第112話 落ち着く場所

「……って事があったんだよ ったく聞いてねえよ」


「そりゃあ害獣が竜だなんて誰も思わないでござろう」


 リン達は竜との戦闘後無事に帰還し、ギルドに内容を説明したのだが、当初は竜が出たなど信じてもらえなかった。


 しかし戦った場所の惨状や足跡のある場所に案内すると、信じざるを得なかった。


 依頼は一応達成し、依頼者にも報告して報酬を受け取ったのだが、依頼内容とは別の害獣(竜)の乱入は予想外の出来事であり、依頼料がとても釣り合ってはいえない額である。


「しょうがないじゃない 安全かどうかなんて受けてみないとわからないんだし」


 宿で昼食を取りながら、昨日あった出来事を話していた。


「でも竜なんてどっから出てきたんだよ? てっきり絶滅したんだもんとオレ様思ってたぜ」


「それも気になるところだがよ その竜っての喋りやがったんだわ」


 最初はただ襲いかかるだけであった竜が、最後にリン達に言い残し飛び去っていった。


 撃退したというよりも見逃された、もしくは『戦う必要が無い』と判断されたか、それはわからなかった。


「ますます謎ね 魔王の差し金だったりして……竜はなんて言ってたの?」


「何だったかな〜? 鐘が何とか……正すとか何とか言ってたような……」


「曖昧でござるな〜」


「そういえばレイは多分まだ寝てるとして……リンはどこ行ったの?」


 その竜が出現した時にいた当事者のうち、レイは寝てると勝手に断言され、リンは朝早々に宿を出ている。


「リンのヤツはこの街の図書館だと 竜が言ってた事が気になるから資料集めさ」


 リンは竜の言葉、そして『鎧の女』が言っていた事が気になり情報を集めにいったのだった。


(やっぱり読むのに時間がかかるな……)


 皆が昨日の出来事を話している頃、リンは図書館の書物を読み漁る。

 まだ読み慣れない字を辿々しくも、少しずつ翻訳しながら読み進めていく。


(神話の本……探してみたが見つからないな)


 過去、初代聖剣使いが戦った『伝説戦争』。


 その名に含まれるた伝説とは、『どんな願いも叶う』という伝説が、何故か・・・信じられ、それを鵜呑みにした者達が小規模な戦いを始めた。


 次第に規模が膨らみ、伝説を信じて願いを『叶える為』に戦った者と、それを『止める為』に戦った者の大規模な戦いに発展。


 それが『伝説戦争』と呼ばれる戦いである。


(それ以降は伝説が記された書は置く事は禁止となった……と)


 戦争終了後、『伝説戦争』と呼ばれた戦いは「子供に聞かせる御伽話を鵜呑みにした愚か者達の戦い」と皮肉を込められ、今の人達は『御伽おとぎ戦争』と呼ばれるようになっていった。


(確かアクアガーデンの図書館でも同じような本だったな……どこも似たり寄ったりって事か)


 竜が放った『黙示録』という単語、リンには聞き覚え・・・・があった。


 もしかしてそれがこの世界にもあるのではと、確認の為来たが、どうにも手掛かりを見つけるのは難しい。


 静かな図書館に、リンの溜息が通常よりも大きく聞こえる。

 邪魔をしてしまったかと周囲を見渡すが、幸いこの程度では邪魔にはならずに済んだようだった。


(……一番落ち着く場所だな)


「アニキー! こんにちは!」


「一番落ち着かないのが来たな」


 静寂なる図書館に現れるは妹分。実は朝リンがいないのに気づいて、レイはしらみつぶしに探していたのだった。


「相変わらず本が好きなんですねー! 知的でイイッス!」


「お前はもう少しボリュームを考えろ……」


「あっ! 聞き取りづらかったですか!?」


「逆だ馬鹿!」


 つい大きな声を出してしまうリン。周りの視線がリン達に向けられる。


「申し訳ございません……図書館ではお静かにお願いします」


「すみませんでした」


「なんだぁ? アニキに文句あるって……イヒャイレスゥ!」


 頬を摘んでレイの言葉を遮らせるリン。


「すみませんでした」


「そっ……それでは当館ではお静かにご利用くださいませ〜」


 少々戸惑い気味で係の人はその場を去る。改めてリンの意識は本に向けたまま、レイの用件を聞く。


「それで? 何かあったのか?」


「? 何もないですけど」


「じゃあ何で来たんだ……」


「アニキと一緒にいたかったからですね」


 デヘヘとだらしない表情で笑うレイ。


 未だにレイの事がわからないといった感情が、眉間にシワを寄せるという形で現れる。


「お前……ナイトメアの時は俺を嫌ってたくせにな」


「ン〜? ナンノコトダカサッパリ〜?」


「誤魔化すな」


「ヘヘヘッ! 細かい事はいいじゃあないですか! 好きは好きなんですから」


「……そうか」


 面と向かって言われたその言葉に嘘はない。それを知ってるからこそ、リンは堪らなく照れ臭い。


「その感情がいつまで持つか……俺より気になる奴が現れたらどうするつもりだ?」


「え? どっちも好きじゃあダメなんですか?」


「いやまあ……どっちが好きとかあるだろ」


「この気持ちよりもっと上の好きがあったとしても アニキを好きだって気持ちが下がることはないんですよ」


 えへんと胸をはるレイ。


「下がる事は無い……か」


「当然です! 好きなものを嫌いになるってよっぽどの事がないと無いですよ! だから安心してください!」


 どんどん声が大きくなるレイに再び視線が集まってくる。


 ジェスチャーで、ボリュームを下げろと指示を出し、それが通じたのか口にチャックを閉めていた。


「それじゃあ取り敢えず……俺とお前の姉のクレアのどっちかしか助からないって言われたらどっちを助ける」


「ゲッ? 何すかそのイジワルな質問」


 突然の問いかけ、それもあまり脈絡の無い問題に不満そうな顔をする。


 ウ〜ンと、腕を組んで悩んだ末、辿り着いた答えが出た。


「両方助けてみますよ 腕は二本あるんですから両方伸ばせば掴めるでしょ」


 前向きに、自分のできる精一杯をやろうということだった。


「それじゃあ問題が破綻するだろ?」


「でも……アニキが教えてくれたんですよ? オレに」


 船の上で、自暴自棄になったレイの手を掴んだのはリンだった。


 手を伸ばせば届くのなら、自分は手を伸ばして助けたいと言ったのは、紛れもなくリンだった。


「……さあてそんな事言ったかな」


「あ〜!? 忘れるなんてヒドイですよ〜!」


「お静かに……お願いします」


「「すみませんでした」」


 二度目の注意。流石に居心地が悪くなってしまったリンはレイを連れて外に出る。


 外はまだまだ明るい。陽が沈むのはまだ暫くかかるだろう。


「……そういえばまだ昼食を取ってなかったな 朝も」


「え!? そりゃあ一大事ですよ! 急いで宿に……」


「どっか寄ってくか?」


「へ?」


 急いで帰ろうとしたレイに、リンは提案する。


「ちょうど手持ちに報酬金があるからな……内緒だぞ?」


 照れ臭そうに言うリン。その言葉を聞いて、まるで花が咲いたかのように眩しい笑顔で、飛びついて喜ぶレイ。


 たまには良いだろうと、一番落ち着ける場所をくれた『仲間』へのご褒美だった。

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