第174話 裏切り

 腹部を手刀で貫かれるマッド。


 その手を引き抜くドライ。血に染まった手を拭う。


「おや? 君は確か魔王の傍にいた……」


「アナタへの挨拶は初めてでしたね 私は『ドライ』 魔王三銃士の一人です」


 丁寧な口調であったが、不機嫌さが滲み出ていた。


「で? どうして仲間にそんなことを?」


 初代聖剣使い『リン・ド・ヴルム』は問う。


「仲間? ご冗談を 私はコイツの『処刑』に来たまで」


 問いの答え。その内容になんの躊躇いの様子は無い。


「ふざ……けるな 裏切ると……いうのか!?」


「裏切り者はアナタでしょう?」


 倒れ付したマッドを踏みつけ、冷酷に無情に、言い放つ


「日の目を見る事の無いアナタの技術力を見込んだ魔王様を……アナタは裏切った 研究の為とはいえ我らが同胞に手をかけた そして勝手に出撃してこの体たらく……弁明の余地はありませんね」


 突き放し、ただ冷淡な口ぶりで告げる。


「安心なさい アナタの技術だけなら・・・・評価しています 機械製造装置であるシステム『M』は大事に使わせてもらいますよ」


 マッドを護衛していた機械兵は動かない。何故ならドライの言うシステム『M』の使用権は、既に魔王の手に渡り、機械兵がマッドに従う事はもうない。


「た……頼む 助け……」


「さようなら」


 命乞いをするマッドの頭を潰すドライ。


 最初から『人間』であるマッドを信用してなどいない。何かあればすぐに切り捨てる算段だったのだ。


「では私はこれで お騒がせした事は私が代わりに謝罪しましょう」


「あれ? 僕と戦う気は無いの?」


「残念ながら私は戦いが好きではない 遠慮させていただきます」


「奇遇だね 僕も戦いは嫌いなんだ 君とは仲良くなれそう」


「……人間と馴れ合う気はありません」


 帰還しようとするドライに、『リン・ド・ヴルム』は音も無く忍び寄る。


「逃がすと思うかい?」


「なっ!?」


 まったくわからなかった。


 二代目聖剣使いとは違う、とてつもない『速度』の前に、ドライは動揺を隠せなかった。


「くっ!」


 背後に飛んで距離を離した筈が、またもや背後に先回りされる。


「遅いよ」


「ッ!? 機械兵!」


 ドライの命令に従い、使役された機械兵だったが、なんの意味も無かった。


「ガハッ!?」


 機械兵ごと押し込まれ、吹き飛ばされるドライ。


 対応が追いつかない。これが『英雄』の力かと、その強さを認識させられた。


「魔王三銃士なんて言うから期待したけど……終わりかい?」


 ドライは本を広げ、魔力を流すと魔物が姿を現す。


 使役した使い魔たちが襲い掛かるが、当然太刀打ちできる筈がない。


「言ったでしょう……戦いは嫌いなんですよ」


 痛みを堪えながら立ち上がり、魔方陣を展開する。


 戦いたくはないが、簡単には帰してくれないだろうと腹をくくるドライ。


(私の『物語の語り手ストーリーテラー』に引き込む……? いや出来ない 魔力差がありすぎる・・・・・・・・・!)


 桁違いの魔力差。ドライの能力である『物語の語り手ストーリーテラー』の世界に送るのは、不可能であった。


「 強化術式『エンチャント』……起動!」


 再び魔物を呼び出し、その魔物の力を引き上げる魔法。


 この魔物たちも、元々は『神代しんだい魔性洞ましょうどう』という、強力な魔物の生息していた場所から、魔物を手懐ける魔法『テイム』で連れてきた魔物。


 そう易々と倒される魔物では無い。


「舞台は整えました! 存分に暴れなさい!」


 土の体を持つゴーレム。骸骨姿のスケルトン。人を喰らう巨人グレンデル。


 様々な魔獣を呼び出し、ドライは強化する。


「面白いね君は……でも全然足りない」


 激しい風が吹き荒れる。


 その場にいた魔物たちは吹き飛ばされるが、これはただの余波に過ぎない・・・・・・・


「いくよ『ゲイルグリーフ』」


 手の中に収束する風の正体。それは『風の聖剣』であった。


(ただ聖剣を出しただけでこの威力とは……!)


 聖剣を取り出す動作をするだけで、魔物達は約半分が倒された。


 目の前の存在はもはや人ではなく、まるで生きた台風の様である。


「さあて 聖剣の力の一旦ご覧あれ」


 遠くから振りかぶる。ただそれだけだというのに、嵐は巻き起こった。


(これは……!? 防衛術式!)


