第181話 苦難を乗り越え

「この光景は……二度目だな」


 見た事のある天井。見た事のある機材。


 ここはギアズエンパイアの医務室だった。


「リン! 起きたのね!?」


「今度のお目覚めはシオンか……おはよう」


 お見舞いに来ていたシオン。心配そうに顔を覗き込まれ、その剣幕にたじろいでしまうリン。


「大丈夫? まだ辛いところはない?」


「問題ない……どれぐらい俺は寝てた?」


「丸一日 殆ど相討ちって感じだったけど……勝ったのはリンよ」


 その言葉で思い出す。自分がここで寝ていた理由を。


「初代は……どうしてる?」


「別の部屋 もし行けるなら行く?」


「そうさせてくれ」


 リンは無我夢中であった。


 今までの相手とは比べられない強さ。自分を凌駕する初代聖剣使いの強さを、身をもって味わった。


「案内してあげる ついて来て」


「初代の容態はどうなんだ?」


「……いけばわかるわ」


 暗い声。


 その声色から、初代の容態が悪い事をなんとなくではあるが、リンは察した。


「今はまだ生きてるわ けど……限界だって」


 別の治療室。シオンはトビラを開くと、そこにはアクアガーデンの王妃『ピヴワ』と、サンサイドの『バトラー』が居た。


「お久しぶりですなリン様……この言い方だと少々ややこしいですな?」


 冗談っぽく言ってはいるが、バトラーからは、今のこの状況への苛立ちと悔しさが込められている。


「おお聖剣使い! 起きたのだな! まったくこのバカは……同士討ちしとる場合ではなかろうに」


「言っていたでしょう……もうあとが無い・・・・・・・と」


「どういう意味ですかそれは?」


「……元々長くはなかったという意味です」


 初代聖剣使い『リン・ド・ヴルム』は、戦う前から既に『限界』であった。


「リン様は『不老』であって『不老不死』ではありません 身体が衰える事はありませんが……なんらかの要因があればその限りでは無いのですよ」


「おっと……そこから先は僕が話そうか」


 身体をベッドから起こし、自分の口で話がしたいと言う初代。


「ごめんね……二人っきりで話しをさせてほしい」


「……失礼します」


「ふん……もう少しぐらい話しをさせて欲しかったがな」


 言われた通りにするバトラーと、不満を漏らすピヴワ。


「バトラー」


 部屋を出ようとするバトラーを、一度だけ呼び止める。


「……ありがとう お世話になりました」


 頭を下げで礼を言う初代。


 バトラーは振り向かない。振り向けない。


「貴方に尽くす時間は……悪くなかったぞ・・・・・・・?」


「はは……何年ぶりだい? 僕にタメ口を使うの?」


 返事もせずに部屋を出た。


 ピヴワも何も言わず部屋を出る。かける言葉が思いつかなったからだ。


「じゃあ……私も」


「君にも迷惑をかけたねシオンちゃん 黙り続けるのは大変だったろ?」


「でもそれ以上に……沢山良い事がありましたから」


 そう言ってシオンも部屋を出る。これでこの部屋にいるのは『聖剣使い』の二人のみ。


「……なんだってそんな身体で無茶したんだ?」


「だからだよ……時間が無かったから」


 遅かれ早かれ、自らの身体が限界を迎える事はわかっていた。


 そんな時に耳にした『二代目聖剣使い』の存在。もしも、本当にいるのなら、もしもこの世界を救うつもりであれば、二代目聖剣使いに『賭ける』事にした。


「この世界を救うと決めた時よりも……ずっと前から身体は限界だったんだ だから自分の存在を知られる訳にはいかなかった 少しでも戦いから避ける必要があった」


 自身の存在を知らしめ、魔王軍との戦いを抑制する役割もあった。


 だが、それは『出来なかった』のだ。


 戦いを避ける必要があった。そうしなければ、自分の身体が持たなという事は目に見えていた。


「ごめんね……君を利用してしまった 本当に辛い役割を任せてしまったと思う」


「……言ったはずだ 俺にとってそれ含めて『この世界を守る』って決めたんだってな」


 この世界はもう、リンにとってのもう一つの世界。


 自分の精一杯をする。リンはそう決めたのだ。


「だとしてもだよ……本来であれば『英雄』である僕がする役割だったんだから」


「それは周りの意見だ アンタが無理にそうする必要はない」


「いいや違う これは『力ある者の責務』だ 力有る者は力無き者の為に力を振るう必要がある」


