第111話 竜の意味

「今頃リン達は依頼を終わらせてるのかしら……」


 リンとは別行動をする事になったシオン組。組み合わせはじゃんけんで決めたのだが、シオンは例外だった。


(契約のおかげで何かあっても連絡が取れる……か)


 シオンはリンと誓いの契約をする事で魔力を繋ぎ、離れていても連絡を取る事もできる。


(まさかそれが仇になるとなんて……)


 そのせいで一緒の組み合わせになれないなど考えていなかった為、激しく後悔していた。


「ハァ……」


「浮かない顔でござるな 溜息までついて」


「アヤカ……」


 お先にどうぞと、風呂に入ってもらっていたアヤカが上がってきた。


 ニヤニヤとした表情で話しかけてきたところを見れば、理由を察しているのがわかる。


「便りがないのは元気な証拠 気にし過ぎは良くないでござるよ」


「そうかもしれないけど……」


「まあそう落ち込む事もないでござろう いつでも連絡が取り合えるのはシオン殿だけでござるし それだけ信頼されてるって事でござるよ」


「別に落ち込んでないし」


「うん? 今のはじょーく・・・・でござるか?」


(この娘はもう……)


 さっきよりも余計ニヤニヤした表情が強まるアヤカ。この手のタイプは『弱ってる相手がいたらイジリたくなる』人種だ。


「まあ拙者がリン殿を鍛えたのでござるし? 余程の相手ではない限り負けないでござろう」


「たいした自信ね」


「自分を信じられぬ者が人に物事を教える事など出来ぬでござる」


「急に真面目にならないでよ」


 温度差をシオンは感じずにはいられなかった。


「まあその通りよねぇ……私なんてリンへ指南を任されてる筈なのに……」


「リン殿はあげぬでござるよ? 拙者の弟子でござる」


「むぅ」


 その言葉につい食いついてしまうシオン。


「刀と剣とじゃあ戦い方が違うでしょう? それに魔法も少しなら教えられるし」


ムキになって反論してしまうシオン。そんなシオン の言葉を聞いてアヤカは思い出す。


「あっ……そういえばリン殿に刀のことを話して無かったでござる……」


「え? ずっと修行してたじゃない」


「いやそうではなくて『刀』でござるよ 技術では無く『紅月』でござる」


 心の中で「そういえば実物も持たせたこと無かった」と思い出したが、その件はアヤカは黙っていた。


 本題はアヤカの祖父がリンに渡した刀、『紅月』の事である。


「ムラマサの刀……ただ斬れ味が凄いってだけじゃあないの?」


「ふふん! 爺様がたったそれだけの刀を鍛えるわけないでござろう! 爺様は聖剣を超える刀・・・・・・・を鍛えようとしていたのでござるよ」


ようとしていた・・・・・・・?」


 伝説と語り継がれるリンの持つ『賢者の石』から、膨大な魔力から創り出しているのが『聖剣』である。


「苦労したようでござるよ? どうすれば聖剣を超える魔力を持った刀を鍛えられるかと」


 だが先程アヤカはようとしていた・・・・・・・と言った。


 それはつまり完成しなかったという意味だ。


「じゃあリンの刀って聖剣程の魔力は無いってこと?」


「それどころか何の『属性』もないでござるよ」


「え!?」


 てっきり聖剣まで至らずとも、それ相応の魔力を宿した刀だとばかり思っていた。


「爺様は捻くれているでござるからな〜 同じ土俵に上がれぬのなら『引き摺り下ろせば良い』と言っていたでござる」


「それってどういう……?」


「それはでござるなぁ……」


(話に入りづれぇ……)


 待機組はシオンとアヤカ、そして唯一の男は小悪魔のチビル。


 部屋の隅で、女子の話をただ聞く事しかできなかった。


 そんな待機組は、リン達が危機的状況に置かれているなど、知る由もなかった。


(打開策がないなら……あの女の言葉を信じるしかない!)


 便りが出せないのは元気だからというより『危機的状況すぎた』というのが正解だった。


 目の前の竜を倒す方法。半信半疑であったが、何も状況が変わらぬのなら、刀を使うしかない。


 竜より放たれる高密度の魔力が、火球となってリンに向けられた。


 リンは構え、刀で火球を斬る。そんな事、通常では不可能である。


 だが、それを可能とするのが『紅月』であった。


(これは!?)


 魔力を宿す聖剣、その逆。


 それは、『魔力を断つ刀』であった。


「やりましたよアニキ!」


「これが爺さんの刀か!」


 刀に魔力を宿し、聖剣を超える。それは『不可能』であるとムラマサは悟った。


 だからこそ、魔力に打ち勝つには相手の魔力を『否定』する力で対抗した。


 真っ向から来るのであれば、搦め手をもって、正道で挑まれるのであれば邪道をもって制す。


 それが伝説の刀匠『ムラマサ』が導き出した答えだった。


「成る程……気に入った」


 紅月が魔力あるものを断つのであれば、魔力で編まれた体を持つ竜の体を、斬る事が出来るかもしれない。


「反撃開始といこうか!」


 刀を握る手に力を込め、竜へ向かって走り出す。


 竜は再び火球を放って対抗した。


「何度も同じ手を喰らうと思うなよ!」


 右手に妖刀『紅月』を、左手に火の聖剣『フレアディスペア』を構えて攻撃を払う。


 竜は刀が放つ異質な力を感じ取ったのだろう。翼を広げ、空へと退避しようとする。


「逃さないっての!」


 レイが竜の眼を狙撃する。視力までを奪う事はできなくとも、怯ませるには充分だった。


「良くやった嬢ちゃん!」


 ムロウはこの好機を逃さず、特大の風を刀に纏わせ、竜の背に向け叩きつける。


「トカゲはトカゲらしく地面を這ってな!」


(斬れ味を試すのに最高のの相手だ!)


 ムラマサの鍛えし刀が、『黙示録の赤き邪竜』を斬る。


 傷一つさえつける事もできなかったその鱗に、初めて傷をつける事が出来たのだ。


「見せてやるよ……人間の意地をな」


 人間の手に負えないと思っていたが、今ならその考えを塗り替えることが出来る。


 刀の連撃で、竜の鱗を斬り裂く。あれだけ頑張っても効いていなかった竜の装甲を、少しずつであるが、確実に剥がしていく。


(これなら……いける!)


 そう思っていた矢先に、竜の咆哮が、リン達を襲う。


「ギャーウルセェー!」


「前の時より酷いなこりゃあ!?」


 その咆哮で、木々が揺れる。地面が振動する。


(頭が痛くなる……クソ!)


 竜は視界にリン達を捉え、そして。


《魔を統べる者……偽りの者……始まりを告げる鐘が……》


 頭に直接吹き込まれるように錯覚する声が、リン達に響き渡る。


「なんだ!? これ!?」


「この竜がやってんのか!?」


《正さなくては……あるべき姿へ……始まる事なく……》


 鎧の女が言っていた。赤き竜は『黙示録』だと。


 リンの脳裏に浮かんだその言葉が離れない。


 動けなくなったリン達を襲う事なく、竜は空へと舞い上がる。


(離れていってる……諦めたのか?)


 謎が謎を呼ぶような、そんな出来事ばかりが起こり、不完全燃焼のまま、依頼は終わる事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る