「この世界を救う為に……お力をお貸しください」


 代わりとしてでは無い。


 こうして頼むのは、リンを聖剣使いと認めたからだった。


「今度は……ついでじゃあ無いですよ?」


「……ホッホッホッ!」


 前に頼んだ時とは違う答え。


 それこそが、リンの旅の『目的』になっていた。



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