16-3
城と城壁との間には、石畳の広場が用意されている。
普段は馬車の回転場としての利用が主であり、特定の商人や侍従、メイドたちをのぞいて、民たちが訪れることはそうそうない。
しかし催事、とりわけ王族にまつわる催しの折には、民たちにも開放される。
王位の継承。国にとっての大きな節目である、今日この日。
広場にはすでに人だかりができようとしていた。
玄関を出たサムワンの目の前には、頭、頭、頭。
帽子、スカーフ、頭巾、様々な被り物。
玄関から伸びる石段の上から、色とりどりの頭が見えた。
パレードも盛りのはずだが、今度の王がどんな男なのか、みな気になって仕方がないらしい。
サムワンはため息をつきつつも、石段を降り人混みをかき分けることにした。
普段なら乗れるはずの馬車も、この日ばかりは城門の外に出なければ、乗ることができなかった。
城門の外には、数十の馬車が停まっていた。
来賓の貴族を乗せてきた馬車だった。
仕事もひと段落したとあって、御者たちは昼寝をするなり、談笑するなり、思い思いの時間を過ごしている。
サムワンは馬車と馬車との間を通りながら、迎えの馬車を探した。
彼を待つ馬車は、並びのちょうど中程のところにあった。
御者台にはすでに男が座っている。
若い男だった。彼は緊張した面持ちでサムワンを認め、軽く会釈をした。
「護衛たちはどうした」
馬車の周囲で待つように、護衛たちには指示を出していた。
しかし、見たところ護衛の姿は見えない。
首を左右に動かして、あたりを見ながら、サムワンは御者に尋ねた。
「さあ、私は何も」
御者は緊張した声で答えた。
「ここで待つように、言われただけですので」
「護衛に言われたのか」
「は、はい」
「そうか」
おおよそ、そこらへんで仕事をサボっているのかもしれない。
見つけたら、一応忠告だけでもしておこう。
そうと決めると、サムワンは顎を撫で、改めて御者を見た。
「ええ。いつでも」
御者の言葉の語尾が裏返った。御者は恥じるようにうつむいた。
「そう緊張しなくたっていい。君は君の仕事を全うすればいいんだ」
「は、はい。ありがとうございます」
サムワンは苦笑した。
緊張が彼の手元を狂わせないように。
サムワンは心の中でそう願った。
御者は地面に降り立つと、サムワンの前を歩き、馬車の戸を開いてくれた。
サムワンは微笑みを浮かべ、タラップに足を乗せた。
ふと、彼の鼻を嫌な匂いがなぞった。
血の匂いだ。
顔をあげると、サムワンは目を細めた。
向かい合うように配置された、2人がけの座席。
片方には折り重なるように倒れた、2人の男。
もう片方には、サムワンをじっと見つめる男。
どちらも見覚えがあった。
倒れている方はサムワンの護衛だ。
そしてもう片方の男は、ジム・フランコ。
ジョナサン・ビルゲートの元から奪い取った、もとい引き抜いた暗殺者である。
「お乗りください」
ジムは赤く濡れた短刀を、サムワンの首筋にあてがった。
サムワンは半歩背後へと退いたが、彼の退路は凶器によってたたれてしまった。
サムワンは身じろぐ暇もなく、冷たい感触に背筋を凍らせた。
まじまじとジムの顔を見る。
ジムの顔を彩る赤黒い液体は、おそらく護衛たちの返り血だろうか。
不快であるはずだが、ジムの表情はぴくりとも動かなかった。
「仕事を任せていたはずだが」
「ええ、きちんと終わらせてきました」
「それはよかった。で、これは一体どういうことだ」
「乗ってくだされば、お話いたします」
ジムは隣の空席をポンと叩いた。
そこに座れというのだろう。
向かいの席は、すでに先客がいる。
座るとなれば、彼の隣以外にない。
サムワンはちらと横に控える御者を見た。
サムワンと目を合わせた彼は、気まずそうに視線を外した。
どうやら彼は、ジムの存在を承知していたらしい。
その上で、サムワンをここへ案内したと。
どうやって説き伏せたかは、容易に想像ができた。
あんな血塗れの男に詰め寄られたのでは、根をあげない方がどうかしている。
許す許さないを別にすれば、この御者を多少なりとも哀れに思えた。
「乗ることで私の安全は保証されるのかい」
ジムは答えなかった。
サムワンはあざけるように、わずかに鼻で笑った。
今、自分が口にした質問が、いかに無意味なものか。
彼はすぐさま悟った。
「お乗りください」
ジムからの再三の注文に、ついにサムワンの足が動いた。
馬車に乗り込み、重々しく座席に腰を沈める。
御者はそれを見届けると、静かに戸を閉め、急いで御者台へと向かった。
手綱が空気を切り裂く、乾いた音。
馬がいななき、馬車がゆっくりと進み始める。
「こんなことしてどうなるか、わかっているんだろうな」
「ええ、十分に」
ジムは淡々と、けれど揺るぎない意思をもって答えた。
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