十四章

14-1

 カタリナの捜索は依然として行われているが、その成果は芳しいものではなかった。


 フィリップのアパートを捜索した。

 だが、彼女の痕跡はおろか、フィリップのものらしいものは何もなかった。

 まるで捜索を予期していたかのように、きれいさっぱりに片付けられていたのだ。


 彼が到着した時には、綿ぼこりとカビの匂いだけが残され。

 家具はおろか人の生活の気配が、根こそぎ消し去られていた。


 ジョナサンは折れることなく、周辺のへの聞き込みを開始。

 その甲斐もあって、カタリナが広場へと向かって行ったことがわかった。

 アパートからそう遠くない。

 広場の周辺で聴き込むと、少女が数人の男たちに囲まれていたと、浮浪者からの証言を得ることができた。


 捜査は順調に思えた。

 しかし、情報は広場より先には広がらなかった。

 男たちがカタリナを連れてどこへ消えたのか。

 肝心な部分が、闇の中に沈んだままになった。

 そして、それは今も続いている。


 ジョナサンの苛立ちは、日増しに高まっているようだった。

 職務権限を縛られているため、普段のような調査をすることができない。

 そしてつい最近。

 彼が命令に反して調査に乗り出していることが、エリック・オズワルドの耳に届いてしまった。


 エリックはより厳重にジョナサンを縛りつけるため、監視を彼の周囲に立てた。

 5人の監視は交代でジョナサンを見張り、彼の一挙手一投足を観察した。

 この監視によって、彼の両手足は完全にもがれ、捜索がより困難なものになった。


「全く、勘弁して欲しいですよ」


 兵士は苦笑をもらし、肩を竦めた。

 監視がついて以来、ジョナサンの苛立ちは日増しに高まっていると言う。


 怒りは殺気になり、その余波は他の兵士たちにも広がっている。

 ジョナサンの怒りが雷のように、不意に飛来するのではないか。

 普段よりも落ち着かない中で、仕事にもろくに手がつけられないと言う。

 彼らの苦労を考えれば、心中を察するばかりだ。





 捜索からまる2週間。

 カタリナが失踪してから3週間近くがたった頃。


 ジョナサンのもとへ思いもよらない報告が舞い込んできた。

 それは、カタリナらしい少女が、とある建物へと運び込まれたというものだ。

 

 現場は郊外のエトムという街からのものだった。

 一昔前までは旅人と商人によって栄えた街だが、いわゆる時代の流れに飲み込まれ、今ではすっかり寂れてしまっている。


 ジョナサンの元を訪れたのは、そこに居住しているという、年老いた老夫だった。


 彼は土地で牧場を営んでおり、つい数週間前に、彼女と男らの姿を目撃していたというのだ。


 カタリナの外見の特徴を伝えると、老夫は間違いないと、確信を持って答えた。


 騎士団は一気に活気が戻った。

 長らく途絶えていた情報筋が、ついにつながったのだ。

 これでカタリナ救出に、また一歩近くことができた。


 団員たちの喜びようとは裏腹に。

 とうのジョナサンの表情は固かった。

 突然現れた情報。

 それを届けた怪しげな老夫の姿。

 2つの奇怪な事象が、ジョナサンの中で結びつかないまま。

 疑念となってたゆたっていく。


 確かめる価値は十分にある情報。

 しかし、軽率に飛びついていいものか。ジョナサンは判断に困った。


「それで、自分のところへ」


 リハビリを終えて汗を拭きながら、俺はジョナサンに言った。

 見張り連中を巧みにやり過ごし、彼は俺の前にやってきていた。

 彼のとった方策は、古典的だった。トイレに行くふりをして、行方をくらます。

 単純で使い古された言い訳だったが、古典だからこそ、連中は騙されたのかもしれない。


 連日の疲れが溜まっているのか。ジョナサンの顔色はあまりよくはなかった。

 目元にはくまが浮かび、口の周りや顎には無精髭が目立つ。

 制服もシャツもシワが寄っていて、くたびれている様子がある。

 しばらく家に帰っていないということだが、その形跡は彼の顔や服装に現れていた。


「頭は1つより、いくつもあった方がいいだろ」


 眉間に作った深い谷間を、2つの指で揉み解す。

 谷間はうねり、形を変え、さらにシワを深くしていく。


「その農夫ってのは、いまどうしているの」


 ヴィオラは紙袋に手を突っ込みながら言う。

 取り出したのは、薄く切られた芋のフライが入っていた。

 彼女は1枚を指の間に挟むと、口の中に放り込む。

 ぱりぽりと軽快な咀嚼音を響かせて、ヴィオラは満足そうに頬を歪ませた。


「うちで管理してる宿舎で待機してもらってる。大人しいものさ。今のところトラブルらしいトラブルは起こしてない」


「そいつの裏は」


「何も。ベン・グリファー。ペトムに住む牧場主。本人の口から聞いた以上のことは、何もない」


「ふーん、そう」


 つまらそうに言いながら、ヴィオラは芋を口に運んだ。


「裏で手を引いている奴がいるかもしれない。が、それを確かめるには、材料が少なすぎる」


「あのエリックとか言う男をふんじばって、いろいろ聞き出せばいいのに」


「お前のあやふやな証言を武器にか。バカ言え」


 ヴィオラの口にした証言は、一考には値するものだ。

 エリック・オズワルドの正体がブロクソスの親玉。

 犯罪を阻止するはずの男が、率先して犯罪者たちを率いているとすれば、相当なスキャンダルになるはずだ。


 だが、ヴィオラの証言だけを武器にするには、あまりに弱い。

 エリックを追い込んだところで、しらばっくれるだけの余白はある。


 他人の空似。人違い。あるいは勘違い。

 あらゆる可能性と間違いを駆使して、煙に巻くだろう。


 何よりヴィオラ自身も、自分の目に確証を持つことができないでいる。

 確かに似ていたが、何かが違う。

 非常に似ている他人。

 そんな不確かな疑念が、彼女の証言をさらにあやふやにさせていた。


「そうね」


 仕方がないと言いたげに、ヴィオラは肩をすくめた。


「嘘か本当か。それとも罠か。確かめるには、行ってみないことには何もわからないだろうさ」


「問題は誰が行くか。でしょ」


 ヴィオラの言葉に、ジョナサンはぴくりと眉を動かした。


「そのために、ここに来たんじゃないの」


 ヴィオラの言葉は、まるで急かすようだった。

 ジョナサンは舌打ちをつくと、彼女に向けた顔を、ゆっくりと俺の方に向けてくる。


 言わずともわかってる。

 だが、彼は責任をまっとうするように、口を動かした。


「行ってくれるか」


「ご命令とあれば、すぐにでも」

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