8-5

 ドミニクが立ち去ってから、ほんの数分後。

 部屋の前に足音が止まった。

 聞こえていた足音は四つ。俺はドアの影に隠れ、息を潜める。


 施錠を解いて、ドアを開かれた。


「……おい、いないぞ」


 動揺する男の声。

 そして慌てて、一人の男が入ってくる。

 もう一人が入ってくる、その瞬間。

 開かれたドアにぶつかり、勢いよく閉めた。

 足を踏み入れた男は、強く額をぶつけ、タタラを踏んで廊下に出る。


「野郎……」


 ドアを閉め、二人の男を外と中に分ける。

 中にいる男は、手にナイフを握りっていた。

 それを振り上げると、首めがけて振り下ろす。

 半身でそれを避けると、踏み込み、肩で男の体を突き飛ばす。


 男は数歩、背後へと退く。

 距離が空いたところを狙い、体を回転。回し蹴りで男の顎を打ち抜いた。


 男は白目を剥いて倒れる。

 それを見送るまもなく、ドアが開き、鼻血をたらした男が入ってきた。

 怒り心頭の様子で、顔を紅潮させている。

 手には抜身の剣。乱暴に振り上げると、怒声と共に切りかかってくる。


 わずかに体を逸らし、男の剣で縄を斬りつける。

 微かに胸を斬られたが、かすり傷程度だ。

 それと引き換えに縄がはらりと落ち、体の自由が利くようになった。


 振り下ろした剣が床に当たり、硬い音を立てる。

 男は脇腹を狙い、剣を振り上げる。

 俺が後退して避けると、背中に硬い感触を感じた。

 見れば、それは壁だった。


 男はしめたと思ったか。

 天高く剣を立てて、勢いよく振り下ろしてくる。

 とっさに足元にあった鎖を手に取り、額の上に掲げる。

 ぴんと張った鎖が、たわみながら、剣を受け止めた。

 そして素早く男の懐に入り込み、鎖を男の首に巻きつける。


 苦しげにうめく男。

 すかさず背後に回り込み、背中を蹴り付け、さらに締め上げる。

 男の首から聞こえた、骨の折れる音。

 それとともに、男は力なく膝をつき、床に転がった。

 鎖を解くと、男の首の骨が外れていることがわかった。


 鎖を手放し、剣を拾い上げる。

 ドアを開け、廊下の左右を確かめる。

 人影はない。

 壁には燭台がかけられ、薄明かりで廊下を照らしている。


 廊下に出て、ドアを閉める。

 それから忍足で廊下を進む。

 目の前から人の気配。

 曲がり角。そこから革靴を履いた足が現れる。


 足音からして、曲がり角の先には一人だけ。

 靴。足。そして手と胴体が見えてきたところで、俺は素早く廊下を蹴った。


 現れたのは、赤髪の男。

 俺を見て赤髪はギョッとした目つきに変わる。

 叫び声を上げようと開かれる口。

 その口を俺は手で塞ぎ、そのまま赤髪を背後に壁に叩きつける。


「抵抗すれば死ぬ」


 赤髪の首筋に剣を当てる。

 冷たい感触に、赤髪の顔色は青ざめ始める。

 剣と俺とを交互にみながら、小刻みにうなずいた。


「ヴィオラ・レジーヌはどこにいる」


「そ、そんな奴は、知らねぇ」


 剣を赤髪の首筋から放す。それから切っ先を、男の太腿に突き刺した。

 赤髪の口から呻き声が漏れる。脂汗が額から溢れ、目は左右に泳ぐ。


「どこに、いるんだ」


 いいながら、さらに奥へねじ込む。


「答えろ」


「こ、ここを真っ直ぐ、行って、すぐにところ。階段があるから、そこを降れば、いるはずだ」


 赤髪の震える指先が、廊下の先の暗がりを指す。


「なぁ、頼む。助けてくれ」


 赤髪の潤んだ瞳が、慈悲を求めて俺に向けられる。

 腕を赤髪の喉元に当て、壁と腕とで首を挟む。

 苦しそうにうめく赤髪。

 口角からよだれを垂らし、やがて力なく俯いた。


 気絶した赤髪をそのままに。

 赤髪の腰から剣を取り、廊下の先を目指す。

 赤髪の言った通り、廊下の先には下へと降る階段があった。

 壁際により、階段下を覗き見る。


 冷たい風が地下から吹き付ける。

 人の息遣い、足音。人間の立てる物音は、何一つしなかった。


 足音を殺して階段を降りていく。

 まっすぐに降る階段は、途中で右に折れている。

 そこから揺れる明かりが漏れでていた。


 壁に背中を預け、中を覗く。

 天井からぶら下がったランタン。

 照らされた部屋中は、血の匂いと汗。人間の体液の匂いが充満していた。

 

 部屋のあちこちに、血糊らしき黒いシミが散らばっている。

 壁際のテーブルには拷問器具らしい道具がいくつか、並んでいた。


 その中にポツンと置かれた椅子に、ヴィオラは座っていた。


 ひどい有様だった。

 傷だらけの体。千切れた衣服の破片。

 身体中は赤と黒の色に染まっている。

 わずかに動く彼女の胸が、ヴィオラがまだ生きていることを知らせている。


「まだ、生きてたか」


 ヴィオラはわずかに顎を開けた。


「……馬鹿ね」


 小馬鹿にするように、彼女は頬を緩めた。


「なんで来たのよ」


 俺は駆け寄り、彼女の背後に回る。

 両手を縛る縄を切り裂く。


「私なんて、置いてきゃ、いいでしょ」


「借りを作ったまま、性に合わないだけだ」


 それから前に周り、彼女の足を縛る縄も切り裂いた。


「昔は、平気で、置いていったくせに」


「昔は昔だ。今は違う」


「どうだか」


 寄りかかるヴィオラの身体を受け止め、両手で抱き抱える。

 部屋を出て行こうとした矢先。階段から足音が聞こえてきた。


「タイミング、最悪ね」


 ヴィオラが呟いた。

 彼女を壁の近くに座らせ、背中をそっと壁に預けさせる。


「少し待っていてくれ」


「どこにも、行けやしないわよ」


 頬を歪め、皮肉げに笑って見せる。彼女らしい、笑い方だ。


 階段を降りて、足音が部屋に入ってくる。

 姿を現したのは、坊主頭の大男だ。

 チェックのシャツ。カーキー色のズボン。

 膝近くまである長いエプロンには、赤い血がベットリとついている。


 大男は俺を見ると、驚いた様子もなく、手を腰に回す。

 さらりと金属が擦れる音。彼が抜いたのは、太い肉切り包丁だ。


「気味の悪い奴だ」


 剣を握り、大男と向き合う。

 大男にたりと黄ばんだ歯を見せると、肉包丁を振りかぶった。

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