第8話 疾走

ㅤㅤㅤㅤㅤ―― Side なつ ――



「――ねえこう


わたしが誰を想っているかを伝えないと。


わたしは立ち上がって一人掛けソファーに座るこうに歩み寄った。


「他に好きな人なんていなかった」

「え? でも彼は?」

「何となく気になってただけ。それよりもっと気になるのが目の前にいたから」

「?」


わたしは屈んで、ソファーに座るこうと目線を合わせた。

少し前まで “致していた” 事で彼女から僅かに漏れ出る発情した女性の残り香が、どうしようもない衝動を掻き立てるのをぐっと抑える。


私と目が合うと、こうの頬の赤みが増す。

付き合ってる時何度も見た顔だ。

それでも付き合う前までは見せなかった顔。

その反応だけで自分がどう思われてるか、今なら解る。


気が緩んでいるのか、隠し通してきた鉄壁の仮面が外れ、今更ながら僅かに、本当の意味で素の状態を晒した。


今までも私の前で素の状態だったと思うけど、恋愛感情を隠し通していた意味ではまだ全部じゃなかった。

それも仕方ないだろう、どれ程幼馴染で親友だろうと、個人の奥底は誰にも晒さないものだ。

勿論わたしにもある。

その晒してこなかった部分に張られた幾つもの防御線。

多分今までずっとこうが守ってきたその内の一線をわたしと付き合った事で外し、別れてまた張り直した。

それが緩んでいるんだろう。


 今まで鉄壁すぎやしないか?


私が近づいてきた理由が解らず困惑しているこうは、恥ずかしがり頬を赤らめながらも不安の色をたたえて見返してくる。


わたしに向ける反応が可愛くて異常なほどに愛おしい。

尋常でないほどドキドキと心臓が煩い。

普段着の、僅かに着崩れた隙間から見える鎖骨にむしゃぶりつきたくなる。

押し倒しそうになるのをありったけの理性で抑える。


自分がここまでエロかったかと正直驚いた。

彼氏との “その先” を想像した時何も感じなかったのに。

男性彼氏のフェロモンでなく女性香子のフェロモンに反応するなんて、もうどうしようもない程、わたしは彼女香子に惚れているのだろう。

先程の “ドアの前であった事” で身体がうずいているのが何よりに証拠だ。



そして今更自分の気持ちに気付くなんて、鈍感過ぎだ。

だからこうの気持ちにも気づいてやれなかったんだもんな。


わたしは苦笑した。




そういえば、結局こうが男子と付き合いだすという話しではなかった。


こうは今でもフリーだろうか。

こうを誰かに取られたくない。

今更ながらに気付いた自分の気持ちに素直になろう。


わたしはこうの目を見据えて聞く。


「――ねえこう

「・・・何?」

「キスをしたいって言ったらどうする?」

「え? 彼氏と?」

「なんでこの状況で彼氏が出てくるかな?」

「付き合ってるから?」

「・・・・・・、そうだけど。今この状況じゃ、どう見てもこうとでしょ」

「私と? 誰が?」


まだ解らないのか。

一度失敗しているからそっちに考えないようにしているのかな。


「わたしと」

なつと? 私が? 何で? あ、好きでなくても出来るかどうか試したいとか?」

「いや、・・・・・・したいから、って言ったら?」

「――え?」


こうは眉根を寄せて困惑している。

ダメだ、この顔。

こうの中では私は彼氏を好きだからその選択肢が無いんだ。

いやもう一つ懸念材料があった。


「もしかしてこう、誰かと付き合いだしたとか?」


 彼氏が出来たからわたしとしたくなくなったか、不誠実だからしないと思ってるのかも。


「いや誰とも付き合ってないけど・・・・・・」


よし!

付き合ってないって!

ならもう決めるしかない!

もうハッキリ言うしかない!


こう、聞いて。わたしは自分の気持ちが今の今まで解らなかった。触れたいかどうか、したいかどうか、もっと単純に、キスしたいかどうかを考えた。そうしたら解った。わたしは彼氏とはしたくない。でもこうとはしたい。この気持ちは恋だと思うんだ。ハッキリ言うよ。わたしはこうが好きだ」

「――え」



こうは目を見開いてわたしを見ている。


 ここで畳みかけないでは女が廃る。


「だからわたしは、こうと、キスがしたくなった。良いよね? して」

「そ、それって唇同士でって事?」

「そうだけど」

「――あ、う・・・・・・」


こうは顔を赤らめて俯いてしまった。

逃すものか。


「それともこうはもうわたしの事好きじゃない?」

「そ! そんな事・・・・・・ないけど・・・・・・」


なんだか歯切れが悪いな。


「好き・・・・・・だけど」

「ならキスして良いよね?」

「それはダメ、だよ」


まさかの拒絶!

