第16話 驚き

「悪い! すぐに出て行く!」


 状況が理解できず、頭が混乱する。とりあえずこの場から出て行かなくてはならないことだけははっきり分かった。


「まっ待って!」


 すると予想外な事に『アレク』と思われる人物に腕を掴まれた。


「その……お風呂には入った方が良いから…….グールとの戦いで汚れとかあるし」


 このアレクらしき女性は何を言っているのだろう。相手も混乱しているのだろうか。


「いえ! 先に入られていたのはそちらですから! ごゆっくりどうぞ!」


 一刻も早くこの場を去ろうと、提案を拒否して腕を振り解こうとする。


「いいから入れ! これは船長命令だ! 従えないなら今すぐこの船から叩き落とす!」


「アレク……なのか?」


 間違いなくアレクだった。


 背中を向けたままだったが、後ろから感じるこの殺気のような雰囲気に、今は従うしかなかった。


「……そろそろ誰か来るんじゃないか?」


 言われた通りに風呂に入る。


「防音だから多分叫んだのは聞こえてないと思う」


 だからもう上がって良いかと聞きたかったが、心配は無いのだと言われてしまった。


「そうか…….」


「……」


「……」


 なんとか切り出した話題もすぐに沈黙に変わる。


 本当に聞きたいことは他にあるのだが、なかなか本題を切り出せない。


「……驚いてる?」


「なんで隠してたんだ?」


「海賊の女は舐められるからって叔父……アース船長にね あっこの人この人」


 アレクが首にかけてあったペンダントの中の写真を見せつけて来るが、東山を今は直視できない。


 それに気づいたアレクは頰を赤らめ、気まずそうにうつむく。


「まっまあもう一つ理由はあるけど」


「もう一つ?」


「私の本当の名前は『クレア・アレクサンドラ』 アレクサドラ王の実の娘」


「アレクサンドラ?」


 確かバトラーが言っていた砂漠大国だ。そこに『賢者の石』があるという話だったはずだ。


 だがそれ以上に気になるのは


「なんでその国の王の娘が海賊なんて? レイから聞いたが確かアース船長は親の弟だよな?」


「アレクサンドラは男尊女卑がまだ根深く残っててな 船長はそんな国に嫌気がさして国を出たんだ 父親も同じ気持ちだったけど長男は国を治めなくちゃいけなかった」


「でも生まれたののが女だったから」


「……私を隠す必要があった 世間一般的にはいま絶賛修業中って事にしてさ」


 まるで気にしていないかのように、カラカラとアレクは笑う。


 だが何となく納得できた。初めて見たときから気品があり思わず見惚れてしましいそうになった理由がこれだったのだ。


「嫌じゃないのか? 男の格好でいるのは」


「四歳の頃からだから十六年前か 最初の頃はともかくもう今更って感じだな」


 アレクは大きく息を吐き出す。今更とは言っているいるが、決して良くはないはずだ。


「アンタも大変なんだな」


「そんな事より聖剣のこと教えてくれよ」


「聖剣?」


「使ってるとどういう感じなんだ? 初めて使った時は? 変化とかはないのか?」


 突然早口になり目を輝かせて顔を近づけて来る。


 今のアレクは、まるで憧れの存在を目の当たりにした子供のようだった。


「だから……近い」


「あっ……悪い」


 再び最初の距離感に戻ってしまった。慣れとかそういう問題の話ではなく、今のこの状況のせいなのだが。


「憧れだったから……」


「憧れ?」


「聖剣使いの物語は小さい頃からの憧れだったからつい……」


 後ろを見ると、アレクは湯船に顔の下半分まで浸かり、ブクブクと泡を立てる。何となく恥ずかしそうなのがわかる。


「もしかしてこの船に誘ってたのは」


 無言でコクコクとうなづく。その姿は最初の頃の印象とはまるで違って別人のようだ。


「何だかずいぶん印象が違うな」


「そうだよ……今はスイッチがオフ状態よ」


「作ってたのか」


「そりゃあまあ……これでも一応男で通してるし普段はこんな感じよ 他の船員は知ってるから作らないけど」


「知ってるのか?」


「ここにはもう十六年間いるわけだしそりゃあね 境遇のことも知ってるよ」


 ここでの共同生活でそれだけ長く過ごしていたらむしろ知らない方がおかしいか。


「だからわたしは戻る気はあんましないかな こっちの方が気楽さ」


 戻る気はない。その言葉は今の自分にとってどう受け止めればいいのだろうか。


「戻らなくてもいい……か」


 だがそれはできない、自分には許されない事・・・・・・だ。


「俺はここには居られない」


「リン?」


「俺は……この世界にいちゃいけないんだ」


 この世界に馴染み始めている自分がいる。ここで必要とされる自分に悪くないと思っている自分がいる。


 それを自覚すると自分に吐き気がしてくる。


「ホントどのツラ下げて……っておい?」


「ブクブクブクブク……」


アレクの様子がおかしい、もしかしてとは思うが。


「まさかのぼせたんじゃないだろうな?」


「残念ながら……」


 どんどん沈み始めているアレクを何とか引っ張り上げたが、すでに意識は朦朧としていた。


「悪い……外まで頼む」


 そう言い残すとアレクはガクリと気を失った。考えてもみればここにくる前から風呂に入っていたのだから、こうなってもおかしくはなかったのだ。


「難易度が高すぎる……」


 今までで一番の試練がリンを襲った。

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