 そうでなくては、弱い者は弱いままだ。


 何故なら、強さへの『憧れ』を抱かせなくては、強くなろうと思う事が無くなってしまう。


「僕が『英雄』と呼ばれているかぎり……人は憧れを持ってくれる 僕みたいになりたいと思って努力する人がいる そうさせるのが僕の役目」


「大変なんだな……英雄って奴は」


「本当だよね もう……疲れちゃった」


 その役割も終わりを告げている。


「君は『心の闇』と向き合った だから闇の聖剣『ダークイクリプス』を扱えた」


「俺一人では逃げ続けることしか出来なかったさ……困った妹分のおかげだ」


「あの娘か……随分懐かれてるんだね?」


「レイだけじゃあない……俺はいつも『仲間』がいたからここまで来たんだ 俺だけならとっくの昔にどっかで倒されてたろう」


「……君は『仲間と一緒に』強くなる事を選べたんだ 誰かの為に……出会った事の無い誰かの為に戦うよりも……きっと強い『想い』だよ」


 一人で背負えないのなら、信頼できる仲間に頼る。


 たったそれだけの事ではあるが、とても難しい事だ。


「怖いよね……大切な人をつくるのは」


 もしも、傷つけてしまったら。


 もしも、失ってしまったら。


 その人を想えば想うほど、悲しみは深くなってしまう。


「でももう大丈夫 君なら乗り越えられるって信じてる」


「あまり期待しないでくれ……」


「ダメだよ? 僕はもう君に全てを託そうと決めてしまったからね」


 互いにぶつかり合い、そしてリンは初代を倒した。


「良かった……これで僕は……休めるんだから」


 限界を迎えようとしている身体。そんな時に現れてしまった魔王軍。


 自分では最後まで戦えないと悟っていた初代は、どうするべきか考えた。


「改めて聞こう……君はこの世界を守ってくれるのかい?」


「そう決めた 何があっても守るってな」


 嘘偽りの無い言葉。


「……うん 聞けて良かった」


 やっと安心できた。


 この世界を守れる『新たな英雄』が、目の前にいてくれるのだから。


「手を出して」


 そう言われたリンは手を差し出すと、初代は『三つ』の賢者の石を渡した。


 苦難を乗り越え、ここまで来た。


 ならばリンには受け取る資格がある。


「水の賢者の石『アクアシュバリエ』……水の賢者『エリアス』の力……凄く真面目な人だった おまけに超美形で凄くモテてたよ」


 かつて、自身に九賢者達が託してくれたように、こうして自らも後継者へと託す。


「風の賢者の石『ゲイルグリーフ』……知ってたかい? 風の賢者は二人で一人だったんだ 双子の『カストルとポルクス』……二人合わせて『デュオスクロイ』ってね」


 初代はリンに知って欲しかった。


 賢者の石はただの魔力の宿った石ではなく、かつてこの世界の為に戦った『英雄』なんだと。


「雷の賢者の石『ボルトラージュ』……彼女は厳しい人でね 周りからは鬼軍曹だなんて呼ばれていたよ……それが雷の賢者『タウロス』」


 話すたびに目に浮かぶのはかつての光景。


 決して平和ではなかったが、その中に確かにあった幸福の時間。


「そして最後に……光の賢者の石『ライトルリジオン』」


 首に下げた石。片時も離れたくなかった大切な人。


 この世でただ一人『愛し続けた』想い人。


「彼女は『スピカ』……サンサイドのお姫様」


「アンタが前に話した……」


「そう……お姫様で光の賢者だった また彼女も『伝説戦争』の戦いで力尽きた」


 今では『御伽戦争』と呼ばれる戦い。多くの人が亡くなったその戦争に、九賢者達も命を落とした。


「僕には守れなかった……唯一人愛した人さえ守れなかった……こんな思いをする人がいちゃいけないだから……僕は戦争を終わらせたかった」


 声を震わせ、涙を流す。


 この世界には、本当に守りたかった人もういなかったのだ。


「君に託す……全部あげる……だから……僕の愛した人がいたこの世界を……彼女の愛したこの世界を……守って欲しい」


 最期の願い。


 自分には出来ない。だから、全てを二代目へ託す。


「……貴方の想い……叶えてみせます」


「ありがとう……」


 初代聖剣使い『リン・ド・ヴルム』は、その言葉を残して目を閉じる。


 悠久とも思えた己の人生を、終わりを迎える時には、それは刹那の時間だったのだなと、笑みを浮かべて。


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