第76話 忠義の誓い

 シオンの目の前で、アヤカはよろける。


「もらった!」


 この瞬間を『予想』していたシオンがその隙を逃す筈がない。


 アヤカの顔へと構えた木刀を振った。


「くっ!」


初めてシオンが攻撃を当てた。


 予想外の出来事に、頭が追いついていなかったアヤカは吹き飛ばされる。


「よっしゃあああああ! やりましたよアニキ! やっとシオンのヤツ当てやがりましたよ!」


「こりゃあすげえな アヤカに当てたヤツ初めて見たぜ」


「でもなんでアヤカのやつよろけたんだ?」


「あれだろ」


 リンが指差した地面は水で濡れ、泥濘みとなっていた。


「初めからアレが狙いだったんだろ あんだけバシャバシャ水を撒き散らしてたらああなるさ」


 今までの大袈裟な攻撃はこの瞬間の為だけのブラフであった。


 ただ地面を濡らす事だけを目的に、水の力を行使していたのだ。


「……フッフッフ! 何かあるとは思ったでござるがまさかたったこれだけのために魔法を使ってるとは思わなかったでござるよ! やるでござるなシオン殿!」


「……アナタもね」


 だがアヤカもただ吹き飛ばされていたわけではない。


(ほんと油断も隙もないんだから……)


 この時シオンの脚はヒビを入れられていた。


 吹き飛ばされると同時に、シオンの脚を木刀で叩きつけていたのだ。


「ただ乙女の顔を叩くというのはいささかよろしくないと思うでござるが」


「……どの口が言ってるのかしら」


 小声でシオンは、突っ込まずにはいられなかった。


「この代償は高いでござるよ?」


「残念だけど踏み倒させてもらうわよ」


 脚の痛みを我慢しながらアヤカを睨みつける。

アヤカの余裕の表情から察するに大したダメージは与えられていないことがわかる。


(この脚で自分から攻めるのはいくらなんでも無謀すぎる……だったら相手の動きを見切るしかない)


 幸い先程の泥の場がアヤカの踏み込みを弱める抑止力となってくれている。


「さあて! シオン殿のためにも早く終わらせるでござるよ!」


「余計なお世話よ」


 再びアヤカがこちらへと攻め込む。

その速度はギリギリまでは落とす事はない。


(……そこ!)


 泥の場所に踏み込んだ瞬間、一瞬だけ速度を弱めるその瞬間こそが狙い目。


 脚の痛みで動きづらいが、相手の動きを見切る事が出来る事で何とかアヤカの木刀を弾く。


 その攻防が続き鍔迫り合いながら、アヤカは突然シオンに問いかける。


「そんなに嫌でござるか?」


「……え?」


「リン殿はこの世界の切り札になり得る存在でござる だが今はまだ聖剣の力でここまでこれただけでござるよ」


 アヤカがグッと力を入れてシオンを押し返し、アヤカは再びシオンを木刀で突く。


 しかしシオンはそれを何とかはじく。。


 シオンの身体がアヤカに追いついてきたのだ。


「でもこうしている間にも魔王軍は着々と準備を進めてるはず 今を逃すわけにはいかないわ」


「急がば回れでござる それでリン殿を失ってしまえば元も子もない」


「だから私が……」


「拙者よりも上手く教えられると?」


「ッ!?」


 一層アヤカの力が増してシオンを捩じ伏せる。


「脚に力が入らぬでござろう? もう降参した方が楽でござる」


「……」


 俯き、無言の状態が続く。


 そして、ゆっくりとシオンは口を開いた。


「アナタ言ってたわよね……リンの瞳が『濁ってる』って」


「そうでござるな」


「私もね 気づいてた 優しさの中にどこか危なっかしいところがあるって それが何かはわからないけどね」


 シオンはゆっくり立ち上がり、木刀をアヤカに向ける。


「若いくせに悟っちゃってさ でもどこか……『成長しきれていない』ような子供っぽさがあるの」


 シオンがアヤカに木刀を叩きつけると木刀でアヤカは受け止める。


 だが、今までの一撃とは違う。


(!? さっきよりも一撃が……!)


 その力に圧倒され受け止め切る事ができず、一度はじいて後退する。

 

 シオンの瞳からは青白い光が燈る。


 そして強い意志が、アヤカにはシオンから感じられた。


「私は! 彼に誓ったの! 騎士になるものとして必ず守り通すと! そして『私の心』がリンを知りたいと思ったから私は決めたのよ!」


 今は何もわからない。出会ってまだ間もないのだから。


 だが少しずつ、ゆっくりと、知っていけばいい。


「聞いたことがあるでござる……その力はアクアガーデンの『契約者』の力でござるな?」


 それは主人あるじを護るための契約、誓いの力のことだった。


 その契約を結ぶ事で互いの位置を知る事や魔力の譲渡など、主従の間で行うことができる。


 そして、忠義の誓いを立てた者に与えられる力がある。


「主人の事を護るという強い意志……主人を想えば想うほど強くなる力」


 それこそが契約する事による最大の切り札となり得る力だった。


(これは……面白くなってきたでござるな!)



 互いに木刀を握るその手にグッと力を込め、叩きつけ合う。


 叩きつけるたびに掌がビリビリと痺れる。


 だがそんなことお構い無しに、力をぶつけ合い、そして先に限界がきたのはシオンだった。


「くっ!」


 正確にいえば限界がきたのは木刀の方である。


 ここまでのぶつけ合いに耐えられず、木刀に亀裂が走った。


 それを逃す筈もなく、一気にアヤカが木刀を砕き、武器を無力化させる。


(とどめ!)


 しかしそれで終わらなかった。


「……ここにきてまさか『白刃どり』されるとは思はなかったでござるよ」


「太刀筋が見えたらこんなものよ」


 それは決してアヤカの太刀筋が衰えたのではなく、シオンの眼がアヤカの速度に追いつき始めたのだ。


「ハッ!」


 シオンは捕まえた木刀をへし折り、短くなった木刀をそのままアヤカに叩き込む。


 だがアヤカシオンの腕を掴み動きを封じたかと思うとその右腕を折った。


「ッ!?」


 アヤカの無言の拳を受け、後ろに吹き飛ばされるとシオンは立ち上がり拳を叩き込む。


 無言の攻防がどれほど真剣な戦いなのかを物語る。


(面白い! やはり戦いはこうではなくては!)


 アヤカの顔には自然と笑顔がこみ上げる。

根っからの戦い好きには堪らない戦いだった。


(少しずつ力が上がってきている……これは拙者も本気でやらなくては!)


 そんな事を考えていた瞬間だった。


(これは!?)


泥だった。


 戦いに集中するあまり、再び泥濘みへと脚がとられてしまったのだ。


(拙者としたことが一度ならず二度も同じ手を……!)


 そしてシオンの一撃が直撃する寸前、アヤカに当たることなく防がれていた。


「もう勝負はついた お前の負けだよシオン」


 戦いを観戦していたリンの手によって。

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