第86話:困惑と感謝
リカルド王太子は直ぐに家族の所に帰りたかった。
だが今生で培われた王太子としての誇りと義務感がそれを許さなかった。
少なくとも進撃通過してきた国の民は救わなければ帰れない。
王侯貴族を追放した国はちゃんと統治しなければいけない。
リカルド王太子は歯を食いしばって家族に会いたい気持ちを封じた。
どうしても会いに行きたいのなら、転移魔法を使えばいい。
だがそれでは、それなりの量の魔力を浪費してしまう。
魔王の力量が分からない状態で魔力を浪費するわけにはいかなかった。
リカルド王太子から見ればささやか過ぎるほどの魔力量だが、転移に使う魔力量は、普通の魔術士が魔法袋に蓄えていられる量を遥かに超えているのだ。
「リカルド王太子殿下、ここは最前線でございます。
殿下の探知索敵魔術から逃れる事のできる魔族がいるかもしれません。
政務時間は仕方ありませんが、夜は安全な後方に下がられてください。
その方が護衛の負担も少なくてすみます。
その為に使う魔力は当然必要な費えでございます」
最前線にある占領した領主の城で休もうとしていたリカルド王太子に、幼い頃からの側近であるアルメニックが後方移動を勧める。
しかもリカルド王太子が受け入れやすいように、安全性と警備兵の疲労を理由に挙げてだ。
だがアルメニックもリカルド王太子もこれが猿芝居だと分かっている。
まだ王太子直属徒士団が最前線で統治と警備で働いている状態で、リカルド王太子が遠慮せずに家族団欒できるようにするためだと。
以前のリカルド王太子なら、その情が分かっていても義務と責任感を優先して、最前線の城で就寝しただろう。
いや、そもそも転移魔術が使えなかったから、帰還しようがなかったのだが。
「そうか、確かにわずかでも危険があるなら避けるべきだな。
私が寝ている場所を警備しなければいけない将兵の精神的負担も確かに大きい。
それに比べれば転移に使う魔力量など大した量ではないな。
いや、だがそれでは後方に刺客が放たれる危険があるな。
悪いが俺はここで寝ている事にしてくれ、アルメニック。
では後の事はアルメニックに任せるぞ」
リカルド王太子はせっかくアルメニックが示してくれた情の一端を拒否した。
自分の身勝手を前面に出してアルメニックの精神的負担を減らそうとした。
まあ、リカルド王太子主従以外なら何の負担もない当たり前の事なのだ。
魔王軍との戦いで援助を必要としたリカルド王太子主従ならではの考えだった。
暗殺の恐れのある王侯貴族が、味方にさえ寝所を偽るのは当たり前の事だ。
安全のために最前線には出ないで、後方に引籠ることも当たり前だった。
「はい、ご安心してください」
「明日は夜明けと共にここに転移してくる。
直ぐに政務ができるように準備しておいてくれ」
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