第99話 紅月

「おや? 皆様お揃いで……何だかリン殿やつれてはないでござるか?」


「そう見えるか?」


 呪いの本を実質押しつけられる形となってしまい、呪いのせいなのか気の参りか、リンは疲れてしまっていた。


 雰囲気に出ていたのだろう。アヤカは一目見ると疲れた姿に気づいた。


「オレ! アニキは呪いなんかに負けないって信じてますからぁ!」


「そういうのは気持ちの持ちようよ!」


「よくわからぬでござるが……どんとまいんど・・・・・・・


 各々がリンを励ましてくれるが、今のリンにとっては正直辛かった。


「カザネを出る前に神社によってこうぜ? ここのはご利益あるからよ」


 ムロウからの提案。神頼みでも何でもすがりたい気持ちは確かにあった。


「アレ? さっきオレ様が見たとき立ち入り禁止になってたような……」


「そりゃああそこで盛大に暴れたんだからそうなるだろ」


「本当迷惑な奴らだぜ魔王軍の奴ら」


「多分前例もあったからだと思うぞ」


 盛大に暴れたのはこれで二回目なのだから、本当に申し訳ない事をしたと思うリンだった。


「まあ俺の事はいい 今日はその……木鬼との戦いで貸してもらった刀の事で」


「刀がどうした聖剣使い」


 リンの会わなくてはいけない人物。それは今現れたアヤカの祖父、伝説の刀鍛冶『ムラマサノ ヒャクヤ』だった。


「先日はありがとうございました おかげでこの町を守る手助けができたと思います」


「ふん 儂はただ雑草刈りを頼んだだけじゃ」


「またまた〜爺様は照れ屋でござるな〜」


「喧しいわい」


「その……借りた刀なのですが」


 リンは申し訳なさそうに刀を差し出す。


「折れてしまいました」


「……何?」


 鞘から抜き出すと、それは見事に真っ二つに折れていた。


「せっかく貸して頂いた一振りだったというのに……申し訳ございません」


 深々と頭を下げるリン。


 頭を下げているリンにムラマサの表情は見えない。だがしばらくすると、ムラマサの一声は


「……ック!」


「……え?」


「クッハッハッハッハッハッ!」


 笑いであった。


「安心しな二代目 その刀は『試し刀』だ」


「試し刀?」


「爺様は人に刀を鍛える前に予め 用意した刀を握らせるのでござるよ」


「んでだ そいつの使い方を見て刀を鍛えてやるかどうか決めるのさ」


「今まで雑に扱う者はおったが……だがまさか折る者が現れるとは……クックック!」


 ムラマサが失笑している姿をポカンとした後、リンは疑問を問う。


「では……刀を鍛えてはいただけないという事でしょうか?」


 これが試験だったいう事は、当然認めてもらえない事もあるという事。


 刀を折るような輩に、刀鍛冶が鍛えてやろうとは思わないであろう。


「誰がそんな事言った」


「え?」


 それは意外な返事であった。


「初めて刀を握ったわりには刃こぼれはしておらん アヤカの教えは多少は身についているようじゃな」


「ふふん! 当然拙者が教えたのだからこうでなくては!」


 自慢げに胸を張るアヤカをリンは複雑な表情で見やる。


「それに引き換え儂もまだまだ二流か……鈍ではあったが丈夫さだけなら一流に鍛えたつもりだったのがのう……」


 伝説として語られる程の腕前を持つ刀鍛冶が、自身の評価を『二流』と評する。


 この向上心が未だ衰える事なく続いているからこそ、伝説が塗り替えられる事が無いのだろう。


「ついてこい二代目の聖剣使い 刀は用意してある」


 ムラマサは自身の鍛冶場へ入っていく。


 リンが迷っているとアヤカが背中を押した。


「爺様の観察眼は確かでござる 爺様が認めたという事はリン殿には刀を担う資格があるということ」


 アヤカはリンを少しかがませ、背伸びをした。


「本当によく頑張ったでござるな 師匠として嬉しく思うでござる」


 急に頭を撫でられ照れ臭くなり、リンは何も言わずに振り解いて、直ぐにムラマサのいる鍛冶場へと逃げるように入っていた。


 リンの顔が赤くなっていた事には、その場の全員が気がついていた。


 小屋の中は、ムラマサの鍛冶場となっている。


「刀は所詮人を殺すための道具 どれだけ綺麗事を並べようとそれは変わらぬ」


 用意していた刀を手渡すと、ムラマサは語った。


「大事なのは それを振るう者が『殺すため』なのか 何かを『守るため』なのか たとえ結果が同じでも刀を振るう者の心が違えば刀への意味が変わる」


 凶器は『正義』にも『悪』にもなる。


「お前の行く道は決して明るい道ばかりではない いずれその道が紅く染まる日がくるであろう」


 それが人を傷つける道具である以上、そこには血が流れるのは当たり前。


「今のお前の眼は まるで新月の如く淀み その若さゆえ半月のように半人前じゃ」


アヤカにも言われた事。それは『濁り』だ。


(……そんなにでてるのか)


「そしてお前の心は三日月の様にかけておる それはお前が変わろうとしなければ変えられぬ 容易な事ではなかろう」


 言葉の全てが突き刺さる。


 言われなくともわかっている。自身の『濁りの根源』など、とうの昔に・・・・・リンは自覚していた。


「だが忘れるな たとえどれだけ暗くとも いずれは月が昇る いずれ必ず満月となって輝くのだ」


 リンは簡単に言ってくれると思う。


 言葉にするのは簡単だが、それが叶うかどうかなど誰にもわからないのだから。


「忘れるな まだ何も始まっていない事を 探すのだ 今の自分は何の為に此処にいるのかを」


 だから探せという。その場にいるだだけでなく自分から探せと。


「顔に出ているぞ二代目よ」


「……そうでしょうね」


「そんな事ではお主に刀とは任せられぬな」


「善処しま……ん?」


 聞き間違いではないだろうか。刀と『孫』と言われたような気がしたリン。


「ああそうじゃその刀の名は『紅月』という 紅く染まる月と書いて……」


「先ほどの発言に何か余計なものが混入していたような気がするのですが……」


 リンは問いかけずにはいられなかった。


「お主もわかっているであろう アヤカの強さは本物じゃ この先必ず力になるであろう」


「いやでも……」


 リンにとっては嫌な話かといえば、決して嫌というわけではなかった。


 だが、癖が強すぎてこの先とても大変になる未来しか見えない。


「ならば仕方がない……お主には悪いがこの話は無かったことに」


「いえ! 大切にさせていただきます! 刀も! お孫さんも!」


「その言葉に二言はないと信じておるぞ」


(まあ……いいか)


 その諦めに、どこか安心感があった事には本人に自覚はなかった。


「お主に任せなくともアヤカは強い 心も身体も 何も心配することのない強い娘じゃ」


 アヤカとの修行でその事はリンも知っていた。


「だがな……儂の孫なんじゃ」


 それでも心配するその心は、孫を心配する祖父の心だ。


 どれだけアヤカが強かろうと、それは決して変わることのない祖父の思いだったのだ。


「そういう事であれば……この刀をその代わりとして有り難く頂きます 貴方のお孫さんを必ずやお守りいたしましょう」


「その言葉 忘れるでないぞ」


「もっとも……杞憂に終わりそうですがね」


 そう言ってリンは鍛冶場を出る。


 新たに加わった仲間のアヤカと、手に握られた刀『紅月べにづき』と共に、風の都『カザネ』から次の行き先へと。

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