第115話 忘れられない

「……逃げるしかできなかった」


 この村で起きた惨劇を、少年は語る。


「家族は……どうしたんだ?」


「……死んだよ ここにいた人はみんな死んだ ここにいた人間はもうこの世にいない」


 たった一人の生き残り、地獄からの生還者。


「……何故お前に話してしまったのだろうな」


 少年は喋りすぎたと思ったのか、話を切り上げた。


「去れ ここは俺だけの場所だ お前が来る場所じゃあない」


 リンと顔も合わせず立ち上がり、その場を離れていく。


(アイツは……何者だったんだ?)


 謎の場所に謎の少年。ここ最近は謎ばかり増えていく事ばかりだが、悉くが解決に至らないのが残念でならなかった。


(さっさと出て行きたいが……まだ来ないのか?)


 呼び出した張本人は、いくら時間の指定がないとはいえ、だとしたら先に待つのが常識であろうと腹を立て始めるリン。


「お待たせ 優月ユウヅキ リン


 黒いコートにフードで顔を隠した不審者。


 予想通りであった。リンの中で最も胡散臭いと思われる魔王三銃士の『アイン』である。


「調子はドウダ〜イ? 再開を祝してここでパーティーでもドウ?」


「招待するなら先にアポをとっておけ もっともお前の為に空ける時間が勿体ないと思うがな」


「いつ暇なノ?」


「元の世界に帰るまでだ」


 聖剣を取り出して、アインへ向けて構える。


 呼ばれた理由は不明だが、敵であるのであれば倒す。特にアインコイツを野放しにしていてはいけないと、リンは考えなくとも理解できる。


「まあまあゴメンネ こんな薄汚れた場所・・・・・・にお呼びしたのは申し訳ないナ〜ト」


「……何?」


「聞いたんでしょ? ココの事サ? ヤダネ〜 弱い奴らはどこまでいっても弱いままでサ」


 この場所の事を何も聞いていなければ、なんとも思わなかったのだろうが、態々リンが知っていると知りながら、話を進めるアイン。


「此処は廃棄場 吹き溜りの場所……だから淘汰された だから奪われた それだけの事」


 アインの口から吐き出される言葉に、怒りが込み上げる。


 それは人の心を煽る事を愉悦とするアインにとって、思う壺である。


 だがらリンは、強く睨む事だけで我慢した。


「だがお前は違う お前は選ばれた お前には人類における最強の戦士となってもらう」


「俺が……?」


「そうだ 『魔を統べる王』と『世界の切り札』である聖剣使いの戦い それこそが魔王の望みだ」


 アインはリンを指差す。


シード・・・よ……理解したか? この世界のお前の役割を 魔王と並ぶ力の可能性を」


 アインから『狂気』を強く感じた。


「強くなれ 誰よりも その時こそ その力は……」


 突如閃光が、アインに向けて放たれる。


 リンでは無い。誰かが、アインへと攻撃したのだ。


「誰の許しを得て……この地に足を踏み入れた?」


 先程の少年が、アインに向けて攻撃したのだ。


「お前は……さっきの」


「オヤ? 怒ってマス?」


 ゆっくりとアインに近づいてゆく少年。激情の瞳が、アインを捉える。


「この地を穢したな? この地を蔑んだな? この地を……嗤ったな?」


 静かながらもその声には『憤怒』と呼ぶにふさわしいほど、猛りが込められていた。


「サテト! 用も済んだしこの辺デ……」


「『シュトゥルム・リヒト』」


 無数の光の剣が、アインの頭上へと降り注ぐ。


 影となって消えようとするアインを、容赦なく光が貫いてゆく。


「今ここで死に晒せ」


「……勘弁願いたいナ〜」


「『ブリッツ・リッター』」


 少年の両手に光の槍が二本が現れる。放たれた槍は、光の速度で敵を討つ。


「グッ!?」


「とっとと消え失せろ」


(コイツは……一体何者なんだ?)


 未だ強さは未知数であるが、仮にも相手は魔王三銃士のアインである。


 そのアインにこの少年は、膝をつかせたのだ。


「ハハハッ……コレはチトメンドくさい……ホントにサヨナラさせて貰うヨ」


 顔は相変わらず見えない。


 だが、アインが誰をを睨んでいかはわかる。


「……芽吹くのが楽しみだよ」


 その言葉を残して完全に、アインは姿を消した。


 手を出す事が出来なかった。


 何故なら余りの強さに、手も足も出ないと悟ったからだ。


「お前も失せるが良い そして二度とこの地に近寄るな」


「……お前の名前はなんていうんだ?」


 それだけは聞かなくてはいけない気がしたリンは、少年に名前を聞く。


「……『ワーグナー』……だ」


 ワーグナーはリンと眼を合わせる。


「強くなれ聖剣使い 誰よりも強く……お前が人類最強となったときこそ 最後の戦いになるだろう」


 そう言って、ワーグナーはリンの前から立ち去る。


 立ち去る後ろ姿を、黙ってリンは見ていた。


 今日の出来事を、リンは忘れる事はなかった。





















「助けて! 助けてくだ……ッ!」


「イヤァ……! 来ないでぇ!」


 地獄絵図と呼ぶのに相応しかった。


 そこに、日常は欠片もなかったのだから。


「……お母さん!?」


 姉はこの状況を理解できない。なら自分にも、何が起きているのかわかる筈がない。


 ただ、大切なものが奪われていると、それだけしかわからない。


 家に戻ろう、そこにはきっと母がいてくれる、何故こうなったか教えてくれるはず。


 ただ、その一心で、姉に手を引かれながら家へ走る。


「お母さん! だいじょう……!?」


 好きだった。家族の笑顔が。


 けどいつも困らせてしまっていた、だから喜んで欲しかった。


「あれれ? 確かこの娘だよなぁ?」


「おうおうそうか ありがとうねこの場所教えてくれて」


 その願いが叶う事は無い。


「お母さん! お母さん!」


「おっと! 女子供は大事だから丁重に扱えよ?」


「わかってるって! ほらいい娘だから大人しくしてろよ?」


 目の前で無理やり押さえつけられている姉を、俺は黙ってみることしかできなかった。


「たまにはこっちも良くねえか?」


「だなだな」


「はなして! はなしてよぉ!」


 八歳の子供が、大人の力に敵うはずはない。

そんな事当時の自分でも理解できる。


 恐怖で体が動かない。


 その眼は助けを求めていたというのに。


 自分だけでは無い、ここだけでは無い、他の村の人達も、恐怖で従わせている。


 幼いながらも察した。


 従わなければ殺す、気に入らなければ殺す。


 今この場を支配する男達は『神』にでもなったつもりなのだろうか?


 わからない。


 わからない。


 許せない。


 誰か助けて。誰かコイツらをこらしめて。


「良い場所見つけたな! でもこんな派手に暴れたらバレねえかねぇ?」


「名前もないこんな小さな村がどうなっても誰も来やしねぇよ! やりたい放題さ!」


「ハハッ! サイコーだな!」


 誰のせいでこうなった? 何がきっかけでこうなった?


 何故この場所がわかったんだ? 何故姉を知っていた?


 幼い頭で考えた。一生懸命考えた。


 だから……。そんな眼で見ないで。


 燃え盛る炎を、今でも忘れない、忘れられない。


 忘れてたまるか。


「うわあああああああああ!」


 その日、全て壊れたのだから。


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