第131話 後悔する事

「こんな……こんな狭い所に入ってどうしようっての? どこからお化けが出てくるのよ?」


「観覧車はそういう乗り物じゃねえから」


 お化け屋敷の一件からか、疑心暗鬼に陥ってしまっているシオン。


「それに安全性はどうなってるの? ゆっくり回ってるみたいだけど急に速くなったりしない?」


「良いから黙って乗れよ」


「ちょうどお二人ですね〜 問題ないですよ〜」


 この世界の遊園地のスタッフは『バイヴ・カハ』の使いである『妖精』に任されていた。


 知らない筈の遊園地の知識を妖精達が知っているのは、ここが『リンの記憶で再現した世界』である為である。


「ぜったいぜったい! 怖い思いなんてしないわよね!?」


「アンタが高所恐怖症でもない限り大丈夫だ」


 怯えきったシオンだったが、観覧車が上へと昇ってゆくにつれて、その怯えが杞憂であったとわかる。


「どうだ? 悪くない眺めだろ」


「わぁ〜……綺麗な景色」


「夜景だったらもっと綺麗だったんだろうな」


 観覧車から観る景色は絶景であった。


 山と湖の自然の光景が広がり、その反対にはリンが住んでいた街並みが広がっている。


「リンがいた世界はこうなってたのね」


「よく再現してるよ……昔のままだ」


 この遊園地の光景は、小さい頃一度だけ来て以来のままで、記憶から再現したというの本当なのだと確信する。


「それにしても……リンってば結構ロマンチックなところあるのね?」


「そうか?」


「そうよ こういう綺麗なところをデートの場所に選ぶのは高得点ね 女の子は喜ぶわよ」


「その情報は使える時が来たらありがたく使わせてもらうよ」


 二つの意味で懐かしい観覧車からの景色を、リンは眺める。


 元の世界の街並みに、小さい頃に眺めたその光景は、夕日によって照らされていた。


「……それで? 何かあったの?」


 リンの様子を見て、シオンは何か思い悩んでいると察した。


「わかるか?」


「もう! 見てればわかるわよ……って! 別にずっと監視してるとかそんなじゃないからね! ただずっと心配だっただけなんだからぁ!」


「ありがとな」


 最近は戦いばかりで碌に休めていない。


 余裕の無い戦いに明け暮れて、周りに心配をかけていた事、そんな自分でもここまで仲間がついてきてくれた事に感謝するリン。


「リンが素直にお礼を言うなんて……もしかして変なもの食べた?」


「悪かったな」


「冗談よ……良かった 本当に」


 微笑むシオンの顔をみて、急に恥ずかしくなり、顔を背けてしまうリン。


 話題を戻して、バイヴ・カハに言われた事を話す。


「神の力を使えば……元の世界に帰れるらしい」


「本当!? 良かったじゃない!」


 興奮した様子でリンの手を取り、まるで自分の事のように喜ぶシオン。


 だが喜んだ後、それが意味している事を理解し、笑顔が少しだけ曇る。


「でも……帰ってこれるの?」


 それは当然の疑問であった。行く事ができて、戻ってくる事は出来るのかと。


「俺がこの世界・・・・にいる限りは『神の恩恵』を受けることができる……だが元の世界は管轄外だそうだ」


 一度だけの片道切符であり、それはリン達の『別れ』を意味している。


「リンは……どうしたい?」


 シオンは自分のわがままで、「ここにいて欲しい」とは言えなかった。


「俺は……この世界にいるべき人間じゃあない」


 元々は、全く異なる世界の人間である。


「ただ……この世界にずっといたいと思う自分もいるんだ」


 決して平和とは言えない世界で、常に危険と隣り合わせの世界であっても、それでも『仲間』がいてくれたから、乗り越えられた。


 リンにとってここは、大切な世界なのである。


「なあシオン……俺はこの世界にいても良いと思うか?」


 初めて吐いたリンの弱音。


 いつも大人びていて、口は悪くとも、いつも誰かの為に自分を犠牲にしようとするそんなリンが、初めて『自分』を見せたのだ。


「……まあ俺が魔王を倒すこと それに元の世界に戻す為に賢者の石を後六つ集めろだと……まだ時間がかかりそうだ」


 バイヴ・カハが現界していられるのは、リンの身体に宿る賢者の石の魔力エネルギーとしているからである。


 今の魔力ではそれが限界である。残りの賢者の石を集める事が出来れば、別世界への扉を開く事ができるのだという。


