第5話 伝説の

 外からは轟音が聞こえる。ついに始まったのだろう。窓の外を見てみると火の手が上がっている。


 そして城の中も、決して安全とはいかなくなってくるだろう。


(だからといって外に出るわけにもいかないしな)


 自分には関係のないこととはいえ、巻き込まれてしまったのであればそうも言ってられない。


 ここに居るだけでは何もしない罪悪感か募るばかりだ。


(せめて避難誘導の手伝いぐらいさせて貰えばよかった)


 今更そう言っても何も変わらないのはわかっているが、思わずにはいられなかった。


「無事でいてくれればいいが……」


 だがその心配をしている暇は、すぐに消えてしまう。


「大変です陛下!」


 勢い良く開けられる扉の音に、内心驚きつつも騎士の報告を聞いた。


「なっなんだ!?」


鬼族きぞくの奴らが城内に侵入を……っ!」


 そう報告をしに来た騎士の身体はボロボロだった。


 さっきまで戦っていたのであろう。その姿は見ていてとても痛々しい。


「もう時間はありません! 陛下の力であの者達の一掃を……!」


 その時だった。グシャっという、嫌な音。


 何かが・・・目の前で潰れる音がした。


 それは一瞬の出来事で、何が起きたのか、すぐには理解出来ない。


 目の前でさっきまで話していた騎士が肉塊になるのは、本当に一瞬だった。






「見つけたぞ──大英雄!」


 言葉が出ない。あまりの出来事に頭がついてこない。


「こんなところで呑気に観戦か いいご身分だなぁ?」


 バトラーが言うには3メートルぐらいだと聞いていたが話が違う。こいつはどう見ても5メートルはある。


 それにこいつは真上から現れた。上の階の床を粉砕して現れたのだ。


 昔話に出てくるまさに"赤鬼"という姿を見れば、誰もが恐怖するだろう。


 次元が違う。話にならない。


「まったく天下の『太陽都市サンサイド』と聞いて出向いてみれば……ただデカいだけの都市ではないかぁ?」


 なんとも退屈そうに言う赤鬼。恐怖を無理やり押さえ込み、なんとか接触を試みる。


「お前……は?」


 震える声。誰もが怖がっているのがわかるであろう。


 それでもこれが今自分に出来る精一杯だった。


「我が名は太陽都市たいようとし殲滅作戦せんめつさくせん隊長『悪鬼アッキ』 魔王様の命によりこの街を殲滅しに参った」


 その上こいつは今戦っている魔王軍の隊長だと名乗る。


 なんということだ。俺はすでに詰んでいて、こいつは俺に王手にをかけに来たのか。


「さあ剣を出せ! 伝説の英雄の実力がどれほどのものか見せてみよ!」


 そう言うと持っていた金棒をリンに向ける。


 まるで野球でもするかのように向けられたその金棒。このまま野球で決着という平和な解決法を提示したいが、聞き入れてくれる様子は無い。


 そして見逃さなかった。金棒の先に、血の跡が付いている事を。


 まだ、新しい血の跡が残っている事を。


 それを見れば嫌でも理解する。させられる。何人死んだのか、何人『コイツ』が殺したのか。体が赤いのも、体色だけでなく"血"も混じっている事も。


 殺らなければ殺られる。だがそれは、あまりにも不可能な事だった。


(死ぬ思いをするのも……これで二回目・・・か)


 諦めて戦う構えをするがやる気はない。


 当然だ。勝てるわけがない。なら全力で挑むのはあまりにも馬鹿らしいことだ。


「……なんだその構えは?」


「お望み通り戦ってやるんだよ 感謝しろ」


「そうではない! なんだその構えは! お前には戦う意思がないのか!?」


「勝たせてくれるなら考えてやるよ」


 バトラーに貰った仕込み刀の杖を抜き、刃を鬼に向ける。


 だがそこには勝とうと言う意思はない。形だけの構えなのだ。


「──失望したぞ大英雄! もはや首を取る必要もない!」


 そう言って鬼は金棒を一振りすると、その風圧だけでリンの体を吹き飛ばす。


 そのまま窓から外に投げ出されると下の階のベランダに落ちた。


 高さはそこまでなかったが窓が割れた時の破片が身体中に突き刺さる。


 どれも致命傷ではないが、どちらかと言えば早く楽にして欲しいかったところだ。


「ただでは死なさん ジワジワとなぶり殺しだ」


「お手柔らかに……頼むよ」


 身体が動かない。 動けたところで立つ気力はない。


 だが、死を覚悟していたリンに対して悪鬼アッキと名乗った鬼が言った言葉が、心に火を灯す。


「これではさっきま殺してきた騎士達の方がまだ殺し甲斐があった」


 その言葉にさっき殺された騎士のことを思い出す。理不尽に殺された彼の顔をだ。


 他にもたくさんの人が死んだのだろう。俺の言葉で勇気を貰っていた騎士達はどうなったのであろう。


 何もしてやれなかった。何もできなかった。


 助けを求めていたのに、ただ見ていることしかできなかった。


 俺のせいで、死んだ。


「……何のつもりだ?」


「ご期待通りに戦おうとしてるんだがな……何か違ったか?」


「その身体でか?」


 手にしていた杖を、本来の用途で扱う。そうでもしないと立っていられないからだ。


 身体中からボタボタと血液が流れ、目には生気がない。


 悲鳴を上げる身体。もう限界の状態だった。


「杖代わりにしていては剣をとしては扱えんな」


「見ての通り」


 悪鬼アッキは無言で蹴りつけると、骨が砕ける嫌な音がする。


 骨も、借りた杖も折れた。思っていたよりも痛くないのは痛すぎるせいか。


 流石に無理だ。今ので心も身体も砕けた。頭が真っ白になっていく。


「くだらん男だった 今すぐここで死ね」


 悪鬼アッキが金棒を振りかぶると、その場が爆炎に包まれた。


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