第139話 伝説の片鱗

 心が震えた。


「魔王だって言うからさ いかにも厳つい見た目なんだと思っていたんだけど……随分可愛い顔立ちじゃあないか?」


「……その姿はとっておきだ 然るべき時にしか見せるつもりは無い」


「うんうん! そのほうがいいよ~せっかく綺麗な顔立ちしてるんだからさ~? 勿体無いよ?」


 以前戦った異世界からの聖剣使いと瓜二つの顔立ち。


 だがまるで違う。


 その雰囲気は決して威圧的、高圧的といったものではなく、寧ろどことなく人懐っい、穏やかな雰囲気を醸し出し、心に闇を抱えているであろう『二代目聖剣使い』よりも明るさがある。


 が、その場に立っているだけで、手の内をすべて暴かれているかのように錯覚させられる瞳。数多の修羅場を乗り越えてきたでのあろう、立っているだけでこの身に伝わる練り上げられた歴戦の闘志。


「旧世代の人間が今更何をしに来た? 表舞台から消え失せて隠居しているもの思っていたが?」


「でしょう~? 僕だって本当は静かに余生を過ごそうなんて思ってんだけど……この世界の危機だっていうのなら黙ってるわけにはいかないでしょ? だって英雄だし!」


 自信に満ちた余裕の笑み。その自信に見合った実力があるというのだから腹ただしい。


 この男によって『アレキサンドラ』に配置した三千の機械兵たちの半数が、たった一人の手で討たれた。それだけで強さの証明には充分だ。


「流石は『初代聖剣使い』だ 歳を重ねたとしても『御伽戦争』でその名を知らしめただけある」


「あんまり歳の事言わないでよ……一応『不老』なんだからね? 心も身体もピチピチの当時のままさ」


(不老だと……? それがこの見た目の若さの正体か)


 現在『御伽戦争』と呼ばれる戦争から、およそ百年の月日が流れている。


 だというのに目の前の男の見た目は二代目と同じ顔、つまり十代二十代の若さだ。


「そうれはそうとごめんね? 本当は君を探してただけだったんだけど見つからなくてさ~ 君の部隊半壊させちゃった!」


 ついで感覚で部隊を半壊させてしまったと詫びる聖剣使い。そのあまりの強さに、改めてこの男の存在は規格外で、世界征服の妨げになるのだと思い知らせれる。


「いや本当ごめんね? 残りはアレキサンドラの人たちに任せるから許して?」


「ここまで詫びれるつもりの無い謝罪をされたのは初めてだ……それで? 用とはなんだ?」


「決まってるよ 首を貰いに来たんだ」


 本気であった。


 そう言った瞬間に、穏やかな雰囲気は消え失せ、向けられるのは殺意である。


「……良いだろう どちらにせよお前の存在は心底邪魔であったからな」


「あれれ? そんな嫌われること君にしたかな?」


存在自体がだ・・・・・・ たとえ二代目を倒したとしても『まだ初代聖剣使いがいる』と……愚かな人間は微かな希望にすがるかも知れなかった」


 絶望の後に、希望など与えはしない。


 希望は全て摘み取らなくてはならない。絶望を植え付け、例外なく人類は絶望を育まなくてはならない。


「そっか……ここで身を引いて二度と姿を見せないのら見逃してもいいと思ってたんだけど?」


「フッ……フハハハハハッ! そんなことは不可能だ! 人類が死に果てるか! それとも我を打ち倒すか! それしかあり得ない!」


「僕は戦いは好きじゃあ無いんだけど……仕方ない」


 目の前から聖剣使いが消えた。


「殺さなきゃ」


「!?」


 一瞬にして背後へと回り込まれた。一切反応ができなった。


(これが……伝説の英雄か!?)


 もはや神速の域に達した伝説の英雄の力。事前に張っておいた光の障壁が無ければ、一撃を受けていたは想像に難くない。


「用心深い魔王様だ……すぐに終わらせたかったんだけど」


「舐めるなよ……伝説と讃えられていようとも 所詮お前は人間だということを教えてやる」


「いいよ 年季の違いを教えてあげる」


 その手には聖剣使いの由縁である『聖剣』が、風を纏っている。


 握られた聖剣は、本来であれば二代目聖剣使いが『カザネ』で手に入れるはずだった聖剣。


「いこう『ゲイルグリーフ』 君の嘆き・・……決して無駄にしないから」


 突如放たれる突風で、視界が遮られたかと思うと、一瞬にして距離を詰められる。


 既にその速さは理解している。なら後はその速さにどう対処するか考えるだけ。


(障壁があれば耐えられる)


 先程よりもより厚く、障壁を纏い、先ずは攻撃を耐える。

聖剣が障壁に触れた瞬間、聖剣使いへとその魔力を反射させ、動きを封じさせる。


(幾ら素早くとも動きを抑えてしまえば問題ない)


 僅かに動きが止まる。その瞬間を捉え、魔法を放つ。


「『グロース・リヒト』」


 一撃で決めるため、渾身の魔法を聖剣使いへと喰らわせた。


 だが手応えを感じない。防がれたとのだとすぐ理解する。


「すぐに対応してくるなんて流石だね 僕としては早く済ませたいんだけど」


「そう簡単にいくと思うなよ? そして恐れ慄くが良い! 我『魔剣』に!」


 その名は『怒り』を意味する魔剣。神話に記される筈だった・・・・竜殺しの英雄の逸話。


「『エルガー・グラム』」


 竜殺しの魔剣の一閃を、聖剣使いへと穿つ。


 膨大な魔力を宿し、その一撃にて『黙示録の竜』をも屠った絶大な威力を誇る一撃だ。


「これが神話の一撃……相手にとって不足無し」


 既に構えた聖剣『ゲイルグリーフ』とは別に、聖剣使いはもう一つの聖剣を呼び出す。


「出番だよ『ボルトラージュ』 君の怒り・・で神話を越えよう」


 纏うは疾風。纏うは稲妻。


 二振りの聖剣が、人類が生み出した伝説の聖剣が、神話の一撃へ挑む。


「聖剣二刀流……『ボルテックスウイング』」


 信じられなかった。


 この男は避ける事無く、真っ向から突撃し、そのまま突き抜けてきた。


「何!?」


 あまりの事に理解が追いつかなかった。想像を絶している。


「紙一重……素晴らしき一撃に敬意をもって 伝説の一片をお見せした」


 決して手を抜いてなどいなかった。それでも、打ち破られた。


 これが、正真正銘の『聖剣使い』の力。かつての戦争で名を馳せた大英雄の実力である。


「凄まじいな……これでも全盛期ではないとは」


「仕方ないよね 僕の聖剣は『もう一人の聖剣使い』が持ってるんでしょ? 今の僕にはこれが精一杯さ」


 もしも全ての聖剣を、この男が所持していたらと思うとゾッとする。


 やはり勝つためには慢心せずに、力の限りを尽くさねばならないと。


「……見事だ初代聖剣使いよ 侮っていたのは我の方であったか」


「若いもんには負けたく無いってね どうする? 降伏するかい?」


「敬意を払うといったな? 聖剣使いよ ならば……我も敬意を払わなくてはな」


 今ある力は魔剣だけではない。まだ手はある。


「まさか早々にこの力を使うときが来ようとは……思っていなったぞ!?」


 身体が変化していく。この力こそ魔王『サタン』の名の本懐。


《刮目しろ! これが『魔王』である!》


 黙示録の竜の心臓を喰らい、血を浴びたことで得た『真なる魔王の姿』。


 人類の脅威にして、神への叛逆の象徴たる姿である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る