「……そっか! じゃあその時決めましょ! 全部の賢者の石を集め終わったその時に!」


「シオンならどうする? 俺と同じ状況で この世界にいたいって……『ゆるして貰わなくちゃいけない人』を残してるとしたら」


「え? ん〜許して貰わなくちゃいけない人か〜……まあリンには家族がいるって言ってたもんね」


 もしもこの世界に残るという選択を選ぶとして、当然元の世界に残した人に、許してもらわなくてはならない。


「難しいわねぇ……何の未練もないなら何も言わなくて良いと思うのけどそうもいかないわよね」


 せめて挨拶だけでも……と考えるが、行ったきりで戻ってこれないのなら、そもそも帰る選択肢が無い。


「もしも……もしも自分の居場所がここだって思ったのなら……『許されなくても良い』って思う……かな?」


「何でだ?」


「だって私が選ぶ道だもの 自分の選ぶ道の責任も後悔も……全部私が背負うこと 絶対に譲れない道なら私は許されなくても良いわ」


 これから先選ばなくてはいけない道は、必ずしも望んだ道とは限らない。


「私はいつも中途半端で 肝心な時に尻込みしちゃうからさ 自信なんてないの」


「俺は頼りにしてるんだがな」


「ナッ!? 何で今日のリンはそんなに真っ直ぐなのかなぁ!?」


(何で怒られる)


 シオンの照れ隠し。リンにとっては理不尽な怒りに疑問を覚えつつも、とりあえず黙って受け入れた。


「まあとにかく……ここ一番の判断なんてさ 結局自分見つけるしか無いもん 仲間がいても 選ぶ道の責任は自分だけのものよ」


「もしも後悔する事になったら? 自分の道が間違いだとしたら?」


「その時はさ……ほら! ちゃんと辿り着くまで手を握って歩こうよ」


 たとえ間違った道であっても、『仲間』がいるのなら、一緒に歩いてくれる仲間がいるのなら、新しい道を見つけられるかもしれない。


「側にいるよ……だって私達はアクアガーデンに伝わる『忠義の誓い』で繋がってるんだから」


 カザネでシオンがリンに立てた『誓い』の事。


 魔力を繋げ、遠くにいても安否の確認や、魔力の受け渡しなどが出来るが、それはシオンにとって重要な事ではない。


「私が忠義を立てたのはね……貴方を護りたいと思ったの」


 自分が判断を間違えたと落ち込んでいた時、まだ本調子でなかったであろう筈のリンは、シオンを連れ出して励ました。


「あの儀式は決して間違いなんかじゃ無いって思ってる 絶対に後悔なんてしないもの」


 たとえ一生に一度しか出来ない儀式であったとしても、あの時の盟約の儀式に後悔は無い。


「だからね……残ってくれるのなら嬉しいけど 帰るって決めたのなら私は背中を押すよ? この盟約が別世界でも繋がったままなのかはわからないけど……誓いが無くなることは無いから」


 真っ直ぐとリンの眼を見据えて、リンと向き合うシオン。


 リンは照れ臭そうにしながらも、シオンの言葉を受け止めた。


「まったく……よくもまあ恥ずかしげもなくそんな台詞を言えたもんだ」


「フフン! 照れ顔が隠せて無いからいつもの憎まれ口も半減よ!」


「ほっとけ」


 初めてリンの余裕を崩してやったと喜ぶシオンに、少し申し訳なさそうにリンは言う。


「ああそれと……いい加減手を離して貰うと助かる」


「え……ッ!?」


 先程手を掴まれたまま、離される事なく繋がれたままになっていた事に気づく。


 優越感に浸って、まったく気づかなかった。


(いいえ……これはチャンスよ! ここには私とリンの二人しかいないんだから!)


 このムードのまま押し通そうと強気に出るシオン。


「へぇ……? はぁ……? そういうことするんだシオンはぁ?」


「え"?」


 観覧車は一周し終わり、次に乗る人のために扉が開けられる。


 そこで待ち受けていたのは、誰よりもリンにうるさい『レイ』だった。


「えっ!? ええっ!? もう一周終わってたの!?」


「このレイちゃんを差し置いて抜け駆けだなんて……騎士様がすることとは思えませんねぇ? シオン?」


「いや……あの」


 勝負に出るタイミングを間違えたと、自分の選んだ道に後悔するシオンだった。




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