第173話 予想を超える

「ガアァァァァァァ!」


 装甲機龍『ゴルドラゴ』から放たれた光線を、闇の聖剣『ダークイクリプス』が薙ぎ払う。


「相殺するだけの力はまだあるか!? ゴルドラゴ! 全力で聖剣使いを殺せ!」


 マッドの命令で機械龍が、リン目掛けて襲い掛かった。


「アニキ! 使いこなせるようになったんですね!」


「……逃げろ」


「え?」


 以前の闇に包まれた姿では無く、普段の姿を維持するリンを見て、レイは言う。


 だが、それは一時の猶予の時間でしかなかった。


「全員連れて逃げろ……俺の意識が……飲まれるれるまえに!」


 使いこなせてなどいない。


 ただ闇に飲まれそうになる理性を、無理矢理押さえつけているにすぎなかった。


「でも!」


「いいから行け! 俺に……構うな!」


 眼に映る全て、もはや敵も味方も区別がつかなくなる破壊衝動。


 そして、限界は訪れる。


「グゥ……ウアァァァァァァッ!」


 口を開けた機械龍が迫り、喰らいつくその瞬間、リンの全身が闇に包まれた。


 開かれた口は、リンの怪力により閉じる事を阻まれる。


「闇の聖剣……まだ使いこなせていないと見える」


「このジジイ!」


「おっと 場外乱闘は無粋というモノ」


 レイが銃口をマッドへ向けるが、新たに現れた機械兵により妨害された。


「クソッ! まだいやがったのか!」


「安心しなさい コチラからは手を出さない……お前達の相手はワタクシの最高傑作である『装甲機龍 ゴルドラゴ』が相手をするのだからな」


 既に機龍が勝つ事前提で話しをするマッド。それだけの自信があった。


「お前達は大事なゴルドラゴの『餌』だ 勿論恐れをなして逃げても構わない……どこまでも機龍はお前達を追いかけるのだけだからな!」


「ここは避難しましょう! このままでは我々にも被害が出てしまいます!」


 ギアズエンパイアの兵士が、撤退を進言する。


 リンと機龍の戦いは、誰の手にも負えないからだ。


「アニキ……」


 目の前で繰り広げられる熾烈な戦いに、レイは何も出来ない。


(オレも何かしないと……!)


 じっとしていられない。リンが苦しんでいるのなら、妹分である自分が何かしなくてはと駆け寄ろうとしたとき、リンの言葉が脳裏をよぎる。


「……アニキは皆を連れて逃げろって」


 周りを巻き込みたくないというリンの考え、そして『誰も傷つけたくない』という切実な願い。


「……信じてますから」


 ここで勝手な事をして、周りに被害が及ぶかもしれない。


 絶対にそれは、リンは望まないであろう。


「皆逃げろ! 絶対にアニキが倒してくれるからな!」


 苦渋の決断。だが、信じたからこそ下せた決断であった。


「逃げても無駄だというのに……まあ良い 倒してしまえゴルドラゴ!」


 機龍はリンを口に咥えたまま、壁へと叩きつける。


 リンはすぐに抜け出し、機龍の頭部へと飛び移ると拳で殴りつけた。


 その動きは獣の如く、空を翔ける機龍はリンの攻撃で地面へと激突する。


「少しはやるようだがその程度でゴルドラゴには傷一つつかん!」


 マッドの言うとおり、機龍に損傷は見られない。


 執拗に頭部を殴りつけるリンに、機龍は反撃に出た。


「ゴルドラゴは全身が兵器! どの部位にも武器が仕込まれているのだよ!」


 リンは背後から狙撃される。


 機龍の尻尾の部位に搭載されたレーザー砲が、リンの身体を焼き尽くす。

そのままふるい落とされるリン。だが機龍と同じくリンにもダメージを受けた様子は無かった。


 漆黒の闇に包まれた身体。唯一瞳は禍々しい赤に染まる。


 餓えた獣が、獲物目掛けて地を駆けた。


(あの耐久度……ゴルドラゴでも削れないのか?)


 リンが次に狙ったのは、先程自らの身体を焼いた機龍の尾。


 尾を鷲掴みにすると、力任せに機龍の身体を振り回した。


(それに加えてあの怪力だと!? あれが闇の聖剣の力なのか!?)