 耐えられないと判断したドライは、自らを魔力の膜で覆い、威力を軽減する。


 嵐に巻き込まれた魔物は、風の聖剣の嵐の前に、為す術もなく消し飛ばされた。


「ありゃ? 今ので全部かい?」


 一掃された魔物達。強い魔物を更に強化したというのに、まるで歯が立たない。


(術式すら剥がすとは……これはまた二代目とは違う『化け物』だ)


 かつての『御伽戦争』の英雄。九つの聖剣で戦争に終止符をうった生きる伝説。


 今まで相手にしていた二代目の聖剣使いが可愛く見えると、ドライは実力の違いに心の中で震えた。


「君の手札はこれで尽きたのかな? それとも切り札は残っているのかい?」


「いいえ……私のは切り札は『魔王様』のみ」


 だが心は折れる事は無い。


 何故ならドライは魔王が、必ずこの戦争に勝利すると信じているからだ。


「あの方に忠誠を誓った! ならば私はあの方の『幸せ』の為に動くのみ! たとえアナタが伝説の英雄であろうとも!」


「……中々熱い男じゃないか 嫌いじゃない」


 風の聖剣に力を込めると、より強大な風が巻き起こす。


「敵ながらその心意気は良し だから僕は応えるよ」


 敬意を表して、本気の力をぶつける。


「『ブレイブトルネード』」


 構えた聖剣で一閃した。鋭い風がドライ体を刻み込み、引き裂いた。


「……ん?」


「お見事お見事 素晴らしい一撃でしたよ」


 手ごたえが無い・・・・・・・。予想を裏切る手ごたえだった。


 そして斬り裂いた筈のドライは、遠くから拍手を送っている。


「これは……一本取られたってこと?」


「そういう事です 気分が良いものですね あの伝説の英雄を欺けるのは」


「理屈がわからないな どうやったの?」


「『物語の語り手ストーリーテラー』ですよ」


 ドライの能力である『物語の語り手ストーリーテラー』へと、引き込むことは不可能であった。


 ならば引き込む・・・・・・・必要は無い・・・・・。『仮想世界』を、この場に『再現』すれば良い。


「仮想世界を一から創造するのではなく この場に『役者』を揃えてしまえば良い アナタが倒したのは私の生み出した役者に過ぎない」


「それで高みの見物かい 良い趣味してるよ」


 ドライは『舞台は整えました』と言った。


 全てドライの手のひらの上で踊らされていたのだ。


「良いよ 今回は見逃してあげる」


「言われなくとも勝手に逃げますよ それに……私に構っている場合では無いでしょう? アナタはアレ・・を止めるべきでは?」


アレ・・……?」


 ドライの指差した方角には、闇の聖剣の力に侵蝕され、いまだに壊れた機龍相手に拳を振るい続ける『二代目聖剣使い』の姿があった。


「前回の時は何とかなりましたが……次は上手くいく保証はないでしょう?」


 餓えた獣の如く暴れ、闇に飲まれる二代目の聖剣使い『優月ユウヅキ リン』。


 この世界で英雄と語り継がれる初代聖剣使い『リン・ド・ヴルム』。


「なるほどねぇ……先代として相手しろと?」


「最後に伝言を……決着は『一ヶ月後』にするとの事 我々から出向きますよ」


 魔王軍との最終決戦。その通告。


 人間と魔王軍の、全面戦争の日は決まった。


「では失礼します アナタとはもう会う事はないでしょうが」


「そんな寂しい事言わず……あれ? もういない……」


 挨拶するなりすぐさま帰還するドライ。


「はぁ……しょうがないか」


 あまり気乗りしない役目ではあるが、やらなくてはなたない。


「……聖剣をそんな風に使っちゃ駄目だよ」


 抑えられない破壊衝動を、拳に乗せて延々と殴りつける二代目聖剣使いを、初代聖剣使いは『拳』で殴りつけた。


「もう充分暴れただろう? そろそろ戻ったらどうだい?」


《グウゥ……》


 唸り声を上げ、もはや言葉を失った獣へと墜ちていた。


 その光景を見て、深い溜め息を吐く。


「……いい加減にするんだ『コルヌス』」


 その『名』を呼ぶと共に、穏やかな表情が初めて怒りに変わる。


 首元に垂らした宝石。片時も離れる事のなかった唯一の『賢者の石』である。


「起きてくれ……君の力貸してほしい」


 賢者の石を手を添えると、眩い光に包まれ、光り輝く『聖剣』が姿を見せた。


「僕の愛しき『ライトルリジオン』……祈りをに捧げよう」


 白銀の剣。光を纏い、羽根が舞う。


「闇を祓うは光の役目……楽にしてあげるよ」


《グアアアアアアァァァァァァッ!》


 襲い掛かる闇の獣を、光の聖剣が斬り払う。


 どれだけの機龍の攻撃を受けようと、ダメージを受ける事はなかったというのに、一瞬にして獣の力が屈した。


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