35話「俺は自身のことを打ち明ける」


 「ところでコウガさん……あなたの体の秘密について教えてくれると、約束しましたよね?今教えてくれませんか?」

 「何かやらしい表現だな、体の秘密って」

 「どこがですか!?はぐらかそうとしないで下さい!」

 「冗談だ、空気を緩和させる為のな」

 「と、とにかく……あなたはいったい何者なのですか?」


 先程まで俺の行動について改善を求めてきたクィンだったが、今度は俺の体の謎について、という話題に変えてきた。

 クィンは俺のやり方・在り方に対してまだ納得がいっていない様子だが、そのことについてはもう蒸し返さなかった。説得はまだ諦めていないようだが。

 その代わりに、帰還途中でいつの間にか再生していた腕について説明するという約束の方に話を切り替えてきた。そういえば帰ったら話すって適当に返事してたっけ。

 

 「そうだなぁ………」

 「コウガさん?」


 これって、どこまで話して良いのか……迷うな。クィンに話すってことは、サント王国の国王や上層部にも俺のことが色々知られるってことになるんだよなきっと。

 果たしてありのまま全て話して良いのか…。


 「もしかして…私に話すことでサント王国に、世界中にコウガさんの秘密が知られてしまうことを恐れているのですか?」

 「よく分かったな。うんその通りだ。やっぱり報告するよな?」


 クィンは少し思案してから、いいえと否定する。


 「約束します。今は……コウガさんたちの旅に同行している間は、コウガさんが話してくれることは国王様には報告しません。コウガさんがそれがお望みでしたら安易に世間にあなたの秘密が漏れることはさせません」

 「ふーん?そう言ってくれるのなら………分かった。話すよ、俺の体の謎ってやつを」

 「ありがとうございます…!」


 旅の間ってのは少し引っかかる。旅が終わってクィンがサント王国に帰った時には、国王に同行中のこと全てを報告するってことだろうか。


 「だったら…さっきのいざこざのことはもう報告してたりするのか?」

 「それは………するべきことなんだと思いますが…。これから話してくれるのであれば、特別に今日の一件については報告を伏せておくことにしようと思ってます」

 「じゃあ話すわ。テメーとこの王国に色々悪印象を持たせるのは得じゃないかもだし。

 つーか気になったんだけど...」


 話している途中で、そもそもの疑問を聞くのを忘れていたことを思い出したので問うてみる。


 「何でそんなに俺のことを知りたがろうとするんだ?」

 「へ…?」

 「いや、帰り途中の時もそうだったけど、どこか必死に俺のこと知ろうとしてるようだからさ」

 

 単純な好奇心なのか何なのか、俺には分からないことだ。


 「………アレンさんは、コウガさんが何者なのか知っているのですよね?」

 

 クィンの問いにアレンはこくりと頷く。アレンには洞窟で俺の今までの境遇を全て話している。

 そういや何であの時アレンに話したんだろう?ま、いっか。


 「私だけ…コウガさんのこと何も知らないというのが、嫌だと思ったからです。ただそれだけ…。な、納得出来たでしょうか…?」

 「うーん?ま、とりあえずはそういう理由で納得するか。仲間はずれが嫌ってことだな、は」

 「えーと、それだけではないのですが……まあそうです」

 「?」


 アレンはクィンの反応を不思議そうに見ているが、俺には大体理解できた。特に裏があるってわけじゃないようだし、気兼ね無く話すことにしよう。

 おほんとわざと咳払いして真剣な話をする空気をつくる。クィンも真剣な態度をとって俺の方を見る。


 「まず最初に教えることだが、俺は一度死んでいる」

 「死んで…………え?」


 早々にクィンが予想外のことを聞かされたって反応をする。気持ちは分かるがここは続けさせてもらう。

 

 「死んで、その後原因は分からねーけど俺はゾンビっていう動死体として復活した。しかもこのように意思があって話すことも出来る状態でだ」

 

 クィンはしばし黙ったまま俺の姿を凝視する。死んでいることが信じられないといった様子だ。


 「本当に死んで……。確かに目や肌が普通の人族と違っている。

 っ!だからコウガさんからは何のオーラも、生気さえも感じ取れなかったのですね」

 「まあな。この体はいくら損傷しようが、バラバラにされようが、燃やされようが、しばらくすれば元の状態に戻ることが出来る。戦いで失った腕が再生したのもそういうわけだ」


 細胞残らず消されたら果たして再生出来るのか?そういった細かなことはまだ分からない。実験はしたくねーけど。

 

 それからゾンビや俺の今の職業についても軽く教えた。


 「ゾンビとは…初めて聞く言葉ですね。それが職業だってことも、今まで聞いたこともありません。既に死んでいる存在で肉体は無限に再生される…。確かにこれが王国に知れ渡ってしまうだけでも、大騒ぎになりそうですね。ましてや世界中にとなると…。

 このことはここだけの話にしておきます、必ず」

 「それはどうも」

 「ところで……コウガさんのフルネームについてなのですが。

 確か、『カイダコウガ』というお名前でしたよね?」

 「ああそうだ。じゃあ次は……俺がそもそも何者かについて話すか」


 こういった名前は、この世界では珍しいもしくは存在し得ない表記なのかもしれない。

 なら……俺はいったい何なのか。最近あの国で起きた出来事を知っているのなら、分かるはずだ。


 「俺はこの世界の人間じゃない。日本という別の世界から、ドラグニア王国の連中によって召喚された、言わば異世界人だ。

 知ってるんじゃねーのか?最近話題になっているであろうドラグニア王国による異世界召喚のこと」

 

 俺の発言にクィンはまさか…と目を見開く。


 「半月程前に、ドラグニア王国がモンストールを殲滅する為として異世界から若い男女数十人を召喚したということは聞いていましたが、コウガさんがその…!」

 「そうだ。その中の一人だ」

 「ドラグニアで結成されたと聞いた対モンストール戦闘組織『救世団』のメンバーも、コウガさんと同じ――」

 「…ああ、そうだ。あいつらは俺の元クラスメイト。

 次は、俺に何があったかについて話すか……」


 どうして俺が元クラスメイトどもと一緒にいないのか、ドラグニアにいないのかについて話すのは、あの屈辱的なことを思い出すから気乗りしないのだが、これを話さないと俺のことが分かってもらえないだろうから仕方ない。

 俺だけに召喚の恩恵が全く無かったこと。元クラスの連中・国王・王子・その他王族・兵士団らに弱い俺を蔑んで虐げたこと。実戦訓練で俺を見捨てて瘴気まみれの地底へ落としたこと。そのせいでそこで俺は死んだこと。ゾンビの性能で今のような強さを手にしたこと。

 クィンにもアレンと同じように全てを話した。アレンもいつの間にか俺の話を聞いていた。

 話し終わるとクィンは少し悲し気な顔をしていた。


 「同級生というともに勉学をする仲間にまで見捨てられて…しまったのですね。そのせいで瘴気が充満している地底でモンストールに襲われてしまい……。そんな最期を、遂げていたなんて……」

 

 何だか同情されている感じだな。良い気分ではないな。


 「あんな奴らはもう仲間でも何でもねーよ。それに同情はするな。俺が弱かったせいでもあったんだからな」


 クィンはすみませんと謝り、それで…と質問する。


 「コウガさんは、ドラグニア王国には帰ろうとはしないのですか?」

 「何言ってんだよ。あんなところへ帰る理由なんかねーよ。

 あの日……地底へ落とされる直前、あいつらは死んでいく俺を嗤うような連中だったんだ。そんな醜い奴らなんだ。あそこには俺の居場所なんか無い。つーかあいつらに会うとムカついて殺してしまうかもしれない」


 溜息をつきながらつい本心を漏らしてしまう。復讐というよりは短気おこしてあいつらを血祭りにあげちゃいそうだわマジで。

 そんなことを考えていると、クィンが真剣な顔でまた問いかけてくる。


 「あの国には……本当に同級生や王国民全員が、コウガさんを嫌っていて、蔑んでいたのですか?」

 「………何?」

 「一人か二人……コウガさんを迫害していなかった人はいなかったのですか?

 誰もがコウガさんを侮蔑して嫌うなんて、そんな悲しいこと……私は認めたくありません」

 「それは………」


 クィンの言葉を聞いて頭に過ったのは、藤原先生や高園、そしてお姫さん…。俺を害しなかったのは彼女たちくらいだったか。

 けど結局は最後は俺を………捨てたんだ―――


 「きっと…いえ、絶対に、コウガさんを仲間と思っている人はいたはずです」


 優しい声がしたのでふと顔を上げると、クィンは優しい表情をしていた。


 「今、コウガさんは逡巡しましたよね?それが何よりの証拠です。あなたを気にかけていた人はきっといたはず。

 話を聞く限りではほとんどの人がコウガさんを嫌って蔑んでいたのかもしれません。でも、それだけではなかったはずです…!」

 「………俺を捨てたことに変わりはない。俺が死んで、あのクズどもはさぞ清々してたんだろうな―――」


 その時、俺の手が包まれる感触がした。

 気が付くと、クィンが両手で俺の手を優しく握っていた。


 「クィン……?」

 「この世に…死んで喜ばれて良い人間なんて、存在しません。クラスの中にも、ドラグニアの王族の中にも、あなたの死を悲しんで嘆いていた人は必ずいます。絶対に………!」


 キュッと握ってしっかりと言い切っていた。クィンの手からは何だか温かさが伝わってきた、そんな気がした。


 「よしよし」

 すると今度は隣からアレンが俺の頭を撫でてきた。クィンの真似でもしているつもりなのか。


 「はは、何だこれは?俺は慰められてるのかな」

 「す、すみません…!何故だかこうしてあげたいと思ってしまって」

 「よしよしよし」


 我に返った様子でクィンは手を放した。アレンはまだ頭を撫でている。俺もアレンの頭を軽く撫でてやった。

 その様子を、クィンは何だか羨ましそうに見ていた。

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