 さっきまでの余裕の表情は消え失せ、マッドは自らの最高傑作が『負ける』のではないかと、不意に頭をよぎった。


「何をもたもたしている! 早くその猿を潰せ!」


 掴まれた尾の先端に仕込まれたレーザー砲が、再びリンを捉える。


 が、レーザー砲が機能する事は無い。何故なら砲門をリンが叩き潰したからだ。


 遠心力をつけ、そのままリンは機龍を地面に叩きつける。すると地面は割れ、初めて機龍の黄金の装甲に罅が入る。


「馬鹿な!? ゴルドラゴの装甲を!?」


 機龍は再び口を開き、砲身がリンに向けられた。


 だがリンは砲撃が放たれる瞬間、砲身を破壊した事により、機龍の口の中で暴発させられる。


 吹き飛ばされる機龍の頭部。もはや龍を模した顔は見る影も無い。


「そんな……ありえん! ここまで圧倒されるなど!?」


 ゆらりと、リンはマッドを見据える。


 獲物が変わった。動かなくなった機龍よりも、小うるさい外野の声の方が邪魔となったからだ。


「まだだ! まだゴルドラゴは動く! 殺すんだゴルドラゴ!」


 マッドの声に再起動する機龍。すぐさま起き上がり、空中へと飛び立つ。


 そして、全身が兵器となっているというのは、嘘ではなかった。


「全砲門展開! 一斉掃射!」


 東洋の龍を思わせる長い体。機龍の鱗は全てが砲門となっている。


 たとえ頭部を吹き飛ばされようと、機械でできた龍が止まる事はない。


 何故ならあくまでも、砲門を一つ破壊されたに過ぎないからだ。


「狙った獲物は逃さない! ゴルドラゴに捕捉されたが最後! 延々と追尾し続けるミサイルが全身に搭載してあるからだ!」


 逃げ場はなかった。もはやどうする事も出来なかった。


 全てのミサイルがリン目掛けて放たれる。どれだけ逃げようとも執拗に追い回すミサイルは、どうやっても逃げられない。


《グアアアアアアァァァァァァッ!》


 だから全て・・・・・撃ち落とした・・・・・・


 闇に侵蝕され、餓えた獣の咆哮が鳴り響くと共に、全てが落とされた。


「ほ……咆哮だけで……?」


 規格外といわざる負えない。


 そこにいるのは、正真正銘の『化け物』であった。


《ゴアアアアアアウウウウウウゥ!》


 空高く飛ぶ機龍へと、獣が跳躍してみせる。


 異常なまでの身軽さ。人間の範疇を超えていた。


「負ける……? ゴルドラゴまでもが……?」


 獣の蹴りが炸裂すると、機龍は勢い良く地面へと墜落した。


 衝撃で装甲は破壊され、完全に機能は停止する。


「こんな事が……ありえん!?」


 どうしてこうなったのかがわからない。


 あれだけ疲労させた聖剣使いを、自らの最高傑作は為す術もなく撃墜された。


 壊れてもなお攻撃の手を止めないリン。どこにも人間の面影はない。


 あんな獣に成り下がった奴に負けた。間違いなどなかった。理解できないのは自分のせいでは無い。予想を逸脱した目の前のこの存在が悪いのだと、マッドは絶対に認めない。


「まだだ! ゴルドラゴは『もう一機』ある! 今は西側で暴れている……! 今度こそ聖剣使いを……」


「あ~あれ? ゴルドラゴって言うの? ごめん『壊しちゃった』」


「!?」


 悠々と歩いてくる男がいた。


 見た事のある顔。


 それもその筈、獣と化した聖剣使い・・・・・・・・・と同じ顔であっ・・・・・・・たからだ・・・・


「遅刻も遅刻大遅刻『聖剣使い』がここに参上ってね?」


聖剣使い・・・・……だと!?」


 今まで戦っていたのは間違いなく『聖剣使い』であった。


 だというのに、今同じ顔をした『聖剣使い』がもう一人・・・・そこにいる。


「まさか……『初代聖剣使い』か!?」


「ピンポーン! 大正解 知ってるとは思うけどマナーだから挨拶するね? 僕はリン・・『リンド・ヴルム』だよ」


 見た目はただの優男だというのに、何者をも寄せ付けない威圧感を放つ。


 近づく為にマッドに歩み寄っているだけだというのに、一切の隙を見せない。


「いや~ここにはもっと速く来る予定だったんだけど……道に迷ってね 本当に今しがた到着しちゃったんだよね……で? 君が敵なんだろう?」


「ゴルドラゴを壊したと言ったな!? それは本当か!?」


「だから謝ったじゃないか 『ごめんね』って?」


 嘘など言っていなかった。


 ギアズエンパイアの西側の門にたどり着いた初代聖剣使いは、暴れているもう一機の機龍を撃墜し、反対側であるここ東側へ手助けする為に現れたのだ。


「まさか『竜王』なんて呼ばれてる僕が『龍』を倒す日が来るなんてね……感慨深いものだよ」


 しみじみとして言う初代聖剣使い。良い経験をしたと満足そうにしている。


「だけどまあ……大した事なかった・・・・・・・・よね」


「……なんだと?」


「しょうがないよ あれはただの『偽者』だったんだし弱くて当然なんだよね 勝手に期待した僕が悪いんだけどさ 龍なんだからもっと強くないと……ねぇ?」


「ふざけるな!」


 声を荒げ、マッドは怒りをぶつけた。


「どいつもこいつも馬鹿にしおって! ワタクシに嫉妬するばかりか邪魔ばかりしおって! 何故誰も認めないのだ!?」


「僕に言われても……」


「許さん! 絶対に! 今回は負けを認めてやる! だが次はないぞ!」


「あれ? 帰るつもり?」


「今回の戦闘データを元に新たなシステムを完成させる……機械製造システムであるシステム『M』に改良を加えれば……ええい! 考えは帰ってからだ!」


「アナタに帰るところはありませんよ……マッド」


「!?」


 マッドの腹部が、突然貫かれる。


「な……何故?」


 貫いたのは魔王三銃士の一人、『ドライ』であった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る