89話「ハーベスタン王国にて」
アルマー大陸の港区域に行くと、そこには人も魔族も誰もいなかった。先日のモンストールの群れの侵攻から逃げ出したことが原因だろう。よっぽど慌てていたのか、商品の船もいくつかそのままでいる。
このまま借りパクしようとしたが藤原に止められたので、金を置いて十数人は乗せられる船を購入した。
俺、アレン、セン、ガーデル、ルマンド、ギルス、そして藤原。うーん、旅メンバーにしては多いなやっぱ。俺はゾンビだから食う物には困らないから平気だが、他の皆はそうはいかない。毎度宿と食べ物に気を配らなければならない。
「あんた、お金の持ちようはどうなんだ?アレンはそれなりにはあるから問題無いが。この先の旅がどれだけ続くかは不明な以上、蓄えが無いとキツいぞ?」
「それなら問題無いわ。ドラグニア王国からも任務で滞在していたハーベスタン王国からもかなり支給されたから当面お金の心配は無いわ。他の皆の為にも使うだけの分もあるし。………それより」
藤原は少し寂しそうな顔を向ける。
「その、私の呼び方…。あんたって言うのはちょっと距離を感じるなぁ。せめてまた“先生”って呼んでくれない?」
「………先生、ね。俺にとってクラスの連中とは縁を切ったつもりだ。もちろんあんたもその一人だ」
「甲斐田君…」
「でも今はあんたは旅の同行者だ。他人ではない。だからまぁ……藤原でどうだ?」
「苗字呼び捨てかぁ…。もう先生って呼んでくれないんだね」
「………俺はもう3年7組の生徒じゃねーから」
それきり藤原との会話は途切れ、アレンと話しながら海を眺めていた。
航海途中(船の速度に藤原は驚嘆していた)はやっぱり魔物やモンストールが出現して襲い掛かってきたので戦闘もあった。その際に藤原の実力を測ってみた。
「―――“
藤原が持つ魔法杖(彼女の場合、回復魔法の杖とも言う)から濃密な魔力で生じた炎熱と光の複合魔法が放たれ、モンストールを数体同時に灰にして消した。
「ミワの魔法の威力…凄い。なんて高い魔力なの!?」
「確か彼女は回復術師だったよな?どうなってんだ?」
「バリバリ魔術師じゃんか!なのに回復術師!?」
センとガーデルとギルスが藤原の魔法攻撃を見て仰天していた。
「凄いね、コウガの先生だったミワは。魔法合戦ならルマンドといい勝負できそう」
「そうだね…。思わぬライバルの登場かな。頼もしくもあるけど」
アレンとルマンドも藤原を高く評価していた。
「さすがは異世界召喚された中の年長者。ヒーラー枠に留まらず主戦力にもなれてる。アレンたちも褒めてるぞ」
「年長者って言い方なんか嫌だなぁ。私まだ新卒の歳なんだよ?」
そんな感じで、Aランクの敵が出てこようと難無く撃退して船を進めていく。
戦闘を挟んだことで緊張やシリアス空気が解けたのか、藤原は俺にやたら話しかけてきた。主に自分がどんな敵と戦ってきたか、どんな固有技能を得たかを、こっちが質問したわけでもないのにたくさん喋ってきた。
さらには何故か俺の恋愛事情についてたくさん質問してきた。クィンとは何も起こらなかったかとか、ミーシャについてどう思っているか、さらには何故か高園縁佳についてまで聞いてきた。
話を聞いたアレンが自分が俺の一番だと主張して乱入してきたものだから話が大きくなってしまった。アレンのことを聞いた藤原が何か色めき立ってきたところでめんどくさくなった俺は彼女から離れた。
そんなこんなで、日が沈む前にはオリバー大陸に到着して陸地を渡り、夜にはハーベスタン王国に入国した。
藤原が先頭に立って門番に話しかけると、門番は彼女に敬礼で挨拶をして、俺たちの入国を許可してくれる。
どうやら藤原は先の滞在任務でハーベスタンでは有名人となっているそうだ。顔パスで入国出来るくらいに。
ハーベスタン王国。この国はドラグニアやサント、イードといった他の大国と比べて見た目が変わっていた。国へ入る為の門を起点に堅牢な石壁がぐるりと展開されていて、上には東京ドームの屋根のような天井が造られており、この国を包むような形となっている。こんな造りじゃ洗濯物が乾きにくいだろうなぁ。人間だって日光を浴びないと不健康になるって言うし。
何でこんな造りなのかと呟くと、藤原が聞いた話だと三年程前からモンストールの侵攻を防ぐ手段としてこの国には「魔力障壁」が纏った石壁が設置されるようになったとか。他の大国と比べてここハーベスタン王国はモンストールの被害がいちばん深刻だったのが原因だからそうだ。
「まるで要塞の国だな。よほど追い詰められていることが分かる。人族の大国の中でここがいちばん深刻な問題を抱えている…か」
「私も同じことを思ってたわ。けど、数日前に私が国周辺のモンストールを全て討伐したから、今は平和な方、だと思うわ…」
「平和、ね…」
魔人族と遭遇した今では、そんなのは表面だけの平和だとしか思えない。そう考えながら、夜時間になったが国内観光をしていく。藤原が色々案内してくれたので国の名産物や観光スポットはすぐに分かり、国の造りの割には街並みや治安、施設は過去に訪れた大国と変わりないものだった。
その代わりに注目したのが物ではなく人だった。
「亜人族か。初めて見た」
「ええ。亜人族国“パルケ王国”と友好同盟を結んでいることがあって、この国には亜人族も暮らしているそうよ。パルケ王国にも人族が暮らしているって聞いたわ」
「………………」
俺と藤原が話している一方で、アレンはすれ違う亜人族を見ては複雑そうな顔をして黙っていた。センたちも似た表情だ。そういえば鬼族は亜人族とは敵関係だったな。何度も争ったことがあったらしい。しかも魔人族(ネルギガルドとか言ってたっけ)に里を滅ぼされてそこから逃げ延びたところに亜人族に追撃されたんだったな。そういうことがあってアレンたちにとっては亜人族を見るのは面白くないってわけか。
「もう遅いし宿をとろうか。同時に食事もしよう」
気を遣って観光を止めて宿泊先へ行くことにした…が、その前に航海途中で討伐した魔物から剝ぎ取った素材を冒険者ギルドへ換金しに行く。
サントやイードより少々古びた造りのギルドへ入り中を軽く見回す。左手に受付兼換金所、右手にはパーティの集会所、奥は武器屋となっていて、酒場は無い造りになっている。
ギルド内ではとある話題で持ち切りだった。ドラグニア王国滅亡とそこにいた救世団メンバー全滅のことである。聞くからに国を滅亡させたのは魔人族ではなくてSランクモンストールの群れによるものだということになっていた。魔人族のことを世に流すと民が混乱と不安に陥ることを恐れたのだろう、ミーシャあたりが情報を規制させたんだな。
冒険者どもの雑談を聞き流しながら受付のところに行き換金交渉に入る。
「冒険者のオウガだ。素材の換金を頼む」
「同じく赤鬼。これも換金お願い」
「………えっ!?」
俺が冒険者名を名乗るとギルド内がざわついた。そして後ろにいた藤原までもが驚愕の声を上げた。
「何であんたも驚くんだよ?」
「あの冒険者オウガって、甲斐d…」
「バカ!ここで実名で呼ぶな、お約束だろうが!」
「ご、ごめんなさい。それにしてもまさかあの新人ながら急成長した有名冒険者オウガと赤鬼が君たちだっただなんて…!」
藤原はやや興奮した様子で俺に詰め寄って話しかける。何かファン目線で見られてる気がした。
「私、オウガと赤鬼の活躍記事を読んでから彼ら……ううん、君たちのファンになったの!同じ駆け出しレベルだったのにあんな活躍をしてることに尊敬してたんだけど……そっか、君たちだったんだね…!」
藤原は何故か嬉しそうにそう言って微笑んでいた。とにかく彼女を押しのけて素材の換金交渉に移る。目の前にいる受付嬢は俺がオウガなのか疑わしい目で見てくる。しかし素材の鑑定を始めるとその目は驚愕に変わる。そういえばその素材は全部AランクかBランクのものだからな。ざっと50体分はある。受付嬢が他の職員を呼んで合計3人で鑑定を進める。
鑑定作業すること15分、信じられないものを見るような目をしながらギルド職員たちが鑑定結果を告げる。
鑑定結果:金貨150枚=150万ゴルバ。毎回戦闘する度にこういうことすれば、俺たちもう働かなくて良い身分になれるね!
とはいえこの分はセンたちや藤原の功績も含んでいるから彼女たちにここで報酬を分割する。金の整理が終わったところで受付嬢から今度は畏敬の感情を込めた目を向けられながら声をかけられる。
「あのぉ、この国のギルドでは、上位以上のレベルのモンストールを討伐した場合、特別報酬を出すきまりとなっております。討伐数が多いほどその質は高くなり、冒険者ランク昇格はもちろん、王国からの褒賞さらには土地や高い地位が与えられることもあります。
それで、今回の特別報酬ですが…まずは赤鬼さんの冒険者ランクがSランクへ昇格されます。オウガさんは、既にランク上限に達しているので、王国から褒賞が出ます。後で国王様にこの件を伝えますので、オウガさんは翌日王宮に………」
「えー?めんどくさっ。実は今回、俺は何もしてなかったんだよねー。ここにいる赤鬼と、後ろにいる彼女たちの功績だから、俺に対して何の報酬も出さないで良いよ。国王さんからの褒賞も要らないし。だから俺のことはなかったことにしてくれ」
「えっ!?あの……」
「じゃあそういうことで。赤鬼、Sランク昇格おめでとう」
「ん、ありがとう」
受付嬢にさっと背を向けて受付から去る俺を、アレンが嬉しそうな顔をしながら後に続く。
「オウガ君良いの?受付嬢さん困ってるよ?」
「良いんだよ。手続きめんどうそうだし。何よりも王族が嫌なんだよね。あいつら見下してくる奴らばっかだし」
「もう……!あの、ごめんなさい。彼は換金だけしにきただけだそうなんで」
藤原は受付嬢に一言謝ってから俺たちの集団に戻ってくる。
俺を先頭にギルドから出ようとしたその時、
「おい待てよモヤシ野郎!」
俺に対して悪意ある呼びかけをする愚物が現れた。
「………あ?」
扉から出ようとした俺たちのところに、180㎝はありそうな体躯をした男冒険者グループが数名近づいてくる。いちばん前に立っているのが俺をモヤシ呼びした奴だ。「鑑定」すると全員上位レベルの実力を持っている。
「お前みたいなガキがあの冒険者オウガだとぉ?そこの赤い髪の小娘も赤鬼って言ってたな?おいおいおい、ガキどもが何あの有名人たちの名を騙ってんだ!?」
またしてもこういった鬱陶しい絡みに巻き込まれるのだった。
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