こうもわたしが好きなのに?


なつ、彼氏さんと付き合ってるんでしょ? なのに他の人としたら不誠実だよ」


そうだった。

彼氏・・・・・・、忘れてた。

わたしの中で勝手に終わらせてた。

でもこんな時まで誠実を問うなんて、なんだかんだとこうは律儀で真面目だ。


ここは強く押して強引にキスを了承させてしてもこうの事だから後々に引きずるだろう。

さっきもなんだかんだと引きずって謝ってたし。


キスどころかむしゃぶりつきたい衝動をどうにか抑え込む。

何とかお互い話をすり合わせて誤解? を解いて、わたしがこうを好きなのを解って貰う。

なぜか何度もわたしの気持ちを疑うこう

最初の過ちで不安にさせてるのはわたしだ。

不安を一つ一つ取り除かないと。


てか、わたしも不安なんだけど。


「と、兎に角! 気を使ってるとかじゃないから! 彼氏の事は好きじゃなかった。なんとなくいいかなって思ってただけで。それで付き合うのは、ふ、不誠実だと思う! だからキチンと別れる、それは私の為であり彼氏の為でもあると思うから」

「えっと、解った」

「それより、こうも他の人と付き合わないでね」

「??」

こうは知らないみたいだけど、こうって結構男子から人気あるんだよ?」

「えー?」


こうが苦笑する。

あまり信じてない反応だ。


「兎に角、他の誰にも譲らないから」

「う、うん」


こうは戸惑いながらもはにかんで笑った。


心臓がドキンと脈打つ、めちゃめちゃ可愛い。

今日はこれで我慢しよう。



う~ん、こうの真面目さにお預けを食らう形になった。

それが悪いわけじゃないけど。

残念。


でも本当に真面目だな。

こうの気持ちに気付けなかったのは、こうが徹底的に隠していたからかもしれない。


私が鈍感なのもあるけど。



ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ≫≫≫≫≫≫



翌日わたしはいつもと同じように待ち合わせた彼氏と学校に登校した。

ただ学校に着いてから別れを切り出した。


何度か「なんでだ」と、食い下がられたし、最後には「お前が俺を好きだと聞いたから付き合ってやったのに」と、上から目線の言葉もいただいたけど、他に好きだと自覚した相手がいる、と別れを切り出したのはわたしからだからグッと堪える。

不服そうではあったけど聞き入れてもらった。



ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ≫≫≫≫≫≫



放課後、こうと下校する。

約一月ぶりだけど凄く久しぶり感じがする。



こうには彼氏と話し合って別れた事を報告した。




そして、確認するまでもないけど、こういうのはキチンと言葉にしないと。

今度はわたしから。


「・・・・・・それで、恋人として付き合ってください!」

「こちらこそ宜しくね」


これは本当に勇気いるね。

前回こうはもっと凄く不安だったろう。

こうは凄いな・・・・・・。




帰り道、どちらからともなく手を繋ぐ。

恋人繋ぎで。


なんとなく会話がなく二人無言だったけど、胸がジワリと温かい。


こうの家まで来た。

このまま行けばお互い帰るだけだけどそんなの嫌だ。


こう、今度こそ、キスしていい?」

「う、うん」


わたしからするのは初めてだ。

こうの肩をつかんで顔を寄せて唇を重ねる。

それだけじゃ物足りなくて少し強く押し付けてみた。

もっと、もっとやりたい。

けどどうすればいい?

例えば “ 深いキス ” って何だ?

どうやるんだ?

自分の知識のなさがもどかしい。


あーでもこのままでも気持ちいいなー。

こうの唇凄く柔らかい。

ずっとしてたい。


どれぐらいしてたか解らないけど、何処からともなく香ってきた夕飯の匂いに顔が離れた。

私の家では母が夕飯を用意しているのですっぽかす訳にはいかない。


「あーと、一旦家帰って夕飯食べて風呂入ったらまたこうの家に来ていい?」

「あ、うん。良いよ」

「じゃー帰るわ。またな」

「またね」


約束を取り付けてこうと分かれて家に帰